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おちきゅ見

「おちきゅ見、おちきゅ見」 

 子ども達がピョンピョンピョンと楽しげにはしゃぎながら舌足らずな声で歌う。

「おちきゅ見、おちきゅ見」

 はしゃいでしまうのも無理はない。

 今日は、1年で最も賑やかな日。

 十五夜なのだから。

 今日は、たくさんのお餅をついてお団子を作り、たくさんのお客さんを招いてみんなでおちきゅ見をしながら楽しくお喋りして歌うのだ。

「おちきゅ見、おちきゅ見」

 私も子どもたちにつられて歌ってしまう。

 私もあの子たちくらいの時はおちきゅ見が楽しみで仕方なかったな。

 ペッタン、ペッタン

 お父さんとお兄ちゃんが一生懸命杵と臼を使ってお餅をついている。

 私と妹達でつきあがったお餅に蓬やお芋、紅を入れて色を付けて丁寧に捏ねて団子にする。

 綺麗なまんまるの団子は、見るだけで心を和やかに綻ばせる。

 今年も良い出来だ。

 お客様たちの喜ぶ顔を想像するだけで思わず顔がにやけてしまう。

「お団子だあ!」

「食べたーい!」

 三方の上に綺麗な三角に積み上げられた色とりどりの団子を見て子どもたちは大はしゃぎと食べたいの大合唱。

「お客様が来てからね」

 私がそういうと今度は「えー」とブーイングの大合唱だ。

「それなら遊んでないで手伝って。そしたら余ったのを上げるから」

 子どもたちは、目を輝かせて「わかったあ!」と私の隣に座って一緒に団子を捏ね始める。

 その姿が子どもの頃の自分の姿に重なって目を細めてしまう。

 お客様が来た。

 最初に来られたのは常連客のブライトさんだ。

 英国のハットにパリッとしたスーツを着こなした老紳士だ。

「今年もお邪魔しますよ」

 彼は、帽子を外し、丁寧に頭を下げる。

「ようこそ。いらっしゃいました」

 私も頭を下げて迎え入れると彼の長年の定位置であるポジションへと案内した。ここからだとよく見えるのだ。

「よう、邪魔するぜ」
 浅葱色の着物を着崩しながらも優雅に羽織る長吉さんが短くて粋な挨拶をして入ってくる。

「邪魔するぜ!」

「邪魔するぜ!」

 子供たちも長吉さんの挨拶を真似する。

 それから次々とお客さんは現れる。

 優雅なドレスを来た女性。

 擦り切れた軍服を着た若者。

 学生服の少年。

 オレンジ色のツナギを来た白人。

 統一性のない様々な衣装を着こなした人種たちが集まってくる。 

 それだけではない。

 人の中に混じって大きな犬や小さな猫、ライオン、象に爬虫類、宙を泳ぐ魚類や鯨までいる。

 お兄ちゃんと妹が彼らの間をくぐり抜けながら出来立ての団子を配っていく。

 彼らは、1年に1度だけ口にすることの出来る団子を嬉しそうに頬張る。

「皆さま、今年もお集まり頂き、ありがとうございます」

 お父さんがお客さんに向かって挨拶する。

「もうまもなくおちきゅ見が始まります。今年で終えられる方、初めての方、これからも見続ける方と様々な心境でおありかと思いますが、今日という日は是非、共に眺めて、遠き故郷を懐かしみましょう」

 お父さんの話しが終わると共に青い光がこぼれ落ちてくる。

 この世界では見ることの出来ない青。

 煌めくサファイアのような美しい青。

 さめざめとして冷たい青。

 穏やかで温かな青。

 あまりの懐かしさに涙を溢れさせる青。

 降り注ぐ青い光はお客さまの琴線を震わせ、慟哭と歓喜の声を上げさせる。

 この1年で最も太陽の光を浴びて輝きを放つ青い星。

 彼らの故郷。

 地球。

 何年、何十年、何百年も前に生きてその足で歩いてきた世界。

 彼らは、懐かしみ、涙し、語らい合う。

 あの星がどういうところかは知らないけど、今、この日、この瞬間だけはあの青い星に思いを馳せる。

「今年もありがとう。ウサギさん」

 ブライトさんが私を見て笑いかけてくる。

 私たちの姿は、地球に住む"ウサギ"と呼ばれる生き物に似ているらしい。

 尖った耳、クリッとした赤い目、白い体毛、小さな身体、どれだけ似てるか1度見て見たいものだ。

「実はここから地球を見るのはこれが最後なんです」

「と、いうことは転生の許可が降りたのですね」

 ブライトさんは、頷く。

「500年振りの地球です」

「今度は、何に?」

「不幸なことにまた人間です」

「そうですか」

 私は、これ以上何も言うことが出来なかった。

「また、お会い出来ることを楽しみにしてます」

「私は、忘れてるでしょうが是非、声をかけてください」

 私は、余った団子を渡す。

 私たちの住む月のような丸い団子を。

「良い人生を」

 ブライトさんは、にっこりと微笑んで団子を受け取った。

 地球が優しく光を放った。

                了

#短編小説
#十五夜
#ウサギさん

  




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