子どもがひとりになれる場所が、通学路にひとつあるといいな。【千葉・せんぱくBookbase】
まちに書店があり、図書館がある――。
一見当たり前のことのように思えますが、全国の書店の数は、毎年のように減少を続けています。全国に約3,300館ある公共図書館も数こそ増えていますが、近くに図書館がない地域もまだまだたくさんあります。
もちろん、インターネットの普及により、YouTubeなどの動画共有サイト、TwitterやInstagramなどのSNSといった新しいメディアも生まれ、手軽に情報を得るチャンスは増えていると思います。
しかし、リアルな「本」との出会いの場を大切に思う人たちの新しい動きも、さまざまな地域で始まってきました。
これから連載をはじめる「ほんむすび~小さな書店・小さな図書館・小さな出版社が地域をたがやす!」では、地域で本と人をつなぐ取り組みを始めた人にスポットをあて、紹介していきます。
「シェア書店(※)」など、地域で小さな書店を始めた人。マイクロライブラリーやまちじゅう図書館など、地域で「小さな図書館」を始めた人、あるいは、従来なかなか出版がむずかしいとされてきた本を世に出すため、ひとりあるいは少人数で「小さな出版社」を始めた人などです。
一人ひとりにとっての読書を支える人たちのことを取り上げていきたいと思います。
今回は、千葉県松戸市にあるせんぱくBookbaseを訪問しました。
※シェア書店:
月額制など有料で、棚を区切って個人やグループに貸し出している書店。古本や個人制作の本を売ることができる店舗もある。シェア本屋、棚貸し本屋などともいう。
取材日:2022年7月31日
子どもたちが本屋さんにアクセスできない
ーーせんぱくBookbaseは、どんな場所ですか?
絵ノ本さん せんぱくBookbaseは、千葉県松戸市で2018年に始めたシェア本屋です。時期によって変わりますが、大体いつも7〜8人のシェア店主さんが代わる代わるお店に立って運営しています。店内には和室があるので、赤ちゃんから大人の方までくつろぎながら本を選ぶことができます。
お店が入っている建物は「せんぱく工舎」と言います。もともとは1960年(昭和35年)頃に建てられた神戸船舶装備株式会社の社宅だったんです。改装されて、1階には自転車屋さんやカフェなどの飲食店、そしてせんぱくBookbaseなど、2階はアーティストや作家の方々のアトリエになっています。
立地は八柱霊園のすぐ近くで、墓石屋さんが並ぶ道路沿い。今はちょうどお盆の時期に合わせて「此岸 彼岸をむすぶ本」の棚を作っています。
ーーせんぱくBookbaseを始めたきっかけは何ですか?
絵ノ本さん 私には3人の子どもがいるのですが、住む場所を選ぶ際、夫には「図書館か本屋さんのある場所がいい」と伝えてありました。そして、駅前に図書館があるからということで、住むまちを選んだのですが、実際に住んでみたら図書館だけだと物足りなくなってきたんです。
電車で都心に出れば、ブックハウスカフェさんとかクレヨンハウスさんとか、子ども向けの本の専門店があります。ですが、都心ではエレベーターのない駅もあって、とにかくベビーカーの移動がむずかしい。行くまでが疲れちゃうんですよね。だから、アクセスしづらいし、行けても親が連れて行かなきゃいけないし、家の近くにも本屋さんがなくて、「このまま本屋のないまちで子どもを育てるのかな…。やっぱり本屋さんって子どもの頃に近所に欲しいな」って思っていました。
ーー欲しいから作ってしまおう、と。
絵ノ本さん 最初は移動書店から始めました。隣の市川市でレンタルスペースを借りて、車で本を運んで。でも、体力的にもきついし、運転もそんなにうまくないので早々にやめて、本屋を開くための物件を探していました。
ただ、都内で借りたとしても、保育園に呼び出されたときに「じゃあ今から2時間かけて帰ります」となってしまう。でも、ここだったら徒歩も含めて1時間程度。乗り換えもないし現実的かもと思って。自分の住んでいるまちではないんですけど、子どもを連れて来られるし、最初の一歩を踏み出す場所としていいかなと思って借りました。
ーーシェア本屋という発想は、どのようにして生まれたのでしょうか。
絵ノ本さん 私は学童保育のボランティアをしている時期があったんです。その学童に本棚があったんですけど、もうずっと更新してないような本棚だったんです。
学童の方が「地域の高齢者と子どもをつなげたい」と話していて、なにか方法がないかなと。それなら本棚を高齢者に貸し出して、本棚を管理してもらいながら、ボランティアとして子どもたちと遊んでもらったらいいんじゃないかと考えました。場合によっては、本棚のレンタル代をもらって……という提案をしたんです。つまり、シェア本屋の原型ですね。
そのときに、Twitterでも「こういうことをしようと思うんですけど、どう思いますか?」って広く聞いてみたんです。すると、予想外に反響があって、「すごくいいと思います」と応援してくださるコメントもありました。
「これはアリなんだな」という感触は持ちながら、ただその学童では最終的に調整できずナシになってしまったんです。その学童での宙に浮いた提案と、自分のまちに本屋さんがないからなんとかしたいっていう想いが重なって、「あ、じゃあシェア本屋やればいいんじゃないか」と。
出版取次の仕事で感じていた課題
ーー絵ノ本さんの本屋の思い出には、どんなものがありますか?
