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デザインとエフェクチュエーションの補完的関係


1 はじめに

近年、デザインと起業家精神の間の相互作用が、学術界と実務界の両方で注目を集めている。これら二つの領域は、創造性、革新性、そして問題解決という共通の要素を共有している。しかし、その補完性と相互作用は、まだ十分に探求されていない。この論文は、デザインと起業家精神の間の関連性を明らかにし、それらがどのように相互に補完し合うかを理解することを目指している。

起業家精神の研究は、新規事業創出やイノベーションを促進する行動や思考プロセスに焦点を当てている。特に、エフェクチュエーション理論は、起業家が不確実性の高い状況でどのように行動するかを説明するための重要なフレームワークとなっている(Sarasvathy, 2001)。エフェクチュエーションは、起業家が利用可能な手段から出発し、目標を途中で調整しながら新規事業を創出するプロセスを強調している。この視点は、起業家が市場の機会を「発見」するのではなく、自身の行動によって市場を「創造」するという視点を提供している(Sarasvathy et al., 2008)。そのため、同様に未来を創造するデザイン活動と関連性があると言われている(Klenner, Gemser & Karpen, 2021)。

デザインは、ユーザーのニーズを満たすための革新的な解決策を生み出すプロセスであり、起業家精神は新しいビジネスの機会を見つけて利用する能力である。これら二つの領域がどのように連携し、相互に影響を与えるかを理解することは、新しいビジネスの創出や既存のビジネスの改善において重要である。

この研究は、デザインと起業家研究の中でエフェクチュエーションに焦点を当て、それらの相互作用を探求する。ナラティブレビューによって、起業する個人と環境状況(Shane & Venkataraman, 2000)に重点を置いた支配的な二重ネクサスの枠組みを、人工物中心のデザインの三要素へと拡張することを試みる。主要な論文をこれらの視点で吟味することによって、両者の共通点および差異といった関係性を議論する。研究では、起業家とデザイナーがそれぞれ焦点を当てる人工物(組織・プロダクト)とそれらのアプローチが補完的であることが示唆された。これらの理解が、起業家、デザイナー、そして教育者にとって有益であり、より効果的なビジネス戦略と教育プログラムの開発を促進することが期待される。

以下では、まず研究手法について説明し、エフェクチュエーションとデザインのナラティブレビュー、考察、結論となる。最後の今後の方向性について議論する。

2 研究方法

本研究では、類似性が指摘されているエフェクチュエーション理論とデザインに関して、ナラティブレビューを行う。まず、探索するジャーナルを今回の研究目的から、Entrepreneurship Theory and Practice、 Journal of Business Venturing、Journal of Business Venturing Insights、Journal of Business Venturing Design、Journal of Product Innovation Management、Creativity and Innovation Management、Design Issues、Design Studiesとする。それらを、”effectuation”, “designer”または“designers”のキーワードで論文を検索する。Journal of Business Venturing Designにおいては、ジャーナルの目的を考慮し、“effectuation”のみで検索する。そのほか、エフェクチュエーション理論、およびデザイン論を補完するために論文を追加する。期間は、論文がgoogle scholarで公開されている全体とする。得られた論文のアブストラクトを読み、本研究と関係の薄い内容の3件を除外した。合計65件の論文についてレビューする。

3 対象とする理論の関係性

3.1 エフェクチュエーションからのアプローチ

エフェクチュエーション理論は、Sarasvathyによる起業家の意思決定に関する基礎概念的・実証的研究から導出された(Sarasvathy, 2001, 2008)。その理論は、不確実性の下で意思決定を行うことができる起業家の「論理」である「効果主義」と、予測可能で不確実性の低い文脈で活動するマネジャーの「論理」である「因果主義」を区別する5つの意思決定原則を提案している。

