『時』に生きるイタリア・デザイン-3: 「倫理的な観点」から認識されるイタリアデザイン
第2回で多様なものを統一していくイタリアデザインについてみていきました。それができるのは、多様な考えの中でも一貫している、反インダストリー、反大量生産といったデザイナーの社会を見る皮肉的(irony)な視点です。戦後生まれたラディカルデザインは、そのものがもつ本質を再発見することを目指しました。今回はその後のイタリアデザインの展開についてみていきます。
イタリアのポストモダン宣言
1980年のベネツィア・ビエンナーレには初めて建築部門が加わり、ディレクターのパオロ・ポルゲージによって、ポストモダン宣言がされました。
イタリアのデザイナー教育
イタリアでは、デザイン学部が近年までなく、その代わりに建築や芸術学部がその任を担ってきました。メンディーニ率いる雑誌domusはデザイン専門家のためのデザイン文化を創出する場としてdomus academyを始めました。そこで教授法のディレクターをつとめていたブランジは、以下のように述べています。
このアカデミーの登場で、ミラノにもデザイン学を語れるデザイン文化の拠点ができたと、佐藤氏は語ります。
アバンギャルドの運動はもって4-5年が限度
アルテミデが事業として成功している一方、より革新性を目指したメンフィスは5年で解散しました。この節タイトルは、メンフィスの共同経営者のマルコ・ザニーニの言葉です。
メンフィスは実験的プロジェクトで、今までと違ったやり方でものを作ることができるのか、を試しました。その結果、大きな資本なしに、新しいアイディアの実現化が可能であることがわかりました。一方、メンフィスのソットサスはじめ、メンバーは、革新的な文化を作る運動がやりたいことなのに、いつのまにかその文化運動が基準となる枠組みを規定し、その中に自分たちが埋もれていくことに我慢ができなかったのです。そのため、この実験的な事業は短命で終わりました。
イタリアのデザインとエコシステムの強み
イタリアの中小企業の強さは何かという佐藤氏の質問に対し、アルベルト・アレッシが答えます。
さらに、どうやって創り出していくのかたずねると、それはデザイナーの仕事たと答えます。彼らは、時の変化を常に肌で感じています。経営者から見ると、このデザイナーが良いと感じることが大切で、彼らこそが真のマーケットであるといいます。
アントレプレナーとしてのデザイナー
最後のソットサスとのインタビューから、デザイナーとアントレプレナーの共通点が浮かび上がります。
合理的につくる vs. 自分の存在を示す手段としてのデザイン (identity)
一方、デザイナーならではの部分は、困難な状況や新しいことにチャレンジすることに対して恐れがない(むしろ、そのような状況を楽しむ)こと、また社会に対して良いものを作ることが利益よりもまさっていること。
簡単なこと・合理的 vs. 文化運動、文化現象、文化的反乱 不可思議な謎との対峙
商業的観点 vs. 倫理的観点 人生に解釈や説明を与えるデザイン
デザイナーは倫理的観点からデザインをしているのです。デザイナーは社会に対して責任を持たなければならないというManziniらの言葉が腹に落ちます。イタリアデザインから日本のデザイン、ものづくり、製造業は学ぶことがありそうです。
この本が面白すぎて、読まなきゃいけない本が増えました。
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