絵ノ本さん 私は大阪の吹田市出身なんですが、子どもの頃はあちこちに本屋さんがあったんです。通学路をちょっと遠回りすれば、たぶん3、4軒の本屋があったのかな。漫画雑誌やコミックスの発売日には、自転車であちこち行って1冊ゲットするとか、そういうことをよくやっていました。
就職して東京の柴又に住んだときは、たまたま借りたマンションの前に本屋さんがありました。そのあと練馬、千葉と引っ越しましたが、いつも本屋さんが生活圏内にありました。
ずっと当たり前に本屋さんが身近にあったので、家を買うことになったときに無意識に近くに図書館か本屋さんを、と言ってたんだと思うんです。それで実際に本屋さんがないとこんなに苦しいんだと、はじめて気づきました。それぐらい、本当にもう本屋があるのが当たり前でした。
ーー大人になってから、本屋との関係はどうでしたか?
絵ノ本さん 2007年から2010年まで、出版取次で働いていました。ちょうど本が売れなくてまちの本屋が潰れている時期です。「取次が悪い」って言われていたし、実際にそう感じることもありました。本屋さんがほしい部数と取次が送る数が違ったりするので、「取次が売る手伝いをもっとしようよ」「本屋さんだけにがんばらせるのはよくない」と。
当時は本屋さんの悲鳴が聞こえてきていて、「これは本屋さんを幸せにする仕事じゃないな」「いやだな」と。
取次の会社を辞めてからも「じゃあ、まちの本屋ってなんなんだろう」という問いを自分の中にずっと持っていました。その問いの回答を見つけたくてやっている側面もあります。
誰とも話さなくてもいい「逃げ場」を子どもたちへ
ーーせんぱくBookbaseで大切にしていることは何ですか?
絵ノ本さん 「通学路ごとに1軒の本屋」があるといいなと思っています。なぜかと言うと、子どもたちにとって誰とも話さなくてもいい「逃げ場」があってほしいからです。
本屋さんは、子どもでも「カフェ代払えるの?」みたいなことを聞かれたりしません。ふらっと入って、いろんな本をぱらぱらと眺めて、またふらっと帰ってもいい。本屋さんは、そんな場所でありたいです。
そのためには、保護者と一緒に本屋さんに行くのもいいんですけど、子どもたちが自分でふらっと行けたほうがいい。だから「通学路ごとに1軒」なんです。親が連れていかなくてもいい場所に本屋さんがあって、そこで本棚を眺めるだけで自分が知らなかった興味に出会える。やっぱり自分で本を選ぶってとても大事だなと思っています。
今は、知りたい情報はネットでも調べられます。でも、その情報の取捨選択って、自分で本を選ぶことから育ったりするんじゃないかなと、ちょっと思っています。
ーーなるほど。一方で、こちらには子ども向けではない本もありますね。
絵ノ本さん ここは子どもに来てほしい場所ではあるんですけど、もちろん大人も歓迎です。
家庭の本棚をイメージすると近いかもしれないです。家族って、もうそこに多様性が含まれているじゃないですか。私自身、ダウン症の姉がいるので、よりそう思うのかもしれません。
私は、父の部屋にある『美味しんぼ』を読んでいましたし、「あんた漫画ばっかり読んで」と言っていた母も昔の漫画を持っていて(笑)。ここはシェア本屋で、いろいろな世代・職業の方が本棚を置いてくれているので、児童書かどうかを気にせずに本を選べます。
障害のある人も店主をやってほしい
ーー障害のある人と本屋さんの関係については、どのように考えていますか?
