復讐の石英 第1話「決別そして、」

■あらすじ

仮初めの平和で染め上げられ、裏では他の国に搾取されている国。
この国では人々の解放という目的の過激テロ組織、浄天会が浸透していた。浄天会がばら撒いたウイルスによって、人生を狂わされた少年、石波英司は復讐のために政府の犬となる。
学園内にて、ウイルスの売買を行う浄天会を見つけ出すため、英司は学園に潜入する。
そこで、真面目だが危うい少年、灰崎燐と出会い、共にテロリストを探す中、復讐に憑りつかれた英司の心を溶かす。
しかし、英司のいる政府の闇を知った燐はやがて、国を解放するため、浄天会に渡ってしまう。
二人は敵対し、次第に国を分ける存在へとなっていく。

復讐か正義か、安寧か自由か


■設定

主人公、石波英司
浄天会によって恋人を亡くした復讐鬼
不愛想で冷徹に見えるし、その通りだが、市民を守る意思もあり、優しい一面もある。
しかし、目的のためなら、人質ごと殺ってしまう判断力を持つ。

裏主人公、灰崎燐
真面目で優等生なただの学生。
何事も考えて行動するタイプで、周りの噂、風潮よりも真実や理屈を信用する。
真面目だが、真面目と思われるために行動しているわけではなく、そう見えているだけ。中身は危うい。事実、浄天会側に回ってしまう。

