見出し画像

脳性麻痺児のバランスの基礎:姿勢制御に関連する3つの制約

 この記事では若手の小児理学療法士を対象に、脳性麻痺児に対するバランストレーニングのヒントになるような姿勢制御の基礎知識を解説します。姿勢制御に影響を与える課題・環境・個体という3つの制約を理解し、脳性麻痺児の運動機能・感覚機能・認知機能を考慮することが効果的な介入に繋がります。小児理学療法士として、これからの治療に役立つ実践的な知識を手に入れましょう。


1. 姿勢制御とは

 姿勢制御は、日常生活で体を安定させて保持するための重要な能力です。この能力により、立つ、座る、歩くなど、さまざまな動作を安定して行うことができます。人間の体は、常に重力の影響を受けています。姿勢制御によって重力に対抗して体を適切な位置に保持することができ、適切な随意運動を行うことができます。例えば、バスに乗っている時には、バスの揺れに対応して適切に立位を保っています。突然ブレーキがかかった時には、体が前に倒れないように自然とバランスを取ります。バスの停止ボタンを押す際には、伸ばした腕の重みで前に倒れないようにバランスを取ります。これらは姿勢制御の一例であり、私たちの体は自動的にこのような状況に適応しようとします。姿勢制御は、バランスを保つことに加えて安全かつ効率的に動くことを可能にする基本的な機能です。日常生活の中で無意識のうちに使用しているこの能力を理解することで、姿勢制御障害に対して効果的な介入を行うことができます。

2. 姿勢制御の3つの制約:課題・環境・個体

 姿勢制御には、課題の性質と、環境条件、個体の能力という3つの重要な制約があります。これらの要素は互いに影響し合いながら、姿勢制御能力を形成しています。

  • 課題の制約: 立つことや、座ること、歩くこと、手を伸ばすことなどのような課題が姿勢制御に影響します。

  • 環境の制約: 滑りやすい床や、不安定な地面、強風、夜道などの環境条件が姿勢制御に影響します。

  • 個体の制約: 運動機能や感覚機能、認知機能などの個人特性が姿勢制御に影響します。

 例えば、積もった雪の上(環境の制約)を歩く(課題の制約)時には、平地を歩く時よりも高度な姿勢制御が求められるでしょう。これに加えて、下肢の筋緊張が高かったり、足底の感覚が鈍麻している(個体の制約)場合には、姿勢制御はより困難になります。さらに、強風の中(環境の制約)で荷物を持って歩く場合(課題の制約)には、単に歩くよりもさらに高度な姿勢制御が要求されます。そして、上肢の筋力が弱い(個体の制約)場合、荷物を落とさないことへの注意の分配が高まり、姿勢制御はさらに難しくなります。
 姿勢制御は、単純な身体機能を超えた複雑なプロセスです。課題と、環境、個人の特性を理解することで、姿勢制御を改善するアプローチが多様で効果的なものになります。

3. 課題の制約

 日常生活の動作は、立つことや、座ること、歩くこと、手を伸ばすことなど多くの運動課題によって構成されています。ここでは立位における姿勢制御に着目して話を進めていきます。立位における主な課題は以下の3つです。
①同一姿勢を維持すること
②外部から力が加わる状況で姿勢を維持すること
③随意運動を行う際に姿勢を維持すること。
 このような課題に対応するために3種類の姿勢制御が必要となります。

  • 安定状態の姿勢制御: 予測可能で変化のない状況でバランスを保つ能力。

  • 補償的姿勢制御: 外部からの予期しない変化(例えば、押されること)に対して安定性を取り戻す能力。

  • 予測的姿勢制御: 不安定になる可能性のある随意運動(例えば、物を持ち上げること)を行う前に、体幹や下肢の筋が活動することでバランスを保つ能力。

 3種類の姿勢制御が適切に使用されることで、日常生活や特定の活動中のバランスが保たれます。これらを理解することは、運動療法における課題設定に役立ちます。

3.1 安定状態の姿勢制御

 安定状態の姿勢制御とは、座位や立位などの予測可能で変化のない状況でバランスを保つ能力です。安定状態の姿勢制御を理解するためにはいくつかの要点を押さえる必要があります。

①有効支持基底面
 
重心位置が支持基底面内にある場合、物体は安定していると言われます。物体の安定性を考える上で以下の2点は重要です。

  • 支持基底面が広いほど安定性が高い(重力線が支持基底面の外に落ちるまでの距離が長くなるため)。

  • 重心が低いほど安定性が高い(重力線が支持基底面の外に落ちる可能性が低くなるため) 

