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【3/30】そしてゆっくりと私になる

人生に迷っている人へのアドバイスとして、「子供の頃に好きだったものを思い出してみて」といってみることは、そう珍しいことではない。珍しいことではないし、私も、何もこれに目くじらを立てて怒ってやろうというわけではないのだ。

が、怒ってはないんだけど、疑問はちょっと残るんだよな。子供の頃、私たちは何にも汚されることなく、純粋だった。そ、そう? ただ、好きなものを好きだといっていられた。まあ、そういう一面は確かにあったかもね。でも、ちょっとこれは、子供という存在を理想化しすぎていやしないか。子供の頃、私は実家の庭で巣を見つけてはその中に液体◯ューズを流し入れて蟻を殺すのが好きだったんだけど、「それが君の本質だよ」とかいわれてしまうとねえ。純粋な夢探しの物語が、急遽、猟奇殺人犯の過去回想シーンに変わってしまうではないか。

これは決して、冗談や揚げ足取りってわけではないんだよ。

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記憶があやふやでソース不明確なのが申し訳ないけれど、芸術家の岡本太郎が、そういえば、かつてこんなことをいっていた。

子供は、「上手く描かなきゃ」という心理的な縛り、「誰かに褒められたい」という承認欲求、その他さまざまな制限にとらわれずに、自由に絵を描く。あるときはとても大胆に、とても斬新な方法で。それは、個人の成長過程という観点から見ればたしかに素晴らしく、微笑ましい光景ではある。だけど、その絵に芸術的な価値があるかといえば、そんなものは1ミリもないのだと。

なぜか。子供の頃に彼を縛る制限がないことは、いってみれば、当たり前だからだ。

もしも彼が、大人になってからもなお、何にも縛られずに、自由に大胆に斬新な方法で、絵を描くことができたならば。それは彼が、成長する過程で、この世界の大いなるものと闘った証だ。もとから与えられている誰にでもある自由ではなく、彼が闘いの中で獲得した、彼のみにある自由だ。人は自由さや大胆さ自体に心を奪われるのではなく、闘いの過程や、その中で生まれた葛藤や苦悩や、それに打ち勝った強さに、心を奪われるのである。だから、子供の絵は微笑ましいけれど、芸術的な価値はない。たくさんの人の心に届く、美しさや感動は生まない。

私は岡本太郎の作品や思想にそれほど惚れ込んでいるわけではないんだけれど、この話には、妙に納得させられるものがあった。だからこうして、脳内に刻み込まれている。まあそのわりには、どの本でいってたのか、ソース忘れちゃったけど……。

だから、なんていうか。子供の頃に、何にも汚れていない純粋な私の「本質」みたいなものがあって、成長する過程でそれに余計な添加物がくっついていって、なんだか体全体が重たくなっちゃったわっていう考え方は、完全にナシってわけではないんだけどさ。そういう一面は、たしかにあるだろう。でももしも、私やあなたが、何かのルールにがんじがらめに縛られていて、不自由さで身動きがとれないのだとしたらーーそれは、それこそが、私やあなたの「本質」だってことだ。私やあなたは、この世界の大いなるものに打ち勝つ強さを持っていなかったってこと。葛藤や苦悩を打開する賢さもなかったし、機転も利かなかったし、要領も悪かったってこと。闘いに、負けたってこと。この考え方のほうが私にはしっくり来るんだけど、万人に説くものとしては、ちょっとニヒリズムが過ぎているかな。

子供の頃に、純粋な、本当の「私」がいて、それがこの世界の邪悪なものたちに、ゆっくりと奪われていくのではないんだよ。大人に成長していく過程で、老いて死を迎えていく過程で、「私」は考えて、闘って、諦めて、苦悩する。その過程にこそ「私」がいるんだろう。

「私」は、奪われるのではない。ゆっくりと、「私」になっていくのだ。たとえ、それがどんな無様な姿であろうとも。

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希望としては、私たちはまだ、闘いの途中にいるということだ。死ぬ直前まで、いや、死んでからあとも、なお闘いは続く。もしも人生の前半で「負けた」と思うことがあったとしても、まだ闘いは終わっていない。「私」になるために、「私」は奪われるのではなくて、添加物を加えられていくのではなくて、むしろ、余計なものが削ぎ落とされていくんだろう。ゆっくりと、私は「私」になっていく。子供の頃の私なんかではなくて、今、ここにいる私にこそ、「私」の本質は宿っている。そして、今、ここにいる私よりも、未来の私にこそ、より純度の高い「私」がいる。

揚げ足取りじゃないっていったけど、うーん、やっぱり揚げ足取りだったかな。まあ、こんなことを書いておいて私がめちゃくちゃ無様な死に方をしたらみんな笑うだろうけど、それでも全然いいもんね。

闘って、負けた。でも、少なくとも最後まで歩かなかった。そのときは、村上春樹ばりに、誰かにそう墓標に彫ってもらうことにするからさ。

شكرا لك!