見出し画像

【論文紹介】腸内細菌移植が自閉症症状を長期的に改善する可能性がある

腸内細菌叢を移植する療法の長期フォローアップにより、新たな自閉症治療の可能性が見えてきました。

自閉症スペクトラム症(ASD)とは?

自閉症スペクトラム(ASD)は、複数の遺伝的因子と環境の相互作用により発症する、先天性の脳機能障害です。その分子病態は未だ解明されていないため、根本的な治療法はありません。

最近耳にすることが増えたと感じる方もいるかもしれませんが、それもそのはず、ASDは20世紀に入ってから医学的に認知された疾患です。その後、2000年になって、アメリカの精神医学会がサブカテゴリーに分類しましたが、2013年には原因の特定されたものを除いて現在のASDという病名に集約されました。

上記のような背景から、近年、患者数が増加傾向にあることが指摘され、注目が集まっています。2018年時点で、約59人に1人の割合で、この疾患を抱えているとされています。

根治できない疾患の症状軽減のために

ASDのような中枢神経系の関与する疾患の研究分野では、腸脳軸(gut-brain axis)とよばれる概念が提唱されています。腸内細菌叢が、免疫恒常性維持や免疫応答を介して、中枢神経系に影響を与えている可能性が指摘されています。

これまでに多くの研究で、これを支持する結果が報告されています。腸内細菌叢と中枢神経系との関係については、マウスでの腸内細菌叢の移植療法と行動観察など、さまざまな研究が実施されています。一例として、マウス固有の病原性細菌を持たず、単純で多様性が低い腸内細菌叢を持つSPFマウス(specific-pathogen-free mice)に、Lactobacillus rhamnosus(JB-1)をプロバイオティクスとして用いた研究では、不安や抑うつ行動などの低減が報告されています。

このような動物実験を用いた数多くの研究により、腸内細菌叢が変化することで中枢神経系への影響が変わり、精神疾患症状を改善する可能性が示されてきました。これを踏まえて、最近では、ヒトでの臨床試験が複数開始されています。しかし、これまで、腸内細菌叢の改善治療のあと、長期間経過後に追跡調査が行われた例はありませんでした。 

腸内細菌叢移植による症状改善は2年後も確認できた

ASDの子供18名に、抗生剤や制酸剤の前投与などを併用して細菌叢移植療法(MTT)を10週間継続し、行動や消化器症状の変化をその後18週目まで評価したオープンラベル試験が行われました。

(当時の解説記事)

その2年後に、当時の試験と同項目の再評価が行われ、長期的な治療効果を調査した追跡研究の結果が報告されました。

報告には、さまざまな項目について、改善が維持されていることが書かれています。

まず、消化器症状の改善が、試験終了後も維持されていました。消化管症状に特異的な尺度(Gastrointestinal Symptom Rating Scale: GSRS)は、平均で58%減少しました。

また、行動の改善も維持されていました。専門家による小児自閉症評定尺度(Childhood Autism Rating Scale: CARS)については、ベースラインから47%の低下という改善が維持されていました。保護者によるASD関連に関連する異常行動チェックリスト(Aberrant Behavior Checklist: ABC)の総合スコアは35%低く、移植後18周目の試験終了時点(24%)以上の改善が認められました。同様に、保護者による対人応答尺度(Social Responsiveness Scale: SRS)で重症とされた患者が、試験の開始時点で89%だったのに対し、今回の再評価では47%に減少。中等度から軽度の患者が35%、カットオフ値未満の(病態を示さない)患者が18%となり、重症を示す患者の減少が見られました。

CARS、ABC、SRSの変化率とGSRSの変化率との間には有意な相関が認められ、消化器症状の改善とASD症状の改善には関連がある可能性が示されました。その他の指標についても、緩徐ながら改善傾向が引き続き見られました。

腸内細菌叢の多様性も高く維持されていた

腸内細菌叢も、MTTのドナー由来の細菌叢が維持されていました。腸内細菌叢の多様性が高く、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)やプレボテラ属(Prevotella)が相対的に多いという特徴も維持され、それぞれ試験開始時点のベースラインに比べて5倍と84倍という多さでした。デスルフォビブリオ属(Desulfovibrio)も、18週目に比べて減少したものの、ベースラインと比べるとわずかに多い結果となりました。

先行研究では、小児ASD患者の腸内細菌叢の多様性が低いことや、口腔内細菌叢にプレボテラ属が少ないことが報告されています。

このことから、これらの細菌が複合的にはたらきかけ、腸内環境に影響を与えている可能性が示されました。

長期的な治療効果をより確実なものに

18名のうち12名で投薬やサプリメントなどに変更があったことや、試験期間中に併用した薬剤単独での影響評価、盲検試験の必要性、患者の既往歴に軽度の消化管症状の有無など、今後さらなる研究が必要です。また、今回のように、試験から2年という長期間が経過した後にも、治療効果の多くが維持されたという結果は、これまで追跡されてこなかった試験の再評価の必要性や、長期調査の重要性を浮き彫りにしました。

ヒトでの試験はまだ始まったばかりのため課題はありますが、何より、MTTによる長期的な症状の緩和は、根治療法のないASDのような疾患に大きな希望を与えるものになるのではないでしょうか。

<編集長・島田祥輔より>
本試験は少人数で行われたものであり、有効性が正しく評価されたわけではありません。そのため、一般的な治療法として推奨できる段階ではありません。

参考文献
Kang, Dae-Wook, et al. "Long-term benefit of Microbiota Transfer Therapy on autism symptoms and gut microbiota." Scientific reports 9 (2019): 5821.
Natasha Bray. “The microbiota–gut–brain axis.” Nature Reviews Neuroscience (2019): S22.
Cryan, John F., et al. "The microbiota-gut-brain axis." Physiological reviews 99.4 (2019): 1877-2013.
熊谷晋一郎. "当事者研究に関する理論構築と自閉症スペクトラム障害研究への適用." (2014).
“自閉症スペクトラムの病態基盤の解明” 東北大学大学院医学系研究科発生発達神経科学分野 http://www.dev-neurobio.med.tohoku.ac.jp/researchoutline/osumi/psycho/index.html <2020.05.27アクセス>
“自閉症スペクトラム障害とは?” 大学病院医療情報ネットワークセンター http://square.umin.ac.jp/microindel/description.html <2020.05.27アクセス>
この記事の執筆者
野本 昌代
獣医師、翻訳者、国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ。野生生物好き。臨床獣医師時代は主にウサギなどのエキゾチックアニマルを担当。ジャングルやサバンナで保全や研究調査のボランティア、研究所のラボやフィールドで研究助手、その他色々を経て、現在大学院で生理学の勉強中。