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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第5話 幻想DIY(1)

 オモチは、自分の仕える主がこうも表情豊かであった事を今の今まで知らなかった。
 自分の知る主は、寡黙で孤高。悠然と大地を踏みしめ、輝く強靭な肢体の美しさで心を奪い、民を守り、敵を駆逐し、黄金の双眸で一瞥すれば誰もが畏れ、敬わずにはいられない気品と威厳と優しさを携えている。
 まさに王の中の王。
 かつては自分を始め多くの者達が彼を慕い、彼に従い、彼と祖国の為ならばと勇猛果敢に戦った。
 そして敵もそんな王と戦う事を恐れ、逃げ惑う。
 そんな強さと威厳の象徴とも言うべき、主は目の前に向かい合って座る少女の言葉に明らかに困惑していた。

「お風呂に入りたい!」
 いつものようにリビングで彼女の用意した昼食、今日は岩魚のフライと庭の畑で取れた人参と小松菜の味噌汁、わさび菜の醤油漬けに白いご飯を食べ終え、食後のコーヒーを楽しんでいると、蛇の目を大きく開いて意を決したようにアケは言った。
 ツキは、コーヒーを飲む手を止めて形の良い眉を顰める。
「風呂?」
 ツキは、聞き返すと言うよりもその言葉の意味が分からないと言ったように呟く。
 その事に気づいて今度はアケが困惑する。
「王。お風呂ってあれです。人間がお湯を貯める入れ物のことです」
 オモチが慌てて説明するが微妙に違うとアケは思った。
「ああっあの地熱で沸いた池の模倣品か」
 ツキは、ぽんっと握った拳を逆の手の平で打つ。
 何とも味気のない、つまらない例えにアケは、肩を落とす。
「そんな物をどうしたいんだ?」
「どうしたいって・・・入りたいの。お風呂に・・」
 アケは、段々と声が萎んでいく。
 明らかにツキの反応にがっかりしていた。
 正直、もっと食いついてくれると思っていたようだ。
 それに気づいたオモチが助け舟を出す。
「王。アケ様・・・人間は身体の汚れと疲れを取るのにお風呂に入るのが習慣らしいですよ」
 オモチの説明にツキは、さらに顔を顰める。
「そうなのか。人間は面白いことをする」
 そう言ってからある事に気づいてアケの方を見る。
「それではこの半年程、お前はどうしていたのだ?」
 ツキの素朴な質問にアケは、頬を赤らめる。
 足元でドングリのカリカリを齧っていたアズキが首を傾げる。
「お・・・小川でアズキと一緒に身体を洗ってました」
 アケは、恥ずかしそうに呟く。
 屋敷の裏の小川にタオルと桶を持って行き、2人に見られないよう身体を拭いていたそうだ。小川の水は澄んでいてとても気持ちが良いが冷たいので最近は、アズキに温めてもらっていたらしい。
 確かにそれでも十分に気持ち良いのだが、それではアケの本当の目的を達する事は出来ない。
 ツキは、今一分からないと言った表情でオモチを見る。
「この屋敷には風呂は付いていないのか?」
「さあ、それらしきものは・・何分、我々よりも古い建物ですからね」
 我々よりも古い?
 アケは、その言葉に当然に疑問を感じる。
 それじゃあこの屋敷はツキやオモチが建てたものではないのか?
「アケも見た事ないのか?」
 ツキの質問にアケは、頷く。
 ツキは、両手を組み、ふんっと息を吐く。
 どうしたものか、と真剣に悩んでいる様子だ。
 風呂と言うものが何なのか理解は出来ないが、妻の要望は叶えてやりたいと思っているのがヒシヒシと伝わり、アケは嬉しくなる。
「そうなると作るしかないのか」
「この屋敷を弄るとなると家精シルキーの許可が必要ですね」
 家精シルキー
 聞き慣れない言葉にアケは、首を傾げる。
「そうだな。まあ、家主が望むなら嫌がりはしないだろう」
 そういうとツキは、冷めたコーヒーを一気に飲み干し、椅子から立ち上がる。
「アケ。すまないが作り置きの菓子があったら準備してくれ」
「お菓子?」
「ああっ。いらないと思うが流石に手土産がないのは失礼だからな。よろしく頼む」
 そう言ってツキは、優しく微笑む。
 オモチは、表情が豊かになった主をじっと見て、口をモゾモゾと動かした。

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