エフェクチュエーションの理解を深化するために、その特性を指標化するエフェクチュエーション志向(Effectuation Orientation)の開発が進められている。エフェクチュエーション志向とは、外部環境を積極的に形成・設計し、新しい市場を創造しようとする起業家の方向性を反映した戦略的志向と定義される(Werhahn, Mauer, Flatten, & Brettel, 2015)。この構成の次元は、マインドセットとしての効果的統制志向(ECO)と、それを実現する行動を示す4つの効果的行動志向の次元(EAO)(手頃な損失志向、有事志向、手段志向、パートナーシップ志向)の二つのカテゴリーで表される(Szambelan, Jiang, Mauer, 2020)。ECO次元は、不確実な環境を予測するのではなく、コントロールすることに重点を置いていることと関連している。EAO次元は、マインドセットベースの効果測定志向を実行する方法を反映している。効果志向は、未来を予測しようとするのではなく、コントロールを基本とし、その実行において主体的に外部環境との相互作用によってパートナーシップを形成し、デザインする(Dew, Read, Sarasvathy, & Wiltbank, 2015; Wiltbank, Dew, Read, & Sarasvathy, 2006)特性がある。

このようにエフェクチュエーション理論(Sarasvathy, 2001, 2008)は、実証的に支持・検証されている(Chandler et al., 2011; Dew et al., 2009)が、懐疑論者からは、この理論には具体的な行動の処方が欠けているという批判がある(Glen et al., 2014; Mansoori & Lackéus, 2020)。新規事業開発を行うために、効果測定をどのように適用できるかを規定する規範的な明確さの不足、有用なアイデアを開発する方法など実行可能な詳細について十分に示されていない(Mansoori and Lackéus, 2020)。

また、企業における新規事業開発等のイノベーションの実践者は、エフェクチュエーションの基本に共感しつつも、理論の抽象性に課題を感じている。既にデザイン思考等イノベーションに関する手法を、試行中の企業も多く、それらとの関係性も十分理解されていない。

アカデミアにおいても、近年Journal of Business Venturing Design(JBVD)が刊行され、起業家論とデザインの関係が議論されるようになっている。起業する個人と環境状況(Shane & Venkataraman, 2000)に重点を置いた支配的な二重関係の枠組みを、デザインの視点は、人工物中心のデザインの三要素へと拡張する(Berglund, 2021)。今回検索された論文を見てみると、人・環境・人工物の内、人工物に言及しているものは4分の一程度である。SarasvathyはJBVDの創刊号で、主に人間であるアクターとの共創の可能性のインタフェースとして、問いに注目する(Sarasvathy, 2021)。エフェクチュエーション理論の最も特徴的なステークホルダーとの共創の入口としての問いは、事業および組織デザインにおいて鍵となる。

起業家のアイデアの正統性を高めるために、Glaserらはデザインのストーリを活用することを提案する (Glaser, & Lounsbury, 2021)。その中で、シェーンの“reflection-in-action”に注目する(Schön, 1984)。状況を変えようとすることによって状況を理解し、その結果生じる変化を実験方法の欠陥としてではなく、その成功の本質として考えるデザイナーに、起業家との共通点を見出す。Seldenらは、起業家のアイデアそのものの制作過程が、後からのみ研究可能である問題を解決するために、中間的人工物を活用することを提案する(Selden, & Fletcher, 2019)。中間的人工物とは、起業家のノウハウであり、彼ら/彼女らの行動を導く先入観として、アイデアやプロトタイプを導くもので、先ほどのストーリー、プロトタイプ、ビジネスアイデアなどが当たる。

一方、起業家本人、人に注目した研究も存在する。Klennerらは、デザイナーで起業家の調査によって、デザイン思考の行動実践とエフェクチュエーションの認知原理との関係を調査する(Klenner, Gemser & Karpen, 2021)。さらに、Nielsenらは、起業家精神教育や研修プログラムを、デザイン専門家にどのように適合させることができるか試行する(Nielsen, Norlyk, & Christensen, 2018)。デザインと起業家精神を組み合わせたハイブリッドな手法であるデザイン・スプリントの実施結果も示される(Magistretti, Sanasi, & Dell'Era, 2023))。これらの施行では、デザイナーから自我の喪失に関連する価値観のコンフリクトが示されている。同時に、実行してみることで効果があることが理解されることも報告されている。

