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本と雨、道と紳士。

一昨日の暑さと今日の寒さを考えると、おそらく昨日は「ちょうどよかった」んだろうなと思いながら朝の青葉山を登ると、風邪をひきそうな佇まいの観覧車が見えてくる。

太陽の近さを感じた夏と山の寒さを感じる秋は、ここが同じ山とは思えないほどその表情が変わります。
冬はどんな顔を見せてくれるのか。「できれば見たくないな」と思うくらいには冬が苦手だ。

「ああ、寒いなら温まる場所にすれば良いか。薪を燃やして火の前でも横でも、近くで本を読むのはなかなかいいはずだ」と思い込むようにしながらこども園に着く。

月曜のカフェは眠っていて、1日中起きることはない。

できれば珈琲豆を炭火で焼いて、少し寒いこの風を浴びさせて。
何日か後の琥珀色を楽しみにしながら文庫を開催しようと思っていたプランはあっけなく雨に流された。

「外でやってるんだから、こんなこともあるさ。ちゃんと次のプランを考えてるんだ」と頭の中でつぶやくと、一人の紳士が傘を杖代わりに歩いてくる。

細身にジャケット、黒々とした髪の紳士。
年の頃は…わかりにくい。おそらく60代後半かどうか。

紳士は掲示板の前で立ち止まり、珍しそうに(またはいぶかしそうに)掲示されているなにかを見ている。

「なにか」なんて言っても「なにを」見ているかはとっくに知っている。
この掲示板に貼ってあるのはコトラボの「道端文庫」や「沖縄舞踊」のアナウンスペーパーしかないからだ。

雨も手伝って道にも、カフェの横にも誰もいない。
いや、正確には紳士と僕しかいない。
僕は小屋にある本の状態を確認する作業を一旦止めて、紳士に声をかけた。

「こんにちは、あいにくの天気で」

紳士は会釈もそこそこに「これ…」と指をさした。
少し伸びた爪の人差し指は「道端文庫」の文字を指していた。

「道端文庫っていうのはいいね、名前がいい。『本を蘇らせませんか』ってのがまたいいね」

紳士は自宅に本がたくさんあること、年齢、暮らし、昔の仕事、出身大学、家族のこと…を一通り早口で喋った。
もちろんここには書かないけれど。何かの書類がそれなりに埋まりそうなくらいの情報があっという間に集まった。

紳士は「文庫に本を寄贈したい、今度連絡するよ」と話すと、またひとしきり身の上を話し、笑顔を見せる。

僕は「少し文字が小さいけど」と名刺を渡し、コトラボの話題や紳士の身体のことを話しながら歩いた。
そして紳士は「ここは皆年寄りになってきたからね。これから冬になると大変なんだ」と疲れた顔で言うと「連絡するよ、応援するからがんばって」と言い残し、また傘を杖代わりに歩き始めた。

その速度はあまり早くなく、さっき聞いたばかりの紳士の怪我や病気を彷彿とさせた。

紳士が「ここは不便だよ、年取って一人になってわかった」とつぶやいた言葉に詰まっている感情や現実が、なんとなくわかるように気がしたのは、少しこのまちに馴染んできたからかもしれない。

さぁ、まちを、コトをつくろう。

#コラム #エッセイ #コトラボ #本 #雨 #紳士

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