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【論文紹介】糞便移植術への新型コロナウイルスの影響

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックは、多方面に甚大な影響をもたらしています。医療現場では急を要しない検査や治療が延期され、限りある医療資源を新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)対策に重点的に配置しています。また院内感染が大きなクラスターとなり得るため、医療現場では様々な予防措置が取られています。

移植治療においても、感染予防は重要なポイントです。ドナーから採取した細胞や組織などをレシピエントに移植する治療では、ドナー細胞(組織)の安全性の担保が極めて重要な点のひとつです。

近年、注目を集めている、健康な人の糞便を患者に移植する糞便移植術も例外ではありません。COVID-19の流行を受け、これらの移植術を実施する際には、ドナーからの検体をいかにスクリーニングし、不用意なSARS-CoV-2の伝播を防ぐかが、議論の対象になっています。今回はFDA(アメリカ食品医薬品局)からの勧告と、関連論文を中心にご紹介します。

一般的な細胞移植や組織移植とCOVID-19

COVID-19のパンデミックを受け、FDAから2020年2月14日に「ヒト細胞、組織、および細胞・組織製剤(HCT/P; 注)」のドナーのスクリーニングに関する声明が出されました1)。

一般的な呼吸器ウイルスがHCT/Pを介して伝播することは通常ありませんが、HCT/PsによるSARS-CoV-2の伝播の可能性については現時点で不明です。一般的なスクリーニングとして、HCT/Pのドナーが、感染を示唆する臨床症状(発熱や咳嗽など)を有していないかどうかを評価することはすでに実施されています。それに加えて、HCT/Pを採取した過去28日において、

・COVID-19の流行地域への渡航歴
・COVID-19感染者もしくは疑われる者との同居
・COVID-19感染と診断された者、もしくは疑われる者

を考慮するようFDAは勧告しました。さらに4月1日の発表では、世界的な流行を受けて、一番目の渡航歴については削除されました2)。

また、無症候のHCT/PドナーをスクリーニングするためにCOVID-19の検査は推奨しないこと、重症患者の中でごく一部の患者でのみ血液からSARS-CoV-2ウイルスが検出されることが追記されました。

注)HCT/Pとは、ヒト細胞または組織を含む、またはヒト細胞または組織から成る製品であり、ヒト患者に対して埋植、移植、注入または導入することを目的としたものである。HCT/Pの例としては、骨、靭帯、皮膚、硬膜、心臓弁、角膜、末梢血および臍帯血由来造血幹細胞/前駆細胞、自己への使用の目的で加工された軟骨細胞、上皮系細胞を合成マトリクス上に乗せたもの、精液またはその他の生殖組織が含まれるが、これらに限定されるものではない3)。

糞便移植術とCOVID-19

糞便移植術は、特に再発性クロストリジウム・ディフィシル感染症において抗生物質をしのぐ奏功率を示し、注目されている新規の治療法です。またクロストリジウム・ディフィシル感染症の他にも、炎症性腸疾患や代謝性疾患を対象として、その有効性を調査する臨床試験がいくつも実施されています。

しかし糞便移植術によるSARS-CoV-2の伝播のリスクを考慮し、ドナー糞便のスクリーニングを強化する必要性があるかもしれません。実際、SARS-CoV-2は呼吸器検体陽性者の半数以上で便検体も陽性であり、呼吸器検体で陰性になった後も便検体のSARS-CoV-2陽性が1ヶ月以上も持続した患者がいたと報告されており4)、糞口感染の可能性もあり得ることを示唆しています。また入院患者の約10%で下痢や嘔吐といった消化器症状があることも報告されています。