これまで見てきたように、エフェクチュエーションからデザインへの接近では、人工物の概念の拡張である。つまり、人工物に、最終製品のみではなく、アイデアをコード化したもの、および組織、事業を含めることが示唆される。実際には、そのためには思考変容・拡張をどのように起こしていくのか、課題がある。

3.2 デザインからエフェクチュエーション

20世紀におけるデザイン論の代表作の一つである『人工物の科学』で、サイモンはすでに存在するものを扱う自然科学、社会科学、人文科学の活動に対して、未だ存在しない人工物の創造に関わる活動のための知識が十分ではないとして、人工物の科学の必要性を提示した。そして、デザインを人工物を創造する意識的な活動のすべてと捉え、「how things ought to be - how they ought to be in order to attain goals, and to function」(サイモン、1996:4)と定義した。

人工物は、それ自体の内部環境と、それが機能する外部環境との境界と考えられ、人工物のデザインは、インターフェースを作ることであると定義される。外部環境や内部環境から生じる制約条件を満たす最適な合成方法を見出し、人工物を創り出す。それが最適であるためには、運良く人工物が満たすべき目標が事前に定まっているおり、担当者が可能性のある解空間を設定し、隈なく探索でき、代替案の比較可能であることが前提となる。しかしサイモンは、そのような条件を満たす状況はまれであり、希少資源(探索に費やす時間やコストなど)を考慮すると、デザインは最適解よりも満足解を求めるほうが妥当であるとした(Simon, 1996)。さらに、最終的な目標をもたないデザインでは、デザイン活動を行うことによって、デザイン基準が見出され、新しい目的が作り出される。このような事前に十分な情報を持ち得ない限定合理性の下では、そういった状況を従順に受け止め、むしろおもしろさや珍しさに関するヒューリスティクスから導かれる探索が、満足化を満たす活動になる可能性がある(Simon, 1996, March,1982)。

一方、ブキャナンは自らも社会問題のコンサルティング活動に携わり、デザイナーの思考方法からデザインについて熟考した。彼は、デザイナーの専門的な思考方法は、工学的に解決できる問題よりもウィキッド問題、すなわち、単一の解決策を持たない根本的な不確定性を持ち、解決策を見出すために多くの創造性を必要とする社会システムの問題に対して有効であることを示唆する(Buchanan, 1992)。さらに彼は、問題や解決策を再考するための介入場所として、デザイン思考における4つの明確な領域、(1)記号的・視覚的コミュニケーション(またはグラフィックデザイン)、(2)物質的オブジェクト(または工業デザイン)、(3)活動や組織的サービス(またはサービスデザイン)、(4)生活、仕事、遊び、学習のための複雑なシステムまたは環境(またはインタラクションデザイン)を挙げた。

複雑な社会問題のコンテクスト下でのデザイナーの活動の特徴を説明するために、Buchananは、デザイン状況を直感的に形成するための「プレースメント」という概念を導入し、カテゴリーとプレイスメントの違いを強調する。カテゴリーは、既存の知識に基づいており、既存の理論や哲学の枠組みの中で受け入れられる。プレースメントは、デザイナーが関与者へ介入することによって、彼らの見解、懸念事項を浮き上がらせ、開発のための作業仮説として会話から特定される。つまり、作動中のデザインは、関与者によって行き先が変更されうるのである。サイモンも、複雑な問題のデザイン活動では、アクターとの相互作用によって、デザインしている人工物の内部環境と外部環境の境界線およびデザイン基準が変化することに言及している(サイモン、1996)。

シェーンは、技術的知識に対してデザインにおける芸術性を再考することを要求し、デザイン作業の中核であるrefrectionに注目した。シェーンは、「創造」と「創造に対する内省reflection-upon-the-creation」との関係に焦点を当て、能力の向上と再度創造を可能にする実践に基づくデザイナー像を構築した。デザイナーらは、理論や技法を学ぶと同時に、自らの長年の実践を通じて、本質的に普遍的な美的知識を暗黙知として蓄積している。

