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【1/18】『パラサイト 半地下の家族』 ただ富を享受しているだけで

ポン・ジュノ監督の最新作『パラサイト 半地下の家族』を、先日観てきた。以下は、その感想だ。

なおこのnoteでは、『パラサイト』と比較するために、『ハウスメイド』(イム・サンス、2011年)と『バーニング』(イ・チャンドン、2018年)、それから『ジョーカー』(トッド・フィリップス、2019年)の話も少しさせてもらいたい。どの映画も物語の核心には触れないが、少し内容に言及はするので、以下の閲覧は自己責任で。これらの作品を並べる理由は、『パラサイト』を含むすべての作品において、「階級」や「経済格差」が重要なテーマとなっているからだ。

ちなみに、『万引き家族』(是枝裕和、2018年)もここに入れていいんじゃないの? って思う人がいるかもしれないが、『万引き家族』は私の中ではちょっと系統が違っていて、なぜならこの映画には主人公たち家族と対の存在になる「金持ち」が登場しないのである。『万引き家族』は経済格差の物語ではなく、あれは単に、「貧困」の物語なのだ(と、私は解釈している)。誰かに具体的な憎悪を向けず反撃もしないところが良くも悪くも日本らしい……などと私は思うのだけど、余談が長くなりすぎるのでこの話はいいや、先に進む。

そういうわけで『パラサイト』だけど、結論からいうと、この映画の私の中の評価はそこまで高くない。『ハウスメイド』のほうが面白いし、『バーニング』のほうが面白いし、もっというと『ジョーカー』のほうが面白い。ネタバレ厳禁と聞いていたけど絶対に予測できなかったってほどの大ドンデン返しが起きたとは思わなかったし、ちょっと拍子抜けしてしまったというのが本音だ。ただ、私の「大ドンデン返し」のハードルがわりと高めなのは認める。『カメラを止めるな!』(上田慎一郎、2017年)を観ても「何がネタバレ厳禁じゃ、ぜんぜん想定の範囲内やないか!!!!!」とぷりぷり怒ってしまった経験があるからな。でもまあ『パラサイト』については、拍子抜けはしたけど「金返せ!」とまでは言わない。それなりに面白かったし、興味深い作品ではあったと思う。

私の中の評価がそこまで高くないので最終的には貶めすようなことを書くことになるんだけれど、その前にまず、『ハウスメイド』『バーニング』『ジョーカー』と並べてみて、『パラサイト』だけが特別であり優れていると思った部分について語りたい。そう思った部分ももちろんあるのだ。最終的には私は『パラサイト』を貶めすんだけど、その理由はこの映画に何か決定的な欠陥があったというよりは、言ってしまえば「ただの私の趣味」である。優れていると思ったところがあったからこそ、「もうちょっと私好みに仕上げて欲しかった〜ん」と、こうして勝手に悔しがっているのである。

『ハウスメイド』『バーニング』『ジョーカー』『パラサイト』すべての作品に、貧乏人と金持ちが登場する。主人公たちはみんな貧乏人サイドなわけだが(※1)、そこで対の存在として登場する金持ちが、『パラサイト』以外は全員、めちゃくちゃ「嫌なやつ」なのだ。

『ハウスメイド』は、ある貧乏な女主人公が、金持ちの家にメイドとして雇われる。ところがその家の主人に手を出され、彼女は妊娠してしまう。のちに財産問題に発展することを怖れ中絶を要請する金持ち家族と、お金は受け取らないと約束するから産ませてほしいと懇願する主人公。子供を産まれては困るので、金持ち家族は主人公に様々な嫌がらせをする。その様子は「嫌なやつ」そのものだ。(とはいえ、奥様は「私たちはあなたに何もしなかった、むしろよくしてやったのに」と豪語するのだが……)

村上春樹の『納屋を焼く』を原作にしている『バーニング』は、貧乏な主人公とその恋人(セフレ?)、そして江南区に住む得体の知れない金持ちの男が登場する。金持ちの男は表面的にはいいやつで、とてもカジュアルに、主人公やその恋人をホームパーティーに誘う。気負ったところがなく、さわやかでもある。だけど付き合っていくうちに、こちら側を見下していること、主人公やその恋人を暇つぶしの道具くらいにしか考えていないことが、おぼろげながら伝わってくる。

極めつけのいちばん「嫌なやつ」は、きっと『ジョーカー』に登場する金持ちだろう。無職で病気を患っている"キモくて金のないおっさん"であるアーサーを、証券会社に務めるサラリーマンたちは、地下鉄で暴行する。アーサーが父だと信じた市議会議員のトーマス・ウェインも、アーサーを追い払うだけで何も対策を打ってくれはしない。アーサーが憧れているトーク番組の司会者は、コメディアンを目指すアーサーを笑い者にする。