ドライウイルス
致死率95%のウイルス。しかし、残りの5%の人間はこれを克服し、同時に鉱石、金属、宝石など個々の能力を獲得し、身体能力向上する。



青少年たちの学び舎は、かつてのものとなり。

砕けたコンクリート、似つかわしくない硝煙、それを飾る本物の赤。

この終場をもって、二人の門出は行われる。

黒髪の少年は冷たい目で拳銃を構える。
その向かいには白髪の眼鏡をかけた少年がいる。

「そこをどけりん! 継夜つぐやを殺せないだろうが!」

白髪の少年、燐の背後には涼しい顔をした青年、継夜が状況を横目で見ている。

「僕は立ちはだかるよ。だって、君の敵だもん」
そう言って、燐はあどけない笑顔を英司に向ける。

「燐、お前の選択はそれなのか?」
黒髪の少年の拳銃を握る手は少し震えている。

「そうだよ、英司えいじ君」
燐と呼ばれる白髪の少年は余裕の笑みを浮かべる。

パンッ

甲高い銃声が鳴り響く。
英司の弾丸は燐の顔を撃ち抜き、眼鏡は砕け散る。

英司は銃を降ろす。その手はもう震えてはいない。

「痛いなあ」
「な⁉」

燐は顔を押さえて、のけぞった身体を起こす。

「はじめてにしては上出来だろ?」
燐は顔を押さえる手をどける。
そこには深い青、黒に近い青の結晶が燐の顔を守っていた。

「お前、それ」
英司は大きく目を開けて驚いている。

「君に憧れたんだ。これくらい克服してみせるさ」
そう言うと燐の全身から同じ結晶が生える。
そして、それはまるで鎧のように燐を包んだ。

燐の目は青い瞳を残して全て真っ黒に染まり、髪も黒く青く変色する。

「どうしたんだい? 君らしくもない。目的のためなら手段は選ばない。そうだろ?」

「ああ、そうだな……殺してやるよ」

英司は拳銃を捨てて左手を押さえる。
同時に英司の全身から透き通るような結晶が身を纏うように生える。
そして、髪は白く透き通っていく。

押さえた左手からはバチバチと音が鳴り、雷のように光る。

「いつ見ても綺麗だ。それは」
そう言うと燐の右手からは黒い瘴気のような何かがあふれ出てくる。

「お前のそれは、綺麗とは言えないな」

「君が映えていいだろ? でも、ここからは僕が主人公だ」

二人は互いに腕を構える。

少しの沈黙が流れる。しかし、二人は同時に動き出す。

「はああああ!」
「うぉおおお!」

二人の拳が合わさった時、激しい光が周囲を包んだ。

■3か月前

「ひぃ、み、見逃してくれ」

路地裏に追い詰められ、尻もちを着いて怯える男を英司は見下ろす。

英司の身体からは透き通る結晶が身を護るように生えている。

「ムリだ、お前たちは一人残らず殺すと決めている」
英司は光のない目で答える。

「お、俺は、騙されてやっただけなんだ! 被害者なんだよぉ! 政府の組織が、一般人殺していいのかよ!」

すると、英司の結晶と血にまみれた左手が強く発光する。

「ひっ⁉」

「だから? 騙されていようが、どうであろうが、お前は奴らと関わった。だから殺す」
ゆっくりと英司は左手を上げる。

「あ、あぁぁ」
男は震えて、ズボンを濡らす。

「俺たちは正義だ。お前を悪と言えば、悪なんだよ」

そう言って英司は手を振り下ろし、悲鳴が雷鳴の音と共に街の声に消えた。

音が鳴り止んだと同時にスマートフォンの着信音が鳴る。

英司の身体の結晶が剥がれ落ち、中から素の英司が現れた。
剥がれ落ちた結晶はすぐに、光となって消える。

英司はすぐに電話を取る。
「はい、石波です……はい、全員始末しました」

ゆっくりと英司の透き通る髪が黒く戻っていく。

「いえ、今日はこのまま帰ります。大丈夫です。限界時間内に終わらせましたから、アフターケアはいりません。では」

電話の向こう側ではまだ何か言っていたが、電話切ると英司はそのまま夜の街へと消えていった。

■次の日

政府直轄の対テロ組織、悪生根絶隊、英名Evil Extermination Corps通称EEC本部に呼ばれたため、地下鉄に向かう。

地下鉄へと降りる階段で俺より前を歩いていた大きい荷物を持ったおばあさんが階段を踏み外す。

「おっと、大丈夫ですか?」
俺は瞬時におばあさんの下へと飛び降りて荷物ごと支える。

「あ、ありがとうございます」
「手伝います」

俺はおばあさんを階段の下まで背負って降りる。

「ごめんなさいね、重くなかったかしら?」
「いえ、鍛えているので、それにしても随分とお荷物が多いですね、旅行ですか?」

「孫に会いに行きたくてね、でもこんな様子じゃあ無理かしらね」
おばあさんは悲しいそうな顔をする。

「私が同行いたします」

「そんな、わざわざ……」
「いえ、皆さま市民を守るのが仕事なので」

そう言って、俺は笑顔で、服の襟に付けたEECのバッチを見せる。
その後、俺はおばあさんと三駅共にした後、駅前のタクシー乗り場まで案内する。

「本当にありがとうございました」
おばあさんは深く頭を下げる。

「いえ、お孫さんに会えるといいですね」

俺は笑顔で返事すると地下鉄に戻り、また一駅へと戻り、駅の地下デパートの店と店の合間を縫って、暗い扉を開ける。
そこからは突然別世界へと変わり近未来的なオフィスが現れ、受付の女性と目が合う。