Michlewski (2008)は、デザイナーのインタビューから職業文化を表す5つのカテゴリーを示した。1. 多次元の意味を統合する:矛盾した商業目的を調整し、合成と分析の間で揺れるアプローチの橋渡しをする。2. 創造する、命を吹き込む:創造的に捉え、タンジブルな人工物でラピッドプロトタイピングを実施する。3. 不連続性とオープンエンド性の受容:予測不能な状態を許容し、直線的なプロセスおよび詳細な計画よりも、「どうなるか見てみよう」で進め、異なる考え方や行動をする自由を推奨する。4. 多感覚的な美学への取り組み:視覚的言説、視覚的思考、創造的対話 美学、美、味覚、直感、本能、暗黙知を基本とする。5. 個人的および商業的な共感を得る:人間中心主義で、コミュニケーションの透明性を重視しつつ、商用目的の意識と 本物志向、遊び心のバランスを取る。ここにおいても、実践者の現状にとらわれない美的知識が重要な要素として浮かび上がる。前節で浮かび上がった課題から、これらのデザイン的特徴を加味した上での、起業家教育が必要であることが示唆される。

4 議論および結論

エフェクチュエーションは、「アイデンティティ」「知識」「ネットワーク」の3つのカテゴリーの手段から始まる。アクターは、予測ではなく、まず自分が何者であるか,何を知っているか,そして,誰を知っているかから,自分が達成できる事柄を想像する。次のステップは、自分ができるかもしれないことをどのように進めていくかについて意見を得るために、他の人々とのインタラクションを開始する。今生まれつつある何かを作るためのプロジェクトに、参加したいと思う潜在的なステークホルダーと出逢ったら、参加者は自身で判断し参画を決定する。すなわち、ステークホルダーは、コミットメントした資源と引き換えに、プロジェクトの目標を再構築し、最終的にどのような未来をもたらすかに影響を与えるチャンスを得るのである。

つまり、エフェクチュエーションでは、アクターの手段と、ステークホルダーのコミットメント(資源と目標の再構築)によって、事業開発が行われる。エフェクチュエーションの特徴である予測不可能なコントロール指向のアプローチは、構築にコミットするステークホルダーのパートナーシップ、事業の組織化がドライバーである。構築にコミットしたステークホルダーと目標を共創することによって、事業を創ることが可能なのは、アクターが組織化をコントロールしているからである。一方、実際に新規事業開発のアイデアがどのように生まれるのかについては、依然としてブラックボックスで明らかではないが、デザインとの関連研究において、いくつかのアプローチの方向性が示唆された。

一方、デザイン活動の成果として提示される人工物が人に驚きや共感をもたらすためには、基なるアイデアの創造性が重要である。最終的なプロジェクトの方向性を決定するのは、デザインプロジェクトで行われる美的知識による意思決定である。デザインにおける知識は、工学的合成のための知識と科学的分析知識だけではなく、美的知識を含む(Baskerville, Kaul, & Storey, 2018)。このデザイナーの自我はこれまで無視されがちだったが、今後検討していく必要がある。

また、デザイン活動は、合理的で論理的な決定というよりは、デューイのいう即時的な認識あるいは、ブキャナンのプレースメントに見られる既存の知識や理論に基づかない会話から浮き上がるアクターたちの美的知識による判断である。美的領域と起業家研究については今後の研究が期待される。さらに、エフェクチュエーションとデザインの関連で議論したように、人工物の概念の拡張も必要である。プロジェクト内で創られる成果物だけではなく、プロジェクトチームや他のアクターとのインタラクションによる組織化も領域として広がってきている。それと同時に、これらの関係性が補完的であることにも注目すべきである。今後両領域の議論を深めることによって、お互いのインタフェースが明らかになることを期待する。

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