アメリカ×ウェールズ[2022カタールW杯グループB第1節]

今回はアメリカ×ウェールズの試合を、せっかくなので我らの「Welsh Way」で定められているフレームワークを使って分析してみたいと思います。

ちなみに「Welsh Way」はここから見れるのでぜひ。

■4つの原則

Welsh Wayの中で原則として挙げられているのが「Breaking Lines (ラインを越える)」「Switching Play (サイドを変える)」「Create & Exploit Overload (数的優位を作る、使う)」「Final Third (ファイナルサード)」で、これらをベースに攻撃と守備を考えて、そこにトランジションが加わるという形になっています。

そこで、今回はアメリカとウェールズの両チームをこれらの4つの観点から分析していこうと思います。

■アメリカ

◉Breaking Lines

まずはアメリカの「Breaking Lines」を分析していきます。Breaking Linesは「Playing around, through, over」の3種類に分類されます。Playing aroundはラインを外回りで越えていく方法、Playing throughはラインを内側から越えていく方法、そしてPlaying overはラインを浮き球で越えていく方法を指します。

アメリカは、ウェールズの固い5-3-2のブロックに対してなかなか「Playing through」はできず、中盤を外回りで越えていく「Playing around」や、人への意識が強いDFラインを前後の動きで揺さぶって背後を狙う「Playing over」が多くなりました。


ビルドアップ時の配置は、WGのキャラクターの違いで左右差がありましたが、ベースの4-1-2-3から右サイドの三角形をローテーションさせて2-3-5へと変化するオーソドックスな可変を採用していました。

Playing overの観点では、左サイドではローテーションの流れでウェールズのDFを動かしてスペースを作り、IHのムサも含めてどんどん背後へのランニングを狙っていきました。かなり人への意識が強いウェールズのDFに対して非常に効果的だったと思います。また、右サイドでは幅をとっているWGのウェアはスピードがあり、シンプルに大外から背後へのランニングでロングボールを引き出すプレーが多くみられました。

基本的にはPlaying aroundとPlaying overが多くなりましたが、時間の経過とともに前半30分くらいからはウェールズの中盤のつながりが切れる場面が多くなり、そこにプリシッチが顔を出してPlaying throughができる場面もちらほら出てきました。

全体的に、ウェールズのミドルブロックに対して効果的にファイナルサードにボールを薦めることができていたと思います。

◉Switching Play

次に、ビルドアップでもうひとつ大切になるのが「Switcihng Play」です。ボールサイドからラインを越えられないときにサイドを変えようというプレーがSwitching playです。サイドチェンジです。

ウェールズの5-3-2に対して、アンカーのアダムスもどっしりと構えてサイドを変える起点になるタイプでもないこともあり、DFラインでのU字のサイドチェンジが多くなりました。アンカー経由でSBやIHから中盤のラインを越えられたら良かったかなという感じです。

◉Create & Exploit Overload

次に、数的優位を作って上手く活用しようという「Create & Exploit Overload」の観点から分析していきます。

アメリカは選手を動かしても2-3-5の形になることが多く、ウェールズの5-3-2と配置上は噛み合うことになります。その中でも、アンカーのアダムスがサイドに顔を出したり、右サイドではマッケニーが持ち場を離れて降りてきたりという形で数的優位を局所的に作れそうな場面はありました。とはいえ、全体としてマッチアップを外して優位性を運ぶようなシーンはありませんでした。

◉Final Third

最後に、ファイナルサードの攻撃についてみていきます。

基本的には「背後をとってサージェントへのクロス」か「左ハーフスペースでプリシッチが受けて仕掛ける」の2つが崩しのオプションになっていました。Playing overからシンプルに背後を取るプレーが多かったことは前述のとおりで、特に左サイドではローテーションに加えてIHのムサが後方から飛び出してきたりと、ウェールズのCBを引き出してサイドの裏を取れるシーンが多く、そこからサージェントへのクロスでポストを叩くシーンもありました。

しかし、全体的にサイドでの単発の崩しが多く、そこから中央に割って入れるようなプレーがあまりみられず、中央からの崩しはプリシッチ頼みとなっていたのが2点目を奪えなかった要因のひとつだったと思います。

■ウェールズ

◉Breaking Lines

ウェールズはそもそもあまりボールを繋ぐ戦いは得意ではありませんが、初戦かつ2位争いをする予定のアメリカ戦ということもあり、多少のリスクは背負いながらも後ろから組み立てていくサッカーを選択しました。

しかし、アメリカのハイプレスに対してなかなかPlaying throughもPlaying aroundもできずに、Playing throughをしようにもロングボールが繋がらなかったりと前半はかなり苦労しました。


