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探偵社で教わったこと「真実は、ない。」

これは先輩探偵に言われて、印象に残っている言葉です。

とある小さな事件の調査中。先輩の荒い運転で、郊外に車を走らせる道中。
物的証拠はなく、私たちは証言を集めていました。
ある程度証拠を集め終わり、調査は中盤に差し掛かったものの、錯綜する証言内容。
片手でハンドルを操る先輩の横で、私は頭を抱えていました。
(どうしよう、誰かが何かを守りたくて嘘の証言が混ざっている。これじゃ全く辻褄が合わない。)
初手で出来る調査がひと段落したものの、複数の証言が矛盾しており次の打ち手が見えない。そんな状況です。

俯いている私を見て、先輩からのアドバイス。
「よく、物事を客観的に見ましょうとか言うだろ?けどあれば嘘だな。そんなのは有り得ないからネ。」
「えっ、嘘?どういう事ですか?」
「俯瞰的に見るとか、第三者目線で、なんて見れるわけないだろ。自分の視点があって、そこから抜け出すことなんて無理だろぉー。いいか?どんなに俯瞰的な視点で見ようと頑張ったって、幽霊にでもなって自分の体から抜け出さなきゃ、お前は自分の目で、自分の視線でしかモノを見れない。」
「うーん、実際にはそうですけど………」
「第三者目線で考えてみろ。第三者目線で考えてる、お前の主観があるだけだ。どこまでいっても、どんなに客観的に考えようとしても、お前が考えてる。」
「まぁ、それは、そうですね。そうすると、客観的な視点では見れないってことですか?」
「あぁ。」
私ははじめて聞いた考え方を理解しようとして、じっと黙り込みました。
「この事件、どう思う。」
「証言が一致しないので、どうしようと思って。でも、客観的な視点なんて無いとなると………。」
関係者の様々な事情で、集めた証言は錯綜。背景に透けて見える各人の立場。俯瞰的に見なければとウンウン考えていたら、主観は抜け出せないと先輩からの指摘。もう私の思考はどん詰まりです。

どこか楽しそうに言い放つ先輩。
「1つだけの真実なんて、ないんだヨ」
一つの出来事でも、見る人によって様々な角度からの見え方がある。私たちが収集した証言は虚言が混ざっているかもしれないし、違う角度からの見え方かもしれない。
たった一つの真実を探そうとしていたけれど、証拠を寄せ集めてもそれは現れないし、そもそもそんなものはないのかもしれないとハッとしました。例えば同じ物体でも、見る角度によって違って見えます。それが物体でなく出来事であるとき、一体誰の体験が唯一の真実と言えるのでしょうか。
その調査はあたかも、芥川の藪の中のようでした。

皆さんの事業でも、「解のない場面」はありますか?

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