 さらに人間の場合には剛体とは異なり、支持基底面の中で有効に使用できる範囲を考慮する必要があります。なぜなら、剛体が倒れるのは重心が支持基底面から外れた時ですが、人体が倒れるのは支持基底面の内側に存在する有効支持基底面を重心が外れた時だからです。有効支持基底面とは、立位において身体を傾斜させ足を踏み出さずにその姿勢を保持できる範囲のことです。バランス保持能力を反映する1つの指標と考えられています。安静立位時の足圧中心は、足長に対して踵から30%~60%の位置にあります(足関節の底背屈軸は踵から約25%の位置)。前方の有効支持基底面は足長に対して踵から約80%の位置に、後方の有効支持基底面は足長に対して踵から約18%の位置にあります。高齢者や中枢神経障害患者において、有効支持基底面が狭くなることが報告されています。

②身体のアライメント

 身体のアライメント、つまり身体の各部位が適切に配置されることで、重力の影響が小さくなり安定性を高めることができます。身体各部位の重心位置は主要な関節のわずかに前を通ります。頭頚部の重心位置は頸椎のわずかに前を、頭部+体幹+上肢の重心位置は第4腰椎のわずかに前を、全身の重心位置は膝関節と足関節のわずかに前にあります。このように、重心位置と関節の距離がほんのわずかしか離れていないというアライメントによって身体が前に倒れる力が最小限に抑えられるのです。

③抗重力筋の緊張
 直立姿勢を維持するためには、抗重力筋の活動が欠かせません。安静立位時には重心位置が主要な関節のわずかに前を通るため、以下の主に身体背側の筋が姿勢を保つ抗重力筋として働きます。

  • 長母指屈筋と母指外転筋

  • ヒラメ筋と腓腹筋

  • 大腿二頭筋

  • 大殿筋と小殿筋

  • 腸腰筋

  • 脊柱起立筋

  • 外腹斜筋

  • 僧帽筋

  • 胸鎖乳突筋

 身体の背面や前面のみの一側の筋を使用した姿勢保持は片張りマスト方式と呼ばれます。この方式の利点には「筋紡錘の興奮水準を高めて伸張反射を起こしやすくすること」や「筋活動によって発生した力が速やかに姿勢の立ち直りに作用すること」などがあると考えられています。

④運動戦略の必要性
 安静立位や安静座位においても重心はわずかに揺れ続けています。そのため、単に適切なアライメントを維持したまま静止しているだけでは不十分で、安定性を維持するための運動戦略が必要になります。安静立位においては主に股関節戦略か足関節戦略が用いられます。

3.2 補償的姿勢制御

 補償的姿勢制御は、外部からの予期しない変化(例えば、押されること)に対して安定性を取り戻す能力です。この能力により、突然の外力によってバランスが崩れそうになった時にも転倒を防ぐことができます。補償的姿勢制御は大きく以下の二つに分類することができます。

  1. 支持面固定戦略:足関節戦略と股関節戦略

  2. 支持面変化戦略:ステップ戦略とリーチ把持戦略


支持面固定戦略

  • 足関節戦略は、主に足関節を中心とした身体の動きによって安定性を回復させる戦略です。足関節戦略はバランスを乱す力が小さく、支持面が固い状況でよく用いられます。足関節戦略の特徴は、転倒方向と反対側の筋が活動することと、下方の筋ほど活動開始時間が早いことです。つまり、前方にバランスが乱れた場合には、身体後面の筋である腓腹筋と、ハムストリングス、脊柱起立筋がこの順番で活動し、後方にバランスが乱れた場合には、身体前面の筋である前脛骨筋と大腿四頭筋、腹筋群がこの順番で活動するということです。前方にバランスが乱れた場合、腓腹筋の活動によって、身体の前方への動きを減速させ、その後反転させる足関節底屈トルクが生み出されます。ハムストリングスと脊柱起立筋の活動によって、股関節と膝関節の伸展位が維持されます。ハムストリングスと脊柱起立筋の協調的な活動がなければ、腓腹筋の生み出した足関節底屈トルクの影響で下肢に対して体幹が前方に大きく動いてしまいます。足関節戦略は筋活動によって転倒方向と反対側に体を引っ張る戦略と言えます。

