シロツメクサ 1【創作BL SM小説】
🍀登場人物🍀
湯ノ神まひる(ゆのかみ まひる)
湯ノ神家の次男。
都内の大学に通う大学2年生。兄の住んでいる一軒家に下宿している。
恋人の碓氷香月(うすい かづき)を心の底から愛している。
碓氷香月(うすい かづき)
湯ノ神まひるの恋人。
まひると同じ大学に通う同級生。
少年のように可愛い。それなのにマゾ性癖が抑えられない。
まひるが香月を愛するように、香月もまひるのことを愛している。
湯ノ神朝壱(ゆのかみ あさいち)
湯ノ神家の長男。
実家を離れて大学生の弟と一緒に都内の一軒家に住んでいる。
年齢不詳で職業も不詳。出版社でアングラ雑誌の編集の仕事もしつつ、自身でも会社経営をしている。
一度話し始めると止まらなくなるのが玉に瑕。
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「つまりだ。こいつらを幸せにしてやるには、踏みつけにして痛めつけてあげなければいけないんだ。大事にされるだけじゃ物足りない、痛めつけられなければ幸せを感じられない、そういう生き物がこの世界には存在しているんだよ」
湯ノ神朝壱(ゆのかみ・あさいち)が、クロックスを突っかけただけの裸足の足でシロツメクサを踏みにじりながら弟にそう言った。彼に踏みつけにされたシロツメクサは茎が折れ曲り、葉は傷ついて濃い緑色に変色していた。猫の額ほどの広さしかない庭だが、朝壱は休日のたびにこうやって丁寧に手を入れている。いつか自分なりの最高の庭園を作り上げようとしているらしい。
湯ノ神朝壱と、彼の弟である湯ノ神まひる(ゆのかみ・まひる)は、都内にある二階建ての一軒家で暮らしている。兄と弟は家賃や光熱費を折半し、大学生である弟の分の半分程度は仕送りとして実家の両親が払っていた。
兄に折り入って相談があったまひるは、麦わら帽子を被って、腰に蚊取り線香をぶら下げて草いじりをする兄を見留め、今がチャンスだと考えて兄に相談を持ちかけた。
兄である朝壱は、とっくに社会人になっているはずだが、未だに何を生業にしているのか一緒に暮らしている弟ですら判然としなかった。出版社で編集の仕事をしていて、アングラ雑誌の編集を担当しているらしいが、それ以外の仕事もたくさんしているようだった。フォトグラファーを名乗っていたり、ビデオグラファーを名乗っていたり、イベンターを名乗ったりしているようで、何種類もの名刺をいつも持ち歩いている。つまり、何をして生きているのかが分からない、怪しいことを飯の種にしている怪しい人種だった。
だからこそ、“そういう方面”にも詳しいだろうと思って、兄に相談することにしたのだ。
湯ノ神家の次男で大学生の湯ノ神まひる(ゆのかみ・まひる)には、碓氷香月(うすい・かずき)という同い年の彼氏がいた。大学の一年次のオリエンテーションで知り合い、それから交際を始めて一年が経とうとしていた。まひるは香月のことを心の底から愛していたし、誰よりも一番に大事にしたいと思っていたし、行動でその気持ちを示し続けていた。常日頃から、彼の願いは何だって叶えてやりたいと思っていたし、日頃から香月にもそれを伝えていた。ただ、どうしても叶えられない、いや、叶えたくないお願いをされてしまった。そのお願いがここ最近の彼を悩ませ続けている。
性交が終わった後、ティッシュで彼の性器を拭いてやり、冷蔵庫に入れて冷やしておいたミネラルウォーターを口に含ませ、頭を撫でてまどろんでいた時のことだった。
「ねえ……僕、まひるくんに酷いことされたいの……」
「酷いことって……?」
「その……酷くて……痛いことなら何でもだよ……」
何を言われているのか分からず、愛想笑いをして流してしまったが、香月は改めてまひるの眼を見つめて同じ言葉を繰り返した。
香月の顔は強張っていて、緊張していることは一目瞭然だった。決して冗談で言っているわけではないことも、一年近く香月の顔を間近で見てきていたまひるにとってはすぐに分かった。
「ねえ、まひるくん。聞いてる?僕、酷くされないと感じれないんだ…まひるくんが僕に優しくしてくれるのは嬉しい。大事にされてるって思えるし、愛されてるって思えて安心できる。すっげえ嬉しい。ありがとう。でも、僕は優しくされるだけじゃダメなんだ……ねえ、痛めつけてよ……思いっきり……酷くして……」
消え入りそうな声で言う彼の声がまひるの耳から離れなかった。その時は、了承することも拒絶することもなく「ああ、今度な」と言って頭を撫でて話を終えた。
