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初学者向けのミキシング講座-第2回:ラフミックス編

第1回はCUBASEにおける「ミキシング前の設定」について学びました。オーディオインポートからグループチャンネルトラックによるステムの作り方までの工程は、前回をご覧下さい。

第2回ではラフミックスを解説します。ラフミックス(rough mix)とは、エフェクト処理などを行う前段階として、おおざっぱに全体の音量を調整することを差します。

ラフミックスの概要

ラフミックスは、主に以下2つの工程を指します。

1. 【音量】フェーダーを操作し、各トラックのボリュームを仮決定する
2. 【定位】PANを操作し、各トラックの左右での位置を仮決定する

PANとはpan potのことで、音像定位を左右に移動させることを指します(パンニングする、またはパンを振ると呼びます)。CUBASEシリーズではMix Consoleのフェーダー上部に設定場所があるほか、オーディオトラックのインスペクターからも設定可能です。

MixConsole - 名称未設定1 2020_06_08 20_43_14_LI

パンをL(=Left)かR(=Right)に振り切ると、以下動画のように「片側から音声が再生される」という形になります。

PANのデフォルトに設定されている「C」はCenterのことで、サウンドが左右のスピーカーの真ん中に定位しているということです。

「真ん中にスピーカーを置いていないのに、なぜ真ん中から音が鳴るの?」

一般的に2chステレオ環境下のセンター定位はファントムセンターと呼ばれます。”左右で全く同じ音声を全く同じ音量で再生すると(亡霊のように)真ん中から音が聴こえる”という由来です。つまり、音の定位は左右のスピーカーの音量差と言い換えることができます。

注意!"適当に"フェーダーを触ってはいけない

その前に、ラフミックスの必要性から説明します。ラフミックスの前にEQやCompを細かく設定しても、「単体で聴いた時は良いが、全体で聴いた時に破綻する」というサウンドになりがちです。

全体としてはカレーを作りたいのに、ニンジンの切り方にこだわって細工包丁で5時間も掛けていたら意味がないわけです。いくら頑張っても鍋に入れたら見えなくなるわけで、最初から全体像をイメージしながら作業しないとちぐはぐな成果物が出来上がります。

もちろん、ある程度慣れた方であれば適切なエフェクト処理を行いながらミキシングを進めて行くことが可能ですが、最初のうちは「フェーダーでバランスを整える」→「フェーダーワークだけでは不足する要素(※)をエフェクトで足し引きする」という方法がベターです。

Q.不足する要素とは?

A.例えば「ギターのエッジが足りない(だからEQで2kHzを2dB上げたい)」。「ベースのアタックが安定していない(だからOPT系のCompを使って統一感を出したい)」など。その他にも「奥行きがない(だからショートディレイで影を落としたい)」といった要素も含みます。
詳しくは、第3回以降で説明します。

これらは今すぐ出来る必要はありません。
今この段階で大事なのは、ざっくりと音量バランスを整えることです。

ラフミックスの手順

ここからは実際の作業手順に関して、私の普段行う方法を説明します。
楽曲のパート構成によって手順は前後しますが、今回は「一般的なバンド編成」を想定して以降をお読み下さい。

以降は、このようなバンド編成を想定します。
※打ち込みではなく、実際にレコーディングされたデータという前提

・ボーカル
・コーラス
・ギター / アコースティックギター、エレキギターの2種類 x 2 tracks
・ベース
・ドラム
・キーボード /ピアノ、オルガンの2種類
・その他(シンセパッドやストリングス、単発のシンセサイザーなど)

全体としては、以下のようなラフミックスを目指していきます。

DAWlv2_vol02 - Google スライド - Google Chrome 2020_06_15 1_03_08 (2)

耳で行う作業のため、本当はあまりこういう図は意味がないのですが、最初のうちは参考に出来ると思います。さて、以降では「実際に何を考えてPANを振ったり、音量調整をしているのか?」を説明していきます。

手順01.ドラムのパンニングとフェーダーワーク

まったくの初心者で、どこから手を付けるべきか分からない方はドラムの音量とPANを調整するところからスタートしましょう。理由は「答えがある程度決まっているから」です。

