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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜 第7話 青猿(5)

 料理を作る時間がなかったので作り置きしておいた羊羹とお茶のセットを用意し、庭に出されたテーブルにアケが準備し終えると、それを狙ったかのように森の方から豪快な笑い声と鳥達の慌てふためく声が響き渡った。
「来たか」
 ツキは、コーヒーカップから口を離し、顔を顰める。
 アケは、ウグイスの表情が青ざめ、今にも吐きそうになっているのに気づいて慌てて駆け寄る。
青猿あいつの魔力に当てられているのだ」
  ツキは、黄金の双眸をウグイスに向ける。
「呼吸を整え、腹に力を入れて魔力の壁を作るイメージを立てよ。お前なら奴の魔力如きに狂うことはない」
 ウグイスは、言われる通り呼吸を整え、腹に力を入れて魔力で壁の壁をイメージする。すると、少しだが気分が良くなるのを感じた。
「お前は、センスがある」
 ツキは、口元に笑みを浮かべて言うと黄金の双眸を森に向ける。
 森の上空に水色の影が飛んでいるのが見えた。
 カワセミだ。
 カワセミが森を飛び越えると同時に現れたのはオモチと深緑の光に包まれた巨大な青い猿であった。
 その姿を見た瞬間、アケは初めてツキに出会った時を思い出した。
 威厳と畏怖を携えた美しい姿を。
 そアケは、目の前にいる存在が"深緑の青猿"てあると確信した。
 青猿は、その風貌に似つかわしくない唐草模様の風呂敷包みを大事そうに抱え、オモチに話しかけながらこちらに向かって進んでくる。
 オモチは、表情を変えずに相槌を打っているがまったく喜んでも笑ってもいないことは短い付き合いであるが分かるようになった。
 警戒しているのだ。青猿のことを。
 アケは、両手をぎゅっと握る。
 自分の手が濡れるくらいに汗ばんでいた。
 青猿は、囲いを抜けて敷地内に入る。そしてツキの姿を見つけると右手を大きく伸ばして手を振る。
 ツキもコーヒーカップをテーブルに置いて立ち上がる。
「久しぶりだなあ。黒狼」
 青猿は、外見からは似つかわしくない高い声で嬉しそうに話しかける。
「お前も息災のようだな。青猿」
 ツキの口元に笑みを浮かべる。
 それを見て青猿の表情が少し和らぐ。
「おおっようやく笑顔で迎えられた」
 青猿は、ほっとしたように言う。
「この2人、ずっと表情が固いから歓迎されてないのかと思ったぜい」
 その言葉を聞いてツキは、肩を竦める。
「それだけ魔力をダダ漏れさせれば仕方ないだろう。戦に来たのかお前は」
 ツキが黄金の双眸を剣呑に細める。
 その言葉に青猿は、驚いたように目を大きく開け、頭を掻く。
「すまない。気づかなかった」
 青猿は、小さく息を吐く。
 その途端、オモチ、カワセミ、ウグイスの表情が和らぐのをアケは感じた。
「最近、気が立つことが多くてな。息子たちが怯えてたのもそのせいか・・・」
 青猿は、小さく頬を掻く。
 息子・・・。
 子どもがいるんだ、とアケは驚いて蛇の目を大きく開く。
 その瞬間、青猿の深緑の目がアケを捉える。
 アケは、全身が巨大で冷たい手に握り潰されるような錯覚を覚え、身体が震える。
「何故、白蛇の民がここにいる?」
 青猿の双眸が怒りに震える。
 アケは、恐怖に身を竦ませる。
 ウグイスがアケの前に立ち、瞬時に水色の魔法陣を展開、両手に水の剣を作り出して構える。
 アズキもアケの足元で唸り声を上げて牽制する。
「ほう、いい動きだ」
 青猿は、感心したように言う。
「あんた、英雄の性を持ってるね」
 そう言ってウグイスに近寄ろうとした瞬間、青猿の四肢に黒い鎖が巻き付く。
 青猿は、驚いた表情で振り返ると左手に黄金の魔法陣を展開し、4本の黒い鎖を伸ばしたツキが黄金の双眸を激らせ、青猿を睨みつけていた。
「妻と臣下に手を出すことは許さん」
 聞くものを震え上がらせるような畏怖のこもった声。
 しかし、青猿の表情に浮かんだのは恐怖ではなかった。
「妻?」
 青猿は、きょとんとした顔をして呟き、そして段々と驚愕に変わっていく。
「つ・・・妻ああああっ⁉︎」
 空を突き破るような甲高い驚きの声にアケとウグイスだけでなくオモチとカワセミも目と口を大きく開く。
「つ・・妻ってどっちが⁉︎」
 青猿は、身体と声を震わせながらアケとウグイスを見る。
 アケは、恐る恐る手を上げる。
「わ・・・私・・です?」
「何で疑問形なのよ」
 ウグイスは、思わず突っ込む。
 青猿は、鎖で縛られていることも忘れ、ウグイスの後ろにいるアケを覗き込む。
 アケは、何故か恥ずかしくなり、頬を赤く染めて顔を背ける。
 青猿は、じっとアケの顔を、アケの額の蛇の目を見た。
「あんた・・・ジャノメ姫だね?」
 青猿の言葉にアケの表情が凍りつく。
 それは猫の額ここに来てから呼ばれることの無くなった忘れかけた忌み名であった。
「噂にゃ聞いていたが本当に黒狼のとこに捨てられていたのか・・・」
 青猿の言葉にアケは、胸が抉られそうになる。
 忘れかけていた事実に身体が震え出す。
 ウグイスもそれに気づき、青猿を恨めしく睨み、オモチとカワセミも怒りに身体を震わせる。
「貴様・・いい加減に・・!」
 ツキも怒りに声を震わせ、黄金の魔法陣の光が強まった瞬間である。
 青猿の身体を深緑の光が強まる。
 アケは、思わず蛇の目を閉じる。
 深緑の光が弱まり、蛇の目を開き、驚愕する。
 そこに青猿の姿はなく、そこに立っていたのは褐色の肌に青く、長い髪を蓄えた長身の美しい女性であった。
 豊満な胸を晒しで巻き、その腕に薄紫のベストを羽織り、生形のダボっとしたズボンに簡素な革の靴を履いている。
 そしてその美しい形をした二重の大きな目の色はあまりにも深い緑色であった。
 アケは、その目を見て女性が青猿であると理解した。
 猿の姿をした青猿を縛っていた鎖が地面に落ちて霧のように消え去る。
 青猿は,深緑の双眸でアケを見る。
 次の瞬間、青猿の姿が消える。
 ウグイスは、慌てて探すもどこにも姿はなかった。
「偉いねえ」
 背後から声が聞こえる。
 ウグイスは、慌てて振り返る。
 青猿は、アケの身体を包み込むようにぎゅっと抱きしめ、幼子をあやすようにその頭を撫でた。
「ずっと1人でよくがんばってきたねえ。偉いねえ」
 アケは、何が起きたか分からず、青猿に抱きしめられたまま固まってしまう。
 ツキを始め、全員がその場に凍りついたように動けなくなる。
「偉いねえ。頑張ったねえ」
 青猿のあやすような声が庭の中を木霊した。

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