「要するに、その、香月くんはド変態マゾだったってことだろ?単純な話じゃないか」
一通り話を聞いた朝壱はわっはっはと笑い飛ばした。
「おい香月のこと馬鹿にすんなよ」
「ジョークだって。そんな怒った顔すんなよ。彼氏のことになるとすぐにイライラするんだもんな~」
そう言って睨みつけてくるまひるを宥める。
「別にマゾだっていいだろ。幸せの形は人それぞれだ」
朝壱がしゃがみこんで、先ほどから踏みにじっていたシロツメクサをそっと優しく撫でる。そしてシロツメクサについてのうんちくを長々と語り始める。彼は一度話が始まるとなかなか終わらない厄介な性格をしていた。それもあってまひるは兄に相談することを考えあぐねていたのだ。
「可愛いだろ?もうしばらくしたらここに寝転がれるくらいには生えてくるぞ?そしたらピクニックでもしような。
こいつにはシロツメクサという名前が付いているが、まあ、いわゆる雑草というやつだ。公園に植わっているのを見かけたことくらいはあるだろ。小学校の時に女の子たちが花冠を作ってた、あれだ。
こいつの英名をクローバーと言う。そうそう。四つ葉のクローバー。幸運を象徴する、あの“四つ葉のクローバー”だ。
クローバーが四つ葉になる確率は、そうだなあ、だいたい10000分の1だと言われている。なかなか見かけないからこそ、ありがたがられているんだ。四つ葉になるのは遺伝的な要因が関係している。四つ葉になることのできる種とそうでない種が生まれながらにして決まってしまっているというわけだ。しかしだ、クローバーを四つ葉にしてあげられる方法が1つだけある。
なんだと思う?
それが痛めつけることだ。
こいつはな、こうやってたくさん踏みにじってあげると、葉の枚数が増えやすくなるんだ。だから、こうやって、おらっ、踏みつけてやることはいじめてることにはならないんだ。彼らを美しくするためにやってるのさ。
壊れないように傷つかないように大事にしてやることだけが、大切にしてることになるとは限らないんだよ。そういうこと気が付けないっていうのは、いわば、お前の傲慢さだ」
「いや、でも別に、四つ葉が幸運って言うのも人間の勝手な思い込みだろ。別にクローバーは四つ葉になりたがっているわけじゃないだろう」
「ふふ。でもな、四つ葉の方がより美しい……だろ?三つ葉より四つ葉の方が価値がある」
「……わかんねえよ」
「いつも言ってるだろ?お前は自分の理想を相手に当てはめすぎなんだって。もっと大切な人のことをちゃんと見てあげろ?そうじゃないと誰かに取られちゃうぞ」
にひひひと朝壱が笑った。
「うーん……」
まひるは朝壱の言葉を心の中で反芻する。
シロツメクサはただの雑草だが、踏まれることによって価値のある四葉のクローバーになり、輝くことができる。だからわざわざ貴重な休日に汗水垂らしてわざわざ時間を取って手間暇をかけて踏んでやっている、それがシロツメクサを愛するということ、シロツメクサを愛するやり方だって兄は言いたいのだろう。
SMというものがこの世の中にはあって、シバかれたがっている奇特な人間がいるらしいということ自体は知識としてはもちろん知っている。昭和の懐かしアニメに出てくる悪役みたいな奇妙な服を着て、右手に鞭を、左手に蝋燭を持って、ピンヒールを履いて白ブリーフ姿のオヂサンをオホホと高笑いしながら足蹴にしているアレだ。
別に否定したいわけではないが、あんなことをして何が楽しいのか見当もつかない。痛いものは痛いだけじゃないか。ましてや、愛している香月が痛がっている顔なんて一瞬たりとも見たくない。香月にはずっと笑顔でいてほしいし、セックスをする時は存分に愛を注いでいたい。
でももし、兄の言うようにそれが彼のためになるのだとしたら……それが香月の望んでいることだとしたら……いや、でも、それでも俺は香月を傷つけたいとは思わない。
「んふふ、悩んでおるな~弟よ」
「だから茶化すなよ」
悩んでいる弟に頼られるというのは朝壱にとって悪い気はしなかった。しかし、可愛い子ほどイジメたくなってしまう性分の朝壱は、どうしてもまひるのことをからかいたくなってしまう。
「恋に悩める弟の姿もまた美しいものだな。お、噂をすれば彼が来たんじゃないか?」
背の低いフェンス越しにアイボリーに塗装されたスズキのラパンが停まるのが見えた。ウィンドウが降りて上半身を乗り出したボブカットの男の子が元気よく手を振っている。
「まひるくん!」
まひるの恋人であり、唯一の大事な人である香月だ。
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