打ち込み音源の場合はプリセットを読み込んだ時点でドラムのバランスはある程度取れているので、この工程は無視できます。ただし、「なぜその設定になっているのか?」に対する理解は必要です。

ドラムの音作りは、以下の手法が最もミスが少ないです。

01-1 OverHead(Top)の音を聴いて、音の定位を確定させる

DAWlv2_vol02 - Google スライド - Google Chrome 2020_06_14 22_33_21 (2)

ドラムを録音する際は、ドラムの真上(正確にはkick、snareをCenterとした正中線上)に2本のマイクを置いて全体を収録します。この2本のマイクがOverHead(Top)です。

OverheadをL,Rに振り分け、Hi-HatやTomが聴こえた位置に各トラックを配置していくことで、自然な定位感を再現します。OverHeadが定位のガイドになることから、最も失敗が少ない方法です。

一般的にドラム自体のPANはあまり大きく広げ過ぎず、振り切ってもoverheadだけです。アコースティックギターをそれぞれ左右に振り分け、ローコード側にHi-Hatを大きく振るという手段を取ることもありますが、あくまで楽曲次第です(現代はギターを左右にがっつり振るならHi-HatはCenterに近い位置にする場合が多いです)。

01-2 ドラム全体の音量を調整する

左右にPANを振ったOverheadを基準に、kick→Snareの順番にトラックを足して行きます。KickとSnareは楽曲のリズムを作る根幹のため、ほぼ同程度の音量かつ目立ち過ぎるくらいのバランスが丁度いい場合が多いです。

画像1

Hi-HatはOverheadにも含まれているため、単体マイクを過度に持ち上げる必要はありません。画像には映っていませんが、Tom類も同様にOverheadの音量を基準に単体のマイクを混ぜて行くと失敗が少ないです。

全てのドラムトラックのバランスを取り終えたら、クリップを防止するためにグループチャンネルトラックのフェーダーを-6dB~-10dBを目安に下げておきます。メーターに目盛りが表示されない場合は、[H]キーを数回押して横幅を拡大しましょう。

Mix Consoleの表示を拡大:[H]
Mix Consoleの表示を縮小:[G]

手順02-ベースを追加する

ドラム全体を聴きながら、ベースを追加します。楽曲によっては、AmpとD.I.(クリーン)の2通りのトラックが用意されていますが、基本的にはD.I.側から音量バランスを整えていき、その後にAmpのドライブ感を混ぜて行くのが効率的です。

画像3

PANは基本的にはCenterですが、アコースティックな楽曲の場合わずかにLかRに振ることによってKickの居場所を作る場合もあります。特に理由がない場合はCenterにしておきましょう。

楽曲における重要なパートであり、音量的にも比較的大きくしたいトラックです。Kickとどちらを優先するかは好みですが、後の作業で住み分けを作ることができるので、気持ちよく全体が聴こえる音量までフェーダーを上げましょう。

手順03-ギターを追加する

バンドメンバーにギターが一人しかいなくても、ギターは複数トラックに渡ってレコーディングを行うのが一般的です。アコースティックギターの場合はハイコード、ローコードを別録りし、PANを大きく左右に振ることで広がりを持たせるテクニックが一般的です。

また、ロック、メタル調の楽曲の場合、エレキギターは同じフレーズを数回録音し、これを左右に振り分けることで厚みを持たせる場合が多いです。これはダブリングと呼ばれます。

ギターが1トラックの場合は、過度にPANを振るのは避けたほうが無難です。永続的にずっと鳴っているバッキングの場合は、例えばピアノのバッキングと逆側に配置するなど、実際のバンド編成も意識しながらPANを振って行きます。

agt_01,agt_02,gt_01,02,03,gt_lead…など、いくつギターのファイルがあるかはきちんと確認しましょう。良くある「a gt」「ag」 は acoustic guitarの略称です。命名規則は界隈によって少し異なるので、きちんと音を聴いて判断して下さい。