3月16日に発表された、糞便移植の国際的コンソーシアムからの論文では5)、以下のような対応が推奨されました。

これまでに行われている通常の糞便移植でのスクリーニング方法に加えて、
・過去30日間の典型的なCOVID-19の症状(発熱、倦怠感、乾性咳嗽、筋肉痛、呼吸困難、頭痛など)の有無
・過去30日間のCOVID-19感染者もしくは疑われる者との濃厚接触歴、流行地域への渡航歴
これらのいずれかが陽性であれば、ドナーからのサンプル提供を断るか、SARS-CoV2のPCR検査を実施する。またパンデミックの状況が深刻な国では、ドナーが無症状であり濃厚接触歴や渡航歴がなくとも、全てのドナーがPCR検査を受けるべきである。それを実施するのが難しければ、糞便検体を採取後30日間保管し、ドナーが症状を発症しないことを確認したのちに糞便検体を使用すべきである。

FDAからの糞便移植術に対する勧告

3月23日にはFDAからCOVID-19のパンデミック下での糞便移植の注意点が発表されました6)。

・糞便中にSARS-CoV-2ウイルスもしくはRNAが検出されうること(前述)
・糞便移植によるSARS-CoV-2の伝播は報告されていないが、可能性はありうること
・現時点では、糞便ドナーを対象とした、SARS-CoV-2感染の有無を調べる鼻咽頭検査は実施できない可能性が高いこと
・糞便中のSARS-CoV-2を直接検出する検査に関する情報は乏しいこと

そして、実際に糞便移植するサンプルについては2019年12月以前に採取されたものを使用することを推奨しています。また2019年12月以降に採取されたサンプルを使用せざるを得ない場合には、

・ドナーがSARS-CoV-2に罹患している(していた)可能性を念頭に置いた問診を行うこと
・可能であれば、ドナー自身もしくは糞便のSARS-CoV-2検査を行うこと
・スクリーニングと検査に基づいた除外基準の設定を設けること
・糞便移植によるSARS-CoV-2伝播の可能性について、移植を受ける患者にインフォームドコンセントを行うこと(COVID-19の症状のないドナーからの糞便移植を含む)

が明記されました。

筆者の周りでも、予定されていた糞便移植術が中止されたり、全例にSARS-CoV-2のスクリーニングが追加されたりするなど、すでに影響が出始めています。

これらは本記事執筆時(2020年4月下旬)の情報ですが、今後さらにこれらの情報や推奨が改訂されうることと思います。

参考文献

1) Important Information for Human Cell, Tissue, or Cellular or Tissue-based Product (HCT/P) Establishments Regarding the 2019 Novel Coronavirus Outbreak.
https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/safety-availability-biologics/important-information-human-cell-tissue-or-cellular-or-tissue-based-product-hctp-establishments

2) Updated Important Information for Human Cell, Tissue, or Cellular or Tissue-based Product (HCT/P) Establishments Regarding the 2019 Pandemic.
https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/safety-availability-biologics/updated-information-human-cell-tissue-or-cellular-or-tissue-based-product-hctp-establishments

3) 厚生労働省 再生医療に関する制度的枠組み検討会
https://www.wam.go.jp/wamappl/bb13gs40.nsf/0/b90bbf9a798ba7f34925770c001f77ce/$FILE/20100421_2shiryou3_1.pdf

4) Wu et al. Prolonged presence of SARS-CoV-2 viral RNA in faecal samples. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2020 5:434-435

5) Ianiro et al. Screening of Faecal Microbiota Transplant Donors During the COVID-19 Outbreak: Suggestions for Urgent Updates From an International Expert Panel. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2020 5:430-432

6) Safety Alert Regarding Use of Fecal Microbiota for Transplantation and Additional Safety Protections Pertaining to SARS-CoV-2 and COVID-19
https://www.fda.gov/vaccines-blood-biologics/safety-availability-biologics/safety-alert-regarding-use-fecal-microbiota-transplantation-and-additional-safety-protections

<この記事の執筆者>
笠原 和之
神戸大学大学院医学研究科循環器内科学修了。心血管病や生活習慣病における宿主と腸内細菌の相互作用を研究するため、現在は米国ウィスコンシン大学で博士研究員として勤務している。
ResearchGate:https://www.researchgate.net/profile/Kazuyuki_Kasahara