【数学】テンソルとは何か
本記事では、テンソルを導入するモチベーションについて解説する。
前半では物理屋さんや化学屋さん向けにテンソルの直感的説明を与え、後半では数学屋さん向けに数学的議論の導入部分を紹介する。
1. 行列とテンソル
行列とは、以下のように数字を並べたものをいう。
$${\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \\ \end{pmatrix}}$$
たとえば、$${\begin{pmatrix} 5 \\ 9 \\ \end{pmatrix}}$$という行列を考えよう。そうすると、下図のように、原点からの赤い矢印で表現することができるが、これは見る人の視点によって、向きが変わってしまうことに注意したい。
要するに、行列とは矢印の向きが座標系の取り方に依存してしまうものであり、矢印について演算をしても線形性を担保できるわけではない、言わば数字を入れているハコに過ぎないのである。
しかし、これで物理の世界を考えると、例えば見る人の視点によって角速度と角運動量の関係性が変わってしまうことになりかねない。
そこで、誰がどんな視点で見ても演算結果が一意に定まる、つまり座標系の取り方に依存しない対象を考えたい、というモチベーションで行列を一般化した概念がテンソルである。
もう少し言えば、テンソルとはベクトルに何かを掛けると新しいベクトルができるような数学的対象のことであり、下図でいえば水色のベクトルから赤色のベクトルを生成するために、回転作用を与える$${T}$$という行列に相当する。この場合、三角関数を含む行列がテンソルとなる。
テンソルは、数学の世界では微分幾何学などでよく扱われるほか、物理学における現象の記述にも広く用いられている。
例えば応力テンソルは、応力の働く面$${S}$$の法線ベクトル$${n}$$に作用し、応力ベクトル$${p_n(x)}$$を返すような関数$${P(x)}$$のことをいい、$${p_n(x)=P(x)n}$$で与えられるが、これはインプットである法線ベクトルに応力テンソルを掛けることで応力ベクトルという新しいベクトルが生成されるものである。
このように、座標系に依存せず決まるベクトルに何かを掛けて新しいベクトルを生成するという、線形性が担保された操作がテンソルという概念のありがたみなのである。
以上、理科系の方を対象にテンソルの直観的イメージを大雑把に記したが、次節ではテンソルの数学的取り扱いに興味がある方を対象に、多重線形写像とテンソル積の構成について紹介する。
2. 多重線形写像とテンソル積
最後に、より詳しく学びたい方のために、多重線形写像とテンソル積の構成について導入部分を紹介する。
尚、本節はベクトル空間(ベクトルの元から構成され、スカラー積を行える構造をもつ空間)の知識を前提とする。
まず、$${V}$$を実ベクトル空間、$${ω:V^k→\R}$$を$${V}$$の$${k}$$個の積から$${\R}$$への写像とする。
$${(v_1, v_2,\cdots,v_k \in V)}$$に対して、$${ω(v_1, v_2,\cdots,v_k)}$$が各$${v_i(i=1,2,\cdots,k)}$$のみを変数とみなして、$${V}$$から$${\R}$$への線形写像を定めるとき、$${ω}$$を$${V}$$上の$${k}$$次形式($${k}$$次多重線形形式)という。
$${V}$$上の$${k}$$次形式全体の集合を$${\bigotimes^{k}V^{*}}$$と書き、$${V}$$の$${k}$$階の共変テンソル空間という。特に、$${\bigotimes^{1}V^{*}=V^*}$$である。
尚、共変テンソル空間はベクトル空間である。
また、$${V}$$を実ベクトル空間とし、$${(f_1 \otimes \cdots \otimes f_k)(v_1,\cdots,v_k)=f_1(v_1) \cdots f_k(v_k)}$$とおく。このとき、$${f_1 \otimes \cdots \otimes f_k}$$を$${f_1, \cdots, f_k}$$のテンソル積という。
参考文献
[1]藤岡敦, 具体例から学ぶ多様体, 裳華房(2019).
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