アメリカは4-1-2-3から、サージェントがアンカーを消す形で両WGが両サイドのCBへ、IHにはIHをぶつけてアンカーのアダムスをフリーマンとして置いておきながらロドンにはボールを持たせるプレスを採用しました。中盤を真ん中から越えていくPlaying throughをするためにはIHが降りてきてサポートしたりする動きが欲しかったが、ラムジーもウィルソンも単発的で、意図的に中央からラインを越えていくことはできませんでした。また、外回りでラインを越えるPlaying aroundをしようにも、両CBは捕まっていて、さらにWBも高い位置を取っていて繋がれておらず、難しくなっていました。IHのラムジーが外に流れる形でPlaying aroundをしようとする場面もあったが、IHのムサがマークを継続したため効果はありませんでした。

しかし、後半はCFのムーアの投入と右WBのロバーツの立ち位置の調整で上手くビルドアップの経路を見つけることができました。


長身のムーアの投入で、ロングボールを収められる回数が格段に増え、そこから前進する場面を作ることができた。また、右WBのロバーツが下がってくることによって、アメリカの中盤の脇でボールを受けるPlaying aroundを可能にしました。

◉Switching Play

サイドチェンジはあまりなく、サイドでハマりそうな場合はすぐに前線に蹴ることが多くなっていました。もう少しアンカーのアンパドゥで展開できるとボール保持の時間を多くできたかなと思います。

◉Create & Exploit Overload

アメリカのCFのサージェントがアンカーを背中で消す対応をしたため、必然的に中央のCBであるロドンには時間とスペースがある状態になります。しかし、ロドンが運んで引きつけたりするシーンもなく、上手くアンカーのアンパドゥとともにサージェントに対して2v1をつくることができれば、前半からビルドアップでラインを越える回数を増やせたかなと思います。

◉Final Third

崩しはサイドのWBが起点になり、左のネコウィリアムズは積極的にドリブルで仕掛けるも不発で、右からはロバーツのシンプルなクロスだけにとどまり、お世辞にも崩しの局面では上手くできていたとはいえません。もともと攻撃のメインはカウンターなこともあり、前進できたとしてもその先でDFラインを崩せないのでラッキーなPKに救われたというのが正直な感想です。

■Welsh Wayの価値

最後に、Welsh Wayの価値について考えてみたいと思います。そもそもの目的としては、ウェールズ全体のコーチのサッカー理解の底上げ、そして育成のレベルアップでしょう。ウェールズの特徴として、有望な選手はイングランドのリーグの下部組織に引き抜かれてしまうということでしょう。というよりも、それを狙っていると思います。ウェールズリーグはお世辞にもレベルは高くないので、カーディフやスウォンジーといったイングランドリーグで戦うチームや、プレミアの下部組織に16歳くらいの選手が移籍し、ステップアップしてもらうというのが理想のシナリオです。

北ウェールズのレクサム出身で6歳でリバプールに加入したネコウィリアムズや、9歳でリバプールに加入したハリーウィルソン、9歳でサウサンプトンのサテライトアカデミーでプレーし始めたギャレスベイル、9歳からカーディフで育ったアーロンラムジー、スウォンジーで育ったベンデイビス、コナーロバーツ、ロドン、北ウェールズで生まれてマンチェスターシティとウルブズのアカデミーを渡り歩いたヘネシーといったように、基本的にイングランドのリーグシステムに所属するクラブで育った選手が多く名を連ねます。南ウェールズであればカーディフやスウォンジー、北ウェールズであればリバプールやマンチェスター勢からのスカウトが有望なルートです。あとは、ブレナンジョンソンやアンパドゥなどのようにイングランドなどの国籍ではなくウェールズを選んだというパターンもあります。

そのため、ウェールズリーグに所属するクラブのアカデミーやグラスルーツのクラブにとって、15歳までにスカウトが来る選手を育てる、見つけることが「ウェールズ代表」にとっては重要です。そのために、ウェールズ全体の、グラスルーツも含めたコーチのレベルアップが目的であると書かれています。

その手段として、協会が「原則」を定めることで、より多くのコーチがトレーニングにおいて「原則」を意識したメニューを組むことができるようになります。さらに今回の分析のように、サッカーを見る観点を揃えることができるので、これもコーチ陣のサッカー理解の向上につながるとも言えます。

正直なところ、Welsh Wayがうまくいっているかはまだわからないと思います。これから先も、継続的にプレミアリーグでウェールズ人が活躍でき、代表としてウェールズがメジャー大会の本戦に出場し続けられるかどうかが目安になるのかなと思います。カーディフかスウォンジーがプレミアに定着してくれればいいのだけれど…

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