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カラオケにまつわるエトセトラ … 辻村深月「道の先」

※この記事は辻村深月著「ロードムービー」収録の短編「道の先」のネタバレを若干含みます。未読でネタバレNGの方はお気をつけ下さい。

その物語は、主人公の学生時代の回想から始まる。

 力強い旋律と歌声。頭の中を通過していくこの曲の名前を覚えている。背伸びするように手を出した洋楽のアルバムのこの一曲を、よく聴いていた。

その直後、ワンフレーズだけ「この曲」の歌詞が引用されている。

This town don't feel mine
I'm fast to get away

これが実在する曲なのか、否か。
検索をかければ一瞬でわかったはずだけど、当時のわたしはそれをしなかった。そこまで気に留めていなかった、のかもしれない。

結果的に、これが吉と出る。


「冷たい校舎」「凍りのくじら」「子どもたち」「メジャースプーン」「名前探し」
辻村深月の初期作品を何度となく読み直し、この「ロードムービー」も大切な一冊になり、情景や感情が身体に染み込んだ頃、わたしは大学受験の年を迎えていた。回想の中の主人公と同い年。

同じ予備校に通う恋人と、授業の合間に、ときには授業を抜け出して、パルコのタワレコで音楽を聴き漁り、ヴィレヴァンで流れる美しいピアノロックに心奪われ、カラオケに行く。
軽音部員であったわたしたちの日々は、音楽に満ちていた。今も。
おかげでいわゆる受験ノイローゼとは無縁で、その代わりその先のいろいろなことを考えては一喜一憂していたけれど…。

ある日、恋人が不意にカラオケで歌った英語の知らない曲。
激しさの中に浮遊感のある美しいイントロ。
冒頭の歌詞が画面に表示された途端に、息が止まった。

「This town don't feel mine」
「I'm fast to get away」

わたし、わたし、この曲を知ってる。

時に静寂を交えながら、激しいまま、美しいまま、フェードアウトしてゆく様を、涙をこらえながら見守っていた。

Deftones「Be Quiet and Drive」。
わたしの人生の中でも指折りの、鮮やかな伏線回収の瞬間だった。

恋人は小説を読まない人だったけれど、半ば無理やり、辻村作品を押しつけた。
そうして、他の作品にも、同じ「ニューメタル」と呼ばれるこの音楽ジャンルに関する小ネタが含まれていることが判明した。

辻村深月を読む層と、ニューメタルを聴く層は、たぶん、ほとんど、被らない。
その証左として「辻村深月 Deftones」で検索をかけても何もヒットしない。唯一引っ掛かるとしたら、それはおそらくわたしか恋人の書いたものだ。
もちろん、インターネットに書いていないだけで、あの曲の正体に気付いて、好んで聴いている人はいるかもしれない。
だけど、辻村深月本人以外にも、辻村作品とニューメタルの両方を愛している人間がここにいることを、わたしはあえて宣言したい。


違う人間同士がカラオケに行って歌い合うこと。
その人が、ある曲を、カラオケで歌えるほど聴き込んで生きてきた、というその事実は、身の上話を聞くよりもずっと雄弁なことがある。

わたしは、それを、ときおりここに書き残しておきたいと思う。


「カラオケにまつわるエトセトラ」

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