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さて、テストトラックではアコースティックギターのローコードをR、ハイコードをLに振り切り、リードギターはわずかにL側に寄せました(常時刻みを担当するHi-Hatと逆側です)。いずれにせよ、ギタートラックが1本でない限りは、ある程度PANを広げて全体の広がり感を演出したほうがよい場合が多いです。

左右にPANを大きく振り切った場合、放っておいてもギターの音は耳につきます。音量を過度に上げなくても、フレーズが耳に入りやすいことから、少し控えめにしておく程度が失敗しません。

それなりにトラック数が増えてきました。そろそろマスタートラックがクリップしていないか、きちんと確認おきましょう。

手順04-ピアノとオルガンを追加する

ここから先は、スキマを埋めるように他のトラックを追加していきます。
ピアノは音域に応じて、左右のどちらに振り分けましょう。左手を使ったバッキングフレーズなら、アコースティックギターのローコードと逆側の方向(先ほど、R側に振ったのを覚えていますか?)になるようL側に振るなど、「その音が高いか低いか?同じような高さの楽器が同じ位置にいないか?」を気を付けながらバランスを取って行きます。

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テストトラックはこのような形に振り分けました。オルガンはリードギター(R側に振っています)の倍音と帯域が被るので、ピアノと同じくL側に振りました。こうなると少しR側の中間が寂しいので、あとで別のトラックで補完してあげましょう。

手順05-ボーカルとコーラスを追加する

仕上げはボーカルトラックです。楽曲のメインとなるため、原則Centerに置きます。コーラスはトラック数にもよりますが、Centerを避け、ボーカルに広がりを持たせるのが一般的です。メインボーカルはCenter、コーラスは少しだけ左右に振り分けました。

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音量はドラムトラック全体と同程度を意識すると良いでしょう。分かりにくい場合はヘッドホンの音量ものすごく音量を下げて、「聴こえるか聴こえないか」くらいで音量を合わせると良い場合もあります。その際はベースが聴こえていることも確認しておきます。

手順06-その他のトラックを追加する

残りのトラックは、常時鳴っているものではなかったり、重要度が低いものが多いと思います。以降は、ここまでで作り上げてきたラフミックスを崩さないよう、「左右の音量差」を意識してトラックを追加していきます。

■■■

お疲れ様でした。なんとなく、フェーダー位置とPANを調整できましたか?

文字で説明すると5000字近くなってしまいましたが、やっていることは「右と音域の高低のバランスを考えながら、音を配置していく」というだけです。

思考回路としては、「ピアノを右側に置いたから右側の中~高域はある程度埋まってしまっていて、オルガンは広がりを持たせつつ逆側に振りたいけど、逆側にはすでにリードギターがいて、仕方ないから真ん中右寄りくらい置いておこう(あとでrotaryでStereo感を出しつつCenterを外して広めに空間を埋めてもらって、Reverbで後ろに飛ばそう…)」なんてことを考えながら作業をしています。

この手順はあくまで歌モノかつ日本的なPOPSの場合ですし、同じ楽曲でも別の手順でラフミックスを行う方も多いと思います(メジャーなのはボーカルを最初に持ってくる形や、ベースとボーカルの音量を基準に他のトラックの音量とPANを決めていく方も多いと思います)。

ミキシングの教科書は書籍でも、このnoteでもありません。皆さんがいつも聴いている音楽です。あの名曲はキックとベースどちらが低域を担っているのか?どういうPANの振り方をしているのか?意識的に聴くことで制作のヒントが得られます。

分析的に聴くことこそ、ミキシングの第一歩です。

モニター環境(ヘッドホンやスピーカーなど)が重要なのはこのためです。まずは好きな曲から始めて、次第に知らないジャンルの分析を進めていきましょう。こうして聴き込んだ音楽すべてがミキシングの際の引き出しとなり、財産となります。

さて、第3回からは、周波数帯域の観点から各楽器のバランスを詳しく見て行きます。
以降はドラムの打ち込みに関する余談です(ほぼ雑談です)。

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