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算数のよろこび

休憩中のご褒美ノート。

算数って何てクリエイティブなんだろう☺️
最近、読み終えた本の中に
国外の頭の良い大学の先生へのインタビューで
どのような生徒を育てたいか尋ねたら
「Good Thinker」と答えられていた。

私たちの脳はただの計算機や記憶装置じゃない。
人間として生まれた。
「考えること」を鍛錬して
私も「Good Thinker」になりたい。

【改訂版】小学校6年間の算数が1冊でしっかりわかる問題集 https://amzn.asia/d/clQd7oC

私が取り組んでる教科書。
算数侮るなかれだ、、、。
先生達もこの中の「文章問題」や「発展問題」は
難関中学入試クラス、公務員試験並
…と、驚かれていた。

「なんて意地悪なんだw」

↑ある先生のコトバwww
でもそれ程この問題集は、使い方によって
とても奥深くて、黄金となり得るのだ。
たった1,300円なのに。

この問題集の特徴はなんと言っても
「効率良く学年が混ざっていること」
なんでも義務教育というのは
学年ごとの学習指導要領に沿って進めていく
という文科省の決めたルールがある。

それはとても頭脳明晰な方々が
子供達の成長に合わせて一生懸命考えてくれた
学びのためのスゴロクだ。

しかし、当時の私にはこのルールが適合しなかった。
だって頭の1部の進みが遅いんだもの。
当時の私から見えた算数の授業の情景は
先生やみんなが「宇宙語」を話しているようなものだった。
黒板の記号も、記号と記号、記号と数字の関連性も分からない。
羞恥心と焦燥感、孤独の中で
耐え続ける苦行が私の算数の授業だった。

トム・ハンクス主演のターミナル
…って、映画をご存知だろうか?
泣きはしなかったけどまさにあんな感じの心理状態。

だけどずっとずっと算数と向き合いたかった。
生活の中で「算数がわかればなぁ…」
…って、思うことを
何千回も経験したし、恥もかいた。

その度、奮起するも
何度も何十年も挫折した。
でも40歳でやっと機会が訪れた。
病による休息によって。

私の歩みは遅い。
もし適齢期に自分が生んだ子が居たって
算数よりずっとずっと先の学びに進んでいるだろう。

見る人から見たら40歳で算数やるなんて
とても恥ずかしい事かもしれない。
だけど私はとても楽しんでいる。

また「何で算数やらなきゃないけないの?」
…という、疑問はない。
算数はライフハックだよ。
身をもって体験したからわかる。

公式も記憶力の良い人は丸暗記で困らない。
だけどその公式がなぜ成り立つのか私は掘り下げる。
そこに想像力が生まれる。

そして私は問題を誤った時に
必ず、なぜ間違えたのかを分析する。

例えばこうだ。
・単純に公式を間違えて覚えていた、忘れた
∟忘れるなら真に理解していないという事
・問題を早く解きたい衝動性
∟ADHDの特性
・見直しをしない
∟性格・傾向・癖
∟ADHDの特性
・思い込む
∟ 性格・傾向・癖
・計算式のレイアウトが汚い
∟ 性格・傾向・癖

それらを洗い出して向き合って解いていく
そして自分也の言葉でアウトプットしていく。
「割る2グループ」
図形の問題で面積を求める際に公式の中に
「割る2」が入るもの。
これらは合体させると別の図形に変化する
例)三角形+三角形=四角形

あぁ…だから2で割るのだ。
こんな考え方もある。

四角形の面積は360°
三角形の面積は180°
なるほどぉ…半分だから2で割るのか。

そうすると公式を忘れない。

三角形を合体させた時に四角形になる驚き。
水平線上の線の中に180°という角度が隠れている驚き。
そこに見えない円が潜んでいること。
扇形は円の一部分であるという驚き。
とてもクリエイティブで面白い算数。

そして私が提出した振り返りノート
・前回の失敗を活かし、レイアウトを揃え慎重に記入
・問○では危うくミスをおかしそうになったが
見直しをする事で、回避できた。
・前回は14分で63点、今回は20分掛かったけど100点。
落ち着いて正確に解くことの大切さを体験できた。
これからも、ADHDの衝動性を客観視して算数に取り組みたい。


の先生のフィードバック
「…(省略)ここまで努力出来るのは素晴らしい才能です」

泣きそうになった。
算数は出来なくても環境さえ整えば
「努力」という才能が私にはあったのた。

このよろこびを噛み締めて脳内小学校を卒業したい🤣

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