  • 股関節戦略は、主に股関節の大きく急速な動きによって安定性を回復させる戦略です。股関節戦略はバランスを乱す力が大きく速い場合や、支持面が柔らかい場合、支持面が足底よりも小さい場合によく用いられます。股関節戦略の特徴は、転倒方向と同じ側の筋が活動することと、上方の筋ほど活動開始時間が早いことです。つまり、前方にバランスが乱れた場合には、腹筋群と大腿四頭筋がこの順で活動し、後方にバランスが乱れた場合には脊柱起立筋と股関節伸展筋群がこの順番で活動するということです。前方に大きく急速にバランスが乱れた場合、股関節を素早く屈曲させ、上体を屈曲させるとともに、骨盤を後方にひいて、重心の前方移動に対抗します。股関節戦略は股関節を中心とした動きによって転倒方向と反対側に素早く重心を移動させる戦略と言えます。


支持面変化戦略

  • ステップ戦略は、バランスが乱れた方向に足を踏み出すことで重心の下に新たな支持面を作る戦略です。ステップ戦略は、バランスを乱す力が支持固定戦略では対応できないほど大きい場合によく用いられます。

  • リーチ把持戦略は、バランスが乱れた方向に上肢を伸ばして外部の物体を把持することで重心の下に新たな支持面を作る戦略です。リーチ把持戦略は、バランスを乱した際に手すりや他の安定した物体が利用できる場合において、ステップ戦略を用いることが難しい環境や、動揺が目新しいものであったり、予期せぬものであったりする際によく用いられます。

 これらの戦略は単一で用いられるだけではなく、環境に応じて柔軟に組み合わされて用いられます。

3.3 予測的姿勢制御

 予測的姿勢制御は、不安定になる可能性のある随意運動(例えば、物を持ち上げること)を行う前に、体幹や下肢の筋が活動することでバランスを保つ能力です。この能力により随意運動を安全かつ効率的に実行できます。予測的姿勢制御は、中枢であらかじめプログラムされた運動指令によって制御されていると考えられています。
 予測的姿勢制御における体幹や下肢の筋活動は、バランスを乱す力の方向に合わせて増大したり減少したりします。

随意運動に先行する姿勢筋活動の増大の例
 立位で身体の前方にある重りを両手で急速に持ち上げた場合、重りを持ち上げたことで生じる前方へのバランスの乱れを抑えるために、重りを持ち上げる主動作筋である三角筋の活動よりも早く体の後面にある脊柱起立筋と、ハムストリング、腓腹筋の筋活動が増大します。また、重りの重さが増してバランスを乱す力が大きくなると、それに合わせてのこれらの筋活動がより大きく増大します。結果的に様々な重さの物体を持ち上げた場合でも前方へのバランスの乱れを最小限に抑えることができます。

随意運動に先行する姿勢筋活動の減少の例
 立位で身体の前方で把持した重りを手放す場合、重りを手放した反動で後方にバランスが乱れることを防ぐために、重りを保持するために働いていた脊柱起立筋と、ハムストリング、腓腹筋の筋活動が重りを手放すよりも早く減少します。結果的に重りや重いボールを手放した時の後方へのバランスの乱れを最小限に抑えることができます。

 予測的姿勢制御は発達に伴う経験によって後天的に獲得されていくものです。また、トレーニングによっても改善することが示されています。立位で様々な随意運動を適切に行う上で予測的姿勢制御は重要な役割を果たしていると考えられています。

4. 環境の制約

 環境の制約とは、周囲の物理的な条件が姿勢制御にどのように影響を及ぼすかを指します。環境の制約を理解することは、姿勢制御を正しく理解し、適切な介入に繋げるために不可欠です。
 代表的な環境の制約には、以下のようなものがあります。

4.1 支持面の特性

 硬い床や、柔らかいマット、滑りやすい床など、支持面の特性は姿勢制御に大きく影響します。氷の上や濡れた床面を歩く際には、足元が不安定で滑りやすいため、より注意深く一歩一歩を踏み出します。雪や砂の上を歩く際には、足が沈み込むため、普段とは異なる姿勢制御が求められます。これは支持面の特性が姿勢制御にどのように影響するかの一例です。

4.2 視覚情報

 視界が遮られたり、照明が不十分だったりすると、姿勢制御が困難になります。電気を消した状態の寝室や薄暗い夜道を歩く際には、足元が見えにくくなり、転倒のリスクが高まります。これは視覚情報が姿勢制御にどのように影響するかの一例です。

