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【5/25】集団的記憶喪失

スペイン風邪がもたらした死者が、第一次世界大戦の犠牲者よりもずっとずっと多いことを、私はこのコロナ禍のなかで知った。「いや、ウィキペディアに書いてあるじゃん」って話なのだが、第一次世界大戦が絡む文学や映画が数えきれないほどあるのに対して、スペイン風邪が主題の文学や映画となるとあまりピンとこない。感染症があくまで自然災害的なものであるのに対して戦争は人為的なものだから、後者のほうを語り継ぐのにより力が注がれるってのは理屈としてわからなくもないのだけど、それにしたって「え、聞いてないんだけど!?」感がすごい。なんか、もうちょっと教えてくれててもよくなかった!? とか思う。 ちなみにこのスペイン風邪の、集団的記憶喪失というか奇妙な健忘については、精神科医の斎藤環さんが『失われた「環状島」』というnoteにとても興味深いことを書かれていたので、まだ読んでない人がいたらググってほしい。

何が言いたいかというと、いや、4月後半頃には、思っていたんだよね。コロナウイルスとやらが、この世界を決定的に、根本的に変えてしまい、もう二度と元には戻れなくなるんだろうって。でも5月後半の今は、人類は案外この2020年の災厄のことを、気持ち悪いくらいに綺麗さっぱり忘れてしまう可能性もある気がしている。もちろん、大切な人を喪ったとか、仕事を失ったとか、個別の記憶は残る。でも、歴史とか、文学とか、公衆衛生とか、そういう社会的なものに対して、この奇妙な状況が今後どれくらい影響を持ち得るのか、私にはぜんぜんわからない。今までヨーロッパやアメリカの人々はマスクをつける習慣がなかったらしいけど、せいぜい、そういった国々で日本と同程度にマスクが普及するくらいなんじゃないかと思ったりもする。いや、それすらもないかも。スペイン風邪のとき、サンフランシスコでマスクの着用を拒んだ男を衛生検査官が銃で撃ったという事件が発生した(※1)けど、アメリカでマスクを着用する習慣が根付くことはついになかったのだから。

ずるずると季節はめぐり、桜に雪が積もっていたあの3月後半の日をまだそれほど遠く感じていないのに、来週から6月である。緊張感を持たないのもだめ、持ちすぎるのもだめ。びよーんびよーんと輪ゴムを伸ばしているみたいで、疲れているとか病んでいるとかではないんだけど、ただ、どこにどう心の所在を置けばいいのかわからない日々だ。

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