絵ノ本さん 障害のある人も、誰でもシェア店主をやってほしいです。何か不安があったら一緒に考えればいいし、自分の姉がダウン症だったから思うんですけど、例えばダウン症や知的障害のある方だって当たり前に本屋さんに来ていいんです。
いろいろな場面で「誰でも来てください」って目にすることがありますよね。でも障害のある家族がいると、「その『誰でも』に自分たちは含まれていない」と思ってしまって、「来てください」と言われても行かないんです。
でも、せんぱくBookbaseは、もちろんシェア店主だってやってもいい。例えばダウン症っていろいろなので、ひとりでお店に立てる方もきっといらっしゃると思うし、保護者さんと一緒に立つこともできるだろうし。そういうことは、こちらからも提案しながらやればいい。
ただ、自分の子どもたちがまだ小さいから、全力でサポートできない部分もあって、大々的に募集して「来てください」とは全然言えないんですけど。「自分もいいですか」ということがあれば、応えたいなといつも思っています。
ーーシェア店主さんたちとシェア本屋を一緒に運営していく上で、大事にしていることはありますか?
絵ノ本さん あまりコミュニティ化させたくないんです。コミュニティ化すると、派閥ができてしまうし、しがらみが生まれちゃうので。あと、内輪ノリができて、お客さんに入りづらさが出てしまうのを避けたいです。
最近「心地いいコミュニティ」と聞きますけど、ひとりの時間が必要なときもある。本屋さんは、誰でもひとりで本を楽しめる場所です。純粋に本を楽しんで、必要なら店主さんとお客さんで交流を楽しむ。内部のシェア店主同士で交流を深めるんじゃなくて、お客さんとの交流を深めてほしいんです。
ここの中での人間関係のストレスを抱えてほしくないんですよね。そういうことがあると、一気に全部楽しくなくなっちゃうので。ここもつらくなったら、逃げてくださいっていうのは、いつも言ってます。「つらくなったら逃げていいんです」と。無理に引き止めないので(笑)。
ーーここまでお話をうかがってきて、ひとりの時間を尊重されていることを感じました。
絵ノ本さん せんぱくBookbaseは八柱霊園の近くですが、例えば「死」に対する思いは人に言いづらいこともあります。「死んじゃった人に会えなくて寂しいな」と思っても、誰もすぐには解決できない問題です。
それを救ってくれるところに、やっぱり本の魅力って絶対あると思います。けれど、悩みを相談すると「こうしなさい」「ああしなさい」と、子どもは特に親から言われがちです。悩んだときの解決策を、人から提示されるのではなく、本なら自分で見つけられる。もし、つらいことに出会う前に本で読んだ経験があれば、悲しみを表す言葉や場面が泉のように湧いてきたりする。予防薬みたいな感じで、日頃からふらっと立ち寄って本を読んで、いろいろな感情や場面に触れてほしいですね。
*
絵ノ本さんは自然体で、本と本屋さんへの思いを語ってくださいました。本屋さんを作ったきっかけは、本へのアクセシビリティをどうにかしたいという意識から。家の近くに本屋さんがなく、都内のお店に行きたくても移動がむずかしい。
そんなアクセシビリティへの意識がきっかけで生まれたせんぱくBookbaseが、障害のある方にもひらいているのは、自然な流れだったのかもしれません。
さらに、絵ノ本さんが大事にしていることは、子どもが安心してひとりになれること。筆者も子育てをしていますが、子どもが選ぶ本に「それはどうかな」と口出ししたくなってしまうときもあります。そうではなくて、子ども自身が気になる本へ自由にアクセスして、読んでいいはずです。
「通学路ごとに1軒の本屋」が実現したら、社会はどんなに豊かになるでしょうか。
せんぱくBookbaseさんのウェブサイトはこちら。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?