4.3 認知的負荷

 認知的負荷の高い状態では、注意力が分散し姿勢制御が困難になります。例えば、複雑な会話をしたり、考え事をしながら歩くと、注意が散漫になり転倒のリスクが高まります。これは認知的な負荷が姿勢制御にどのように影響するかの一例です。

 姿勢制御の評価や介入を行う際には、環境の制約を考慮することが不可欠と言えます。

5. 個体の制約(脳性麻痺の場合)

 運動機能や、感覚機能、認知機能などの個体の制約は姿勢制御に影響を与えます。個体の制約は疾患の特性との関連が強いです。ここでは脳性麻痺を例に挙げて説明します。
 脳性麻痺は、乳幼児期に発達過程にある脳に生じた非進行性の病変に起因する運動と姿勢の発達に永続的な異常を示す症候群です。脳性麻痺の中でも特に痙直型脳性麻痺は最も一般的です。痙直型脳性麻痺は主に錐体路の損傷に伴う痙性麻痺が特徴であり、四肢麻痺、両麻痺、片麻痺などさまざまな形態があります。痙直型脳性麻痺の中でも最も多いタイプが痙直型両麻痺です。痙直型両麻痺は、両上肢に比べて両下肢の麻痺が強いという特徴を持ちます。
 痙直型両麻痺者の姿勢制御に影響を及ぼす運動機能と感覚機能、認知機能の特徴には以下のようなものがあります。

5.1 運動機能障害

筋力の弱さ
 筋力が不足しているために適切なアライメントの維持が困難になります。

筋の収縮・弛緩速度の低さ
 筋の素早い収縮と弛緩が難しいために、素早い重心移動の制御が困難になります。

選択的運動制御障害
 特定の筋群を独立して動かすことが困難になる状態で、姿勢筋の適切な活動パターンに影響を及ぼします。

痙縮・過緊張
 筋の不適切な痙縮反応により意図しないバランスの乱れが生じます。また、姿勢筋の過緊張により適切な姿勢運動が阻害されます。

関節可動域制限
 関節の可動域が制限されるために適切なアライメントの維持が困難になります。

5.2 感覚機能障害

視覚障害
 斜視などを伴う立体視の障害や近視等によって、障害物等の環境特性の認識が困難になります。

表在感覚(触圧覚)の障害
 足底の触圧覚の障害等によって、重心位置の制御にとって重要な足底圧からの感覚入力が不適切になります。

深部感覚(関節位置覚と運動覚)の障害
 股関節の位置覚障害や足趾の運動覚障害等によって、バランスの乱れのフィードバックに悪影響を及ぼします。
 

5.3 認知機能障害

知的障害
 知的障害により、バランスに影響を及ぼすような環境の特徴を認識する能力が低下する可能性があります。

注意機能の障害
 注意機能の障害により、注意が散漫になり、安全な姿勢制御が困難になる可能性があります。

まとめ

 脳性麻痺児における姿勢制御は、日々の活動において安定した身体の保持を可能にする重要な機能です。このプロセスは筋や、神経系、感覚器官の協調によって成り立っています。立つ、座る、歩くといった基本的な動作を安定して行うためには姿勢制御が不可欠です。

 姿勢制御には「課題の制約」、「環境の制約」、「個体の制約」という3つの要素が関わっています。課題の制約は特定の動作や活動が姿勢制御に与える影響、環境の制約は外部条件が姿勢制御に及ぼす影響、個体の制約は個々の運動機能や感覚機能、認知機能の特性が姿勢制御に与える影響を指します。これらの要素は互いに影響し合い、姿勢制御の能力を形成します。

 脳性麻痺児特有の運動機能障害には筋力の弱さ、筋の収縮・弛緩速度の低下、選択的運動制御障害、痙縮や過緊張、関節可動域の制限などがあります。感覚機能障害としては、視覚障害や表在感覚、深部感覚の障害が挙げられ、これらは身体のバランス維持に重要な役割を果たします。また、認知機能障害により、環境の変化に適応するための注意分配や危険予測が困難になることがあります。

 姿勢制御を理解し、これらの制約に対する適切な支援や介入を行うことで、脳性麻痺児はより安定した姿勢を維持し、日常生活をより自立して過ごすことが可能になります。バランスを保つための基本機能を理解し、それぞれの人に合わせたアプローチを取ることが効果的な介入には不可欠です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?