第13話「入団」
入団申込書を提出してください、とチェロ首席の岩崎さんからメールが届いたのは、3月に入ってすぐのことだ。3回練習に参加して、なんとか認められたわけだが、定期演奏会は3ヶ月後に迫っている。岩崎さんに感謝のメールを書きながら、焦らず地道にやるだけだと、自分に言い聞かせた。
今までの教室の先生は、相変わらず姿勢とか正確な音程にこだわり、新しい坂本先生は、音の出し方や合わせ方にこだわるので、いいバランスだったかもしれない。坂本先生のご自宅には、自分の楽器を持参するので、頻繁には行けない分、一回のレッスンに集中した。朝、開店してすぐのケンタでコーヒーを飲みながら、楽譜を開いて今日レッスンしてもらいたいポイントを決める。貴重な時間を少しでも無駄にしたくなかった。2曲ともモーツァルトだったので、モーツァルトはきっとこう弾いてほしいはず、とか、ここでこうするところがモーツァルトっぽい、といった話がまた楽しかった。合奏練習で、指揮者が指示するようなことでもあり、ただそこまで細かくは指示してくれない。楽譜を見る人が見ればきっと当たり前にイメージすることを、坂本先生は楽しそうに弾いてみせてくれた。
モーツァルトの楽譜は、極めてシンプルだと言う。岩崎さんは、音が少ない、と表現していた。だから余計に、音の出し方が大事らしい。それでも、「ハフナー・セレナード」は、厄介そうだった。初めて聴いた曲だったが、2ヶ月もほぼ毎日聴いていれば、僕でもわかってくる。破天荒なモーツァルトらしさてんこ盛りなのだ。それが8楽章もあるのだから、疲れないはずがない。あと3ヶ月で、本当に人前で弾いていいのか、考えても仕方がないので、考えないようにした。一つの楽章を通して弾くだけでも、集中力や体力がキツかった。それに頭もフル回転で、毎日の自主練も30分でヘトヘトだった。それでも毎日弾く、体に慣れさせることで、少しずつ肩の力が抜けるようになる。モーツァルトの音は軽やかで繊細。ベートーヴェンではないのだから、余計な力を抜くようにと、指揮者の先生もよく口にしていた。
アレグロはまさに、速いからといって、力んでは絶対に速く弾けない、と何度も言われた。ちなみに第1楽章がアレグロ・マエストーソからのアレグロ・モルト、第8楽章はアダージョからのアレグロ・アッサイである。どっちが速いのか知らなかったが、どっちも“非常に”速い。もちろん、第8楽章を弾く頃には、集中力も体力も限界を迎えているだろうことが、容易に想像できた。
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