そんな貧乏人VS金持ちの映画において、『パラサイト』に登場する金持ちだけは、そこまで嫌なやつではない。奥様は「シンプル(映画中に登場する言葉)」っていうかただお馬鹿さんなだけだし、ご主人も人情と優しさが滲み出ているタイプではないが、まあこれくらいの人ならいるかなって感じだ。ただ、半地下で暮らす貧乏家族のことを「匂いが気になる」と言っているシーンはあるけど……。個人的には、このシーンは2019年に読んだ本『においの歴史―嗅覚と社会的想像力』を彷彿とさせ、なかなか興味深かった。人の体臭を「くさい」と思う感覚は、ブルジョワ階級が下層階級を排除するために近代になってから導入したものらしい。この本は、18〜19世紀の西欧を中心に、公衆衛生、清潔といった概念が発達していく様子を紐解いていく。私のブログでも紹介した。

さて、ここで現実にかえって少し考えてみる。金持ちって、「嫌なやつ」だろうか。よくよく振り返ってみると、そんな物語的に都合のいい金持ちはそれほどいないことに、多くの人は気付くだろう。金持ちは余裕があるので、優しいし、礼儀正しいし、がめつくないし、向上心もあって勉強熱心である。一方で、かえって貧乏人のほうが、モラルがなく礼儀もなく、がめつくてサボりグセがあったりすることも珍しくない。強欲な金持ちと善良な貧乏人という構図は、ある種のファンタジーである──特に、現代社会においては。『パラサイト』に登場する貧乏人家族の母親も、「私だってもっとお金があれば、もっと人に優しくできるよ(※2)」的なことをぼやいている。

『ハウスメイド』も『バーニング』も『ジョーカー』も『パラサイト』も、主人公である貧乏人サイドは、金持ちサイドに復讐をする。だけど『パラサイト』の場合、それは決して、金持ちにいじめられたり、嫌がらせをされたり、差別されたからではない。金持ちは、ただ金持ちであるだけで憎い。何も知らずに優雅な暮らしをしているところが憎い。こちらと関わろうとしてくれないことが憎い。だからこそ復讐するのだ。その優雅な優しさを奪ってやるのだ。こちらと同じ苦しみと惨めさを、あいつらに味あわせてやれ。

……と、書きたかったのだが、ここがちょっと惜しかったというか、私的には『パラサイト』に足りなかったと感じるところである。『パラサイト』は家族4人を主人公に物語が進行していくためか、1人1人の内面を描ききれていなかった。復讐の動機が曖昧というか、ドタバタというか、結末が成り行きっぽく見えなくもない。私の好みとしては、たとえば4人家族の中でも長男ギウにもうちょっと焦点を当てて、彼が金持ちに感じた欺瞞をさらに濃厚に描くとか、あるいは父ギテクが「匂い」を指摘されたことに憤りを感じたり恥じたりする描写をもっと入れるとかしてほしかった。金持ちは決して嫌なやつではないって部分がしっかり描写できていたからこそ、「嫌なやつではなくても、優雅に暮らしているだけで、この苦しみを知らずにいるだけで、憎まれる」って物語にしないと、経済格差をテーマにする意味がないのでは?!……って思うんだけど、これには私怨が入りすぎているだろうか。

その点『ジョーカー』は、映画として稚拙に感じたところもなくはなかったが、この「憎しみ」の描写が素晴らしかったので、私はけっこう好きだ。証券マンには地下鉄で暴行されるけど、それよりも、カウンセラーに「ネガティブになってない?」と聞かれて「ネガティブにならないわけないだろ」って答えるところとか、すごくいいと思った。貧困と孤独がアーサーを追い詰め、それは特定の個人というよりもこの社会への恨みとなって、街にたくさんのピエロを生みだす。誰もアーサーを、ピエロたちを、理解しようとしない。自己責任だ、愚かな中年だと吐き捨てるだけだ。それこそがこの社会の断絶を生んでいるっていうのにさ、やつら全然わかっちゃいないんだよ。

(ちなみにいうと『ジョーカー』にはそれはそれで文句もあるのだが、今回は割愛する。私はとにかくこの世のすべてに対して文句が多いのである)

そういうわけで、カメラワークが素晴らしいとか、コメディでありサスペンスでありエンタテイメントとして優れているという点については否定しないが、日本公開が決まったときから楽しみにしていた『パラサイト』は、私の期待を少々裏切る結果となった。私自身は小学生くらいのときからこの社会に対して強い恨みを抱いており、「いつか絶対復讐してやるからな!」という気概で人生をやっているところがあるので、「憎悪」とか「復讐」って、個人的にけっこう大切にしているテーマなのだ。

『パラサイト』はまだまだ良い評判を多く聞くけど、ここから徐々に悪い評価も出てくるだろう。でも、ひとつの映画をもとにいろんな人がああでもないこうでもないと語って、異なる意見を持つもの同士が議論して健全に殴り合っていく過程って、私はとっても楽しいと思うんだよね。誰もが絶賛する映画なんてつまんないからね。

悪口をたくさん書いたが、「金返せ!」と思ってしまうほどひどい映画ではないので、これを読んで『パラサイト』を(逆に)観に行ってくれる人がいたら、私はとても嬉しい。

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(※1)「階級」「経済格差」を扱った映画として『アス』(ジョーダン・ピール、2019年)を上げる人もいるだろう。しかし『アス』は主人公たちが貧乏人ではなく金持ちの側なので、今回の感想には含めなかった。

(※2)私の記憶なので一字一句正確ではない


شكرا لك!