ジャノメ食堂へようこそ!第5話 私は・・・(9)
巨人。
それはこの世界に最初に誕生した生命であり、父であり、母である神に最も近い存在。
天を突く巨体。
大地を砕く膂力。
海を裂く叫び。
この世の理を全て支配しえる魔力。
尽きることのない命。
そして自分たちより後に生まれた種が存在することを許さない理不尽と残虐さ。
巨人達は、自分たち以外の種を滅ぼさんと世界を蹂躙し、父であり母である神に戦いを挑んだ。
そして……。
彼らは、悉く冥府の国へと堕とされた。
二度と現世に戻れぬように……。
そして世界から巨人は消え去った。
「はずだよねえ」
ウグイスは、緑色の目で舐め回すようにアケの体を見る。
アケは、じっとウグイスに見られて少し恥ずかしくなり、頬を赤らめ、蛇の目を反らす。
「なーんでジャノメの身体に棲んでるの?お胸が大きいから?」
ウグイスは、じっとアケの胸を見る。
「そんな訳ないでしょう」
家精が冷静に突っ込む。
「比喩に決まってるじゃございませんか」
「比喩?」
ウグイスは、首を傾げる。
オモチは、ゆっくりとアケに近寄り、赤い目で白い鱗のような布を見る。
「ジャノメ……触ってもいい?」
オモチの言葉にアケは、びくりっと身体を震わせる。
「大丈夫。僕が触ったくらいじゃこの封印を解く条件は満たされないよ」
オモチは、鼻をヒクヒクさせて言う。
「そんなんで解けるくらいなら魔蝗に襲われた時にとっくに解けてるさ」
アケの脳裏に巨大で食欲旺盛な蝗……魔蝗の姿が蘇る。
アケは、躊躇いながらも小さく頷く。
オモチは、白い毛に包まれた大きな指でアケの白い鱗のような布に触れる。
「……なるほど」
オモチの目が灯るように揺れる。
「なんて酷いことを」
オモチの言葉にウグイスは眉を顰める。
「どこのどいつがやったか知らないけど……ジャノメの目を冥府の国の扉にしたんだ」
オモチの言葉家精の表情が青ざめ、ウグイスの顔に怒りに顔を歪ませる。
「白蛇の奴が……!」
ウグイスは、獣のように唸る。
「違います」
アケは、震える声で言う。
「白蛇様は……私を助けて下さったんです。巨人が出てこないようにこの布で封印して、目を失った私に自分の目を授けて下さり、そして……そして……」
アケは、震える唇を両手で覆う。
ウグイスは、震えるアケの肩にそっと手を置く。
「ジャノメ……座ろう」
ウグイスは、優しく言う。
そこでアケは、自分が立ったままであったことにようやく気づいた。
アケは、促されるままにウグイスの隣に座る。
家精が温くなったクロモジ茶を急須から注ぎ、アケの前に置く。
いつもと逆だな、とアケは急須を見ながら思う。
「話してくれる?」
ウグイスが緑の目を真摯にアケに向ける。
アケは、温言う湯呑みを握りしめて頷く。
「私が四歳……いや三歳の時だったと思います」
アケは、ゆっくりと話し出す。
「私は、白蛇の国を統治する関白大政大臣の末娘として生まれ、育てられました」
アケの言葉にウグイスは、首を傾げる。
「統治?大臣?」
「確か……白蛇の国は、王は白蛇だけど国の治めるのは大臣と呼ばれる人間達に任せてるんでしたわね」
家精がアケの言葉を補足するように言う。
「その頂点が関白の名を持つ大臣。神に代わって政を治める者のことだったと記憶してます」
ウグイスは、緑の目を大きく見開く。
「それじゃあ……ジャノメって……」
ウグイスは、ジャノメを見る。
「白蛇の国のお姫様って……こと?」
お姫様……。
それは女性を敬う上で最高の称号の言葉であり、最上の誉れなのだろう。
しかし、アケにはそのお姫様という言葉は嫌悪しか感じられなかった。
ジャノメ姫。
周りからの蔑みと恐怖の混じった言葉が頭の中で反芻する。
アケの表情が翳ったことに気づき、ウグイスは背中を摩る。
「大丈夫?」
「……はいっ」
アケは、頷く。
「お願いしてなんだけど……無理だったら話さなくてもいいよ」
ウグイスは、労るようにアケに言う。
しかし、アケは首を横に振る。
アケは、もう決めたのだ。
この人たちに全てを話す、と。
自分が忌みな存在と知っていても受け入れ、優しく、信頼してくれた人たちにもう嘘と隠し事もしない、と。
「私は……幼い頃、邪教に誘拐されました」
アケは、ぎゅっと湯呑みを握りしめ、絞り出すように言う。
「邪教?」
オモチは、首を傾げる。
「人間達がよく神様を崇拝する時にやる宗教とかいう団体のこと?」
オモチ達、猫の額の住民には神を祀ると言う風習はない。
彼らが崇め、仕えるのは唯一絶対の存在は黒狼のみ。
その為、宗教に関しても喉が渇けば水を飲むくらいの漠然とした認識くらいしかない。
しかし、アケは首を横に振る。
「少し違います」
そう言われてもオモチは、そうなんだとしか思わなかった。
しかし、次の瞬間、それは驚愕へと膨れ上がる。
「邪教が祀るのは巨人です」
その言葉にウグイスは息を飲む。
「そして彼らは巨人をこの世に顕現させる為に私で実験したのです」
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