![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/63569221/rectangle_large_type_2_c3a0a34e68a452187056d67bcd2c35f4.jpeg?width=1200)
『ねがいごと』
【小説】付き合い始めたばかりの二人が、夜中に星を見に行くお話。
「そろそろ時間ね、このあたりで、どう?」
私がそう言うと、黙って後をついてきた彼の足が止まった。
真夜中の散歩。
海の近くの開けた高台には周囲に視界を遮るものは何もない。
日頃の不摂生がたたっているのか、最後の上り坂はさすがにきつく、私は断続的に息を吐く。体力おばけの彼の澄ました顔が憎らしい。
「さっきから黙って、……はぁ。何を、考えてるの?」
「願い事を。……というより、大丈夫か?」
低く小さく呟く声は頭の上を掠め、かろうじて私に届く。心配そうに屈む彼の気配を感じて、息を整えて笑顔を向ける。
「ありがと、大丈夫。それより、願い事?……って、流れ星に?」
ふふっと笑う響きが彼を動かしたようだ。昼間のぬくもりを宿したあたたかな手が、私の手をふわりと包む。
「笑うなよ。星なんて、じっくり見るのは久しぶりだし、こっちはわりと真剣なんだ」
「ふうん。だいたい予想はつくけど、何を願うの?」
どうせ私のことでしょ?と口に出さず。そのかわり、彼が好む顔をして見せた。暗闇で彼の鳶色の瞳がくるりと動いた。大きな彼の手にきゅっと力が入る。
「おっと、その手には乗らないからな。願い事は……口に出したらダメなんだ」
「ふふ、そういう真面目ところ、変わらないね」
変わったのは私たちの関係。
流れが止まった言葉の続きを促すように見上げると、流れ星を探すはずの瞳が私を覗き込んだ。
「流れ星が降ったって降らなくたって、俺の願いは変わらないから」
そう言って、彼は手を伸ばして夜の温度に染まった私の冷たい唇に触れた。
キスの予感。
途端に私の心臓は踊り出し、頬は一気に熟した。
「あ!……の、さ、そろそろ時間、だよ?」
「お前いつもそうやってはぐらかすけどさ、……たまには一回で応じてくれない?」
「う、別に嫌な訳じゃ、ないんだけど、その、……あ!」
「……何、さっきから」
「後ろ、ほら、凄い!」
その声にやっと彼の手が離れた。二人の間を通り抜けた安堵と後悔の風が私を柔らかく責め立てて、その冷たさに思わず唇を噛んだ。
「さすが天体観測部出身だな、場所も時間もびったりだ」
後ろを振り返り、次々と落ちてくる流れ星をポカンと口を開けて見上げる彼。私の下調べに呆れているのか、感動しているのかわからないけれど、その横顔は微かな星明かりに照らされて無邪気に輝いて見えた。
壮大な天体ショー。
童心に帰った彼と一緒に見上げていると、さっきの気恥ずかしさが何だかとても小さな事に思えてきた。
皆が寝静まった時間。
私と彼以外、誰もいない場所。
この夜は私たちもの。
付き合ってる私たちには、恥ずかしがることなんて何もない。
今、素直にならなくて、どうする?
「ねえ、願い事はすんだ?」
「……ん、あ、ああ。ずっと、願っていたから。これだけ降れば、どれかは届いたんじゃないかな」
「ふうん、ずいぶん欲張りなのね」
「うるさいな、今まで生きてきた分まとめて全部だ」
「そう。じゃあさ、一個は今すぐに叶えてあげるね」
私はそういうと、背伸びをした。彼がずっと願ってきたであろう、私からのキスを彼に届けるために。
(別名義で書いてたSSです)