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【論文紹介】ヒトの腸内細菌が血中の免疫細胞動態と関連する

腸内細菌叢は、哺乳類の免疫系の発達や維持に重要な役割を果たしています。炎症性疾患や免疫疾患に関連するのみならず、近年ではがん治療の一つである免疫チェックポイント阻害療法の反応性にも関わることがわかってきました。

しかしこれらの研究は主にマウスをはじめとした実験動物を使って行われたものであり、ヒトにおいて腸内細菌がどのように免疫系に影響を与えるかは、まだ十分に理解されていません。その理由の一つとして、この因果関係を調べる実験をヒトで直接行うことが困難だということが挙げられます。

今回ご紹介する研究では、造血幹細胞移植を受けた患者の臨床データに注目しています(1)。この治療過程では、血中の免疫細胞と腸内細菌叢の両者がダイナミックに変化するため、両者の関係を同時に研究することを可能にしています。

造血幹細胞移植の流れ

本研究では2003年から2019年までにメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターで同種造血幹細胞移植を受けた患者2355人の大規模データを使用しました。

通常、造血幹細胞移植の約1週間前に、移植前処置として大量化学療法と全身放射線照射を行います。移植前処置は、腫瘍細胞を減少させ、患者自身の免疫細胞を抑制することが目的です。

移植当日は、あらかじめ採取しておいた造血幹細胞を静脈から投与する輸注を行います。移植した幹細胞が骨髄で増殖を始め、白血球数が増えることを生着(定義;好中球数が500/ul以上が3日以上続く)と呼びます。移植した造血幹細胞が骨髄で白血球を作り出すまでには時間がかかり、移植前処置により白血球数がゼロになった状態が数週間続きます。この期間をなるべく短くするため、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)という白血球を増やす薬を使用します。

これらの過程で白血球数がダイナミックに変化するともに、腸内細菌叢の多様性が減少するなど菌叢が大きく変化することが判明し、腸内細菌と免疫細胞動態の関連をヒトで直接調べることが可能となりました。

自家糞便移植により造血幹細胞移植後の白血球数が増加する

同研究グループは2018年に、自家糞便移植により造血幹細胞移植後の腸内細菌叢の回復が促進されることを報告しました(2)。この研究では、事前に患者の糞便を採取、保存しておき、造血幹細胞移植後にあらかじめ保存しておいた自分の糞便を投与しました(糞便移植群 14名、コントロール群 11名)。

今回これらの被験者において、幹細胞が生着した後の白血球数を継時的に比較すると、好中球、リンパ球、単球の各白血球分画で糞便移植群がコントロール群よりも有意に高い値を示しました。この”生着後の白血球数”の指標は、高いほどその後の予後が良いといわれています。そしてこの結果は、腸内細菌により末梢の免疫系が影響を受けるという考えを支持しています。

造血幹細胞移植療法から見た腸内細菌と白血球の相関

再び同種造血幹細胞移植の大規模データに戻ります。患者2355人のうち菌叢データを有していたのは841人であり、これらの患者の末梢血データと糞便データをベイズ推定により解析しました。

・Faecalibacterium、Ruminococcus 2、Akkermansiaが多いと、好中球が増加しやすい
・Rothia、Clostridium sensu strictoが多いと、好中球が減少しやすい
・Ruminococcus 2、Staphylococcusが多いと、リンパ球が増加しやすい
・Ruminococcus gnavusが多いと、リンパ球が減少しやすい
・Parabacteroides、Clostridium innocuumが多いと、単球が増加しやすい
・Bacteroides、Clostridium sensu strictoが多いと、単球が減少しやすい

デューク大学で行った独立したコホートでも、これらと同様の結果が得られ、妥当性が支持されました。さらにFaecalibacterium、Ruminococcus 2、Akkermansiaは前述の自家糞便移植療法で最も良く定着した菌であり、これらの菌が自家糞便移植療法で好中球、リンパ球、単球の各白血球値が高くなった原因かもしれません。

また、これらの菌は、免疫チェックポイント阻害薬の一つである抗PD-1療法に対する治療応答性に関与することも知られています。

腸内細菌と白血球の双方向性の関連

同種造血幹細胞移植の大規模データで、菌叢データを有していなかった患者481名から新たに菌叢データを取得し、Scikit-learnの正則化付き重回帰モデルを用いて、白血球数と腸内細菌叢の双方向の関連を調査しました。すると、

・Ruminococcus gnavusの割合とリンパ球の増加の程度が負の相関をする
・リンパ球の数とRuminococcus gnavusの増加の程度が正の相関をする

という、双方向性の関連を見出しました。

ちなみに他の研究からはRuminococcus gnavusが炎症性腸疾患や自己免疫疾患に関連しているという報告もあります。

腸内細菌の寡多による造血幹細胞後の生着予測

以上の結果からヒトにおいて腸内細菌が末梢血の白血球数に影響を及ぼすと考えられました。最後に、腸内細菌叢のデータがどれほど造血幹細胞移植後の生着の程度を予測するのに有用であるかを調べるため、ベイズの事後分布を用いてシミュレーションモデルを作成しました。

Faecalibacterium、Ruminococcus 2、Akkermansiaが最も多い100サンプルと最も少ない100サンプルを抽出し、G-CSFなしで好中球数が2000/ul 以上に回復するまでの日数を予測しました。すると、これら3種の菌が少ないサンプルでは6.8日であるのに対し、多いサンプルでは4.4日であり、これら3種の菌が多いと好中球数が2000/ul 以上に回復するまでの時間を2.4日間短縮しました。

まとめ

本研究では、ヒトの腸内細菌叢と免疫系(特に末梢血白血球)の挙動のつながりが明らかとなりました。

これまでの腸内細菌叢と免疫系の関連を調べた研究は主に動物モデルを用いたものであり、今回の研究が「ヒトにおいてはどうであるか」という重要な問いに答えることができました。また継時的かつ大規模な臨床データを調べることで、腸内細菌叢と全身性の免疫細胞動態の関連を推測し定量化することができました。

ただし、リンパ球のサブタイプや他の免疫細胞など、免疫細胞の詳細なプロファイルまでは調べきれていない点が本研究の課題であり、今後の研究の進展が待たれるところです。

参考文献
1. Schluter J, et al. The gut microbiota is associated with immune cell dynamics in humans. Nature. 2020; 588(7837): 303-307
2. Taur Y, et al. Reconstitution of the gut microbiota of antibiotics-treated patients by autologous fecal microbiota transplant. Sci Transl Med. 2018; 10: eaap9489
この記事の執筆者
笠原 和之
神戸大学大学院医学研究科循環器内科学修了。心血管病や生活習慣病における宿主と腸内細菌の相互作用を研究するため、現在は米国ウィスコンシン大学で博士研究員として勤務している。
Twitter: @Kazu_Kasahara(英語), @Ykkkskyn(日本語)
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