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なぜ魚類で腸内細菌叢の研究をするのか?

病気を予防し、健康な体を維持するために、プロバイオティクスで腸内細菌叢を整えることは、医療や日常でも一般的になってきました。では、そのプロバイオティクスは、具体的にどのようにして腸内細菌叢に影響を与えているのでしょうか? その仕組みとして、菌類が産生する「菌体外多糖」と呼ばれる物質の役割に注目した研究が増えてきています。

こうした最新の研究分野では、小さくて世代時間の短い魚が実験動物として広く使われています。水中という人間とは全く異なる環境に生きる魚にも腸内細菌叢があり、その細菌叢は水中の細菌叢よりも人間の細菌叢と似ているということが分かっています。

今回は魚の腸内細菌叢について、最新の研究結果とともにご紹介します。

菌体外多糖は腸内のバリア機能を高め、炎症を抑制する

菌体外多糖(exopolysaccharides: EPS)とは、細菌が産生する炭水化物が重合した高分子化合物です。中でもプロバイオティクスに使用されるラクトバシルス属(Lactobacillus)の乳酸菌が産生するEPSは、腸内細菌叢にとってエネルギーや栄養の供給源となることが知られています。

マウスなどでの研究から、EPSは腸内のバリア機能を高める、炎症性疼痛を抑制するなどの効果があると考えられています。生体外の実験ですが、EPSは、炎症抑制の鍵を握るクロストリジウム属菌の増殖を促進することも確認されています。

しかし、動物の腸内でのEPSに関する研究はまだ始まったばかりで、生物にとっての効果やはたらき、有用なEPSについてはまだまだ不明なことが多いという状況です。

腸内細菌叢の研究で魚類を使う理由

魚類は脊椎動物の中でも種数が最多で多様な分類群です。水中の細菌と体内の細菌叢の関係という観点からも、その腸内細菌叢が注目されてきました。近年、大規模遺伝子解析が一般的になったため、培養などが難しかった魚類細菌叢の研究は、飛躍的に進むようになりました。

魚類の腸内細菌の獲得経路は他の生物とは異なり、母体など他の個体由来ではなく、環境や餌生物の影響を強く受け、系統的要因、つまりそれぞれの種の生理学的特徴や形態的特徴にも左右されます。

陸生脊椎動物の腸内細菌叢では嫌気性菌が多いのですが、魚類の細菌叢は、好気性菌、通性嫌気性菌、偏性嫌気性菌が多いという特徴があります。主要な菌群として、人間の腸内細菌叢を構成するプロテオバクテリア門、ファーミキューテス門、バクテロイデーテス門、アクチノバクテリア門が共通している他に、フソバクテリア門やウェルコミクロビウム門がいます。構成菌種の代表的なものは、肉食性と草食性、淡水棲と海水棲の魚種で、明らかな違いがあります。

草食性や雑食性の魚は、陸生の生物とは異なり、腸はそれほど長くありません。宿主のエネルギー源やシグナル伝達に用いられる短鎖遊離脂肪酸(SCFA)の産生も少なく、後腸で発酵を行う種は未だ報告されていません。

魚類の中でもゼブラフィッシュという小型の熱帯魚は、人間と共通する遺伝子の保存性が87%と高く、遺伝的に十分によく似たモデル動物です。先天性の防御機構も、人間とゼブラフィッシュでは類似性が高く、炎症性腸疾患のモデル動物としても用いられています。

また、ゼブラフィッシュの腸内細菌叢にはラクトバシルス属がいるため、乳酸菌由来EPSの影響を検証することができます。

魚の腸内細菌叢に与えるEPSの効果は限定的?

ゼブラフィッシュの腸内細菌叢を使ってEPSの効果を調べる研究が行われました。EPS産生乳酸菌(EPS-producing Lactobacillus: HNUB20)を培養したものと、産生されたEPSを分離したものを別々にゼブラフィッシュの餌に配合して与えて、腸内細菌叢への効果を調べました。

その結果、乳酸菌HNUB20やEPSの投与により、細菌叢の中心的な種の構成は変化しましたが、細菌叢全体の種数、乳酸菌およびSCFAなどに変化は見られませんでした。その一方で、HNUB20投与群でのみ、酪酸の増加が見られました。酪酸は免疫機能を促進し、腸内環境を整えるとされていますので、一時的かつ間接的に腸内細菌叢の維持を助ける効果があるのかもしれません。

先行研究では、他の乳酸菌由来の比較的小さな(40 kDa未満の)EPSによる免疫応答の促進(IgA増加やサイトカインの発現促進など)の効果、逆に大きなEPSによる免疫応答抑制の効果も報告されています。

EPSの効能は未だ未知数で、多様かつ複雑そうです。これまでに効果のありそうなEPSが複数見つかっており、今後こうした生物の体内での動態の解明に期待が高まります。

魚類は腸内細菌叢研究のフロンティア

近年の研究では、腸内細菌叢を構成する菌そのものだけではなく、こうした菌の具体的なはたらきが注目されています。このような機能の検証、未知の有用物質や細菌の探索のためにも、また生態学的観点からも、人間からは一見遠そうな魚類などの種は、今後の腸内細菌叢研究のフロンティアと言えるでしょう。

また、ゼブラフィッシュの腸内細菌叢は、腸上皮や肝臓における脂肪酸の吸収や脂肪滴の形成を促進することが知られています。そして、雑食で比較的長い腸を持つティラピアの淡水個体では、細菌叢のはたらきがタンパク質の吸収を促進することも報告されていて、魚独自の腸内細菌叢の機能があるようです。

魚の腸内細菌叢のはたらきには多くの謎が残されており、それらを解明することで人間への応用につながるかもしれません。

参考文献
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この記事の執筆者
野本 昌代
獣医師、翻訳者、国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ。野生生物好き。臨床獣医師時代は主にウサギなどのエキゾチックアニマルを担当。ジャングルやサバンナで保全や研究調査のボランティア、研究所のラボやフィールドで研究助手、その他色々を経て、現在大学院で生理学の勉強中。
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