「おはようございます。政府の犬どもの巣、EECへようこそ、石波さん」
 そう言うと受け付けの高城さんはニッコリと笑う。

「おはようございます高木さん……毎回その挨拶どうにかなりませんか?」
英司は呆れた表情をする。

「挨拶の仕方に決まりはありませんので了承しかねます」
「全く、なんでこの仕事してるんですか?」

「給料がいいので」
「……そうですか」

俺はこれ以上話をするのは不毛だと思い、自分の所属する隊の部屋へと向かう。

■悪生撃滅隊第5部隊作戦室

「遅刻だぞ、石波」
 隊長の傘等義かさらぎさんに軽く怒られる。

「すみません」
「まあいい、席に座れ」

 俺は席に着くと、隣に座っている金髪ショートの女性、叶瀬かなせ亜美あみが話し掛けてくる。
「昨日何人狩った?」

叶瀬は自信あり気な表情で言う。

「8だ」
「私も8、じゃあ感染克服者ライズは何人?」

「0だ」
「クソ雑魚じゃん、私は一人殺ったよん」

叶瀬はバカにした顔で英司の頬をつつく。

「黙れ、テロリストに質など関係ない、殺して減らせればそれでいい」
英司は叶瀬の方を向かずに答える。

「大物狩ってこその私たちじゃん?」

「そこ! うるさいぞ!」
 隊長が俺たちを指さして怒鳴る。

「すみません」
「ごっめーん、傘等義ちゃん♪」

「……はあ、全くお前たちは」
隊長は頭を抱える。
こいつと一緒にされては困る。それにしてもこの女、黙っていればいい線いくと言うのに。

「それでは話を続ける。近年、若者の死亡率が高い。これだけなら我々の管轄ではないが、死因はドライウイルスを用いた自殺だ」

「どこで感染するんすか?」
叶瀬が隊長に尋ねる。

「そこだ、その身に知っているとおりドライウイルスにかかった者からの空気感染はない。つまり意図的でなければ感染しない」

浄天会せいてんかい
俺はぽそりと呟く。

「正解だ、石波。浄天会が裏でウイルスのカプセルを売買している。手軽に死ぬことが出来、もしウイルスを克服する出来れば人生は変わる。これほど、自殺に適したものはない」

「クソが!」
俺は怒りを露わにする。

「石波、お前の気持ちも分かる。自らあれにかかりに行くとは我々への侮辱だ。それに、浄天会は克服した者を仲間に率いている。一刻も早くこれを止めなければならない」
傘等義は強く握った拳を隊のみんなに見せる。

「それで、どこに行ってどいつを殺せばいいんでっすかぁ? 傘等義ちゃん」
叶瀬は舌なめずりをする。

「調査の末、今晩、奴らの密売する場所を特定した。情報は追って連絡する。解散!」

隊員たちはぞろぞろと会議室から出て行く。

「へへ、英司ぃ、どっちが多く殺せるか競おうぜ!」
叶瀬が席を立った英司の後ろから抱き着く。

「興味ない」
「んだよ、おもんねえ男、私のことも構えよぉおお!」

叶瀬はそのまま英司の耳たぶを引っ張る。

「はあ、分かった。今日の感染克服者どっちが先に殺すか、勝負だ」

「へっ、そうこなくっちゃねえ。そうと決まれば準備だ、じゃあな!」
そう言うと、叶瀬は全速力で会議室を出て行く。

「……今日も、殺すよ。里奈、君のために」
そう言って、英司は目をつぶって首にかけたペンダントを握りしめる。

■夜、廃工場跡

俺たちの部隊は密売を現場である廃工場に到着する。事前の作戦のとおり、廃工場を包囲し、窓から中の様子を伺う。

中には黒い服装に不気味な仮面を付けた浄天会たちと思われる人間が複数人いる。
浄天会の連中の足元には高校生くらいの少年が倒れてうめき声をあげている。
おそらく、既にウイルスを投与されている。

「遅かった。助けられなかった」

通信機の先で隊長は悔しそうな声をだしている。
相変わらず優しい人だ。あんな奴すでに浄天会の予備軍だろうが。

少年はもがき苦しんでいる。こうなっては助ける術はない。
ドライウイルスにかかって助かる確率は5%弱。

だんだんと少年の肌が灰色になってひび割れていく。
既に乾燥硬化病を発症している。今、少年は幻覚を見ているだろう。

幻覚が見せる狂気に耐えることでウイルスを克服できる。しかし、負けると一気に身体の芯まで乾燥し、灰のようになって死ぬ。きっとあいつも助かるまい。

しかし予想に反して少年はむくり立ち上がる。

「(克服した⁉)」

「う、うぅ」
「おめでとう、君は新たな世界へと到達した」
浄天会たちは少年へ手を差し伸べる。

「ま、まさか、俺が、でもこれで俺をいじめた連中を……」
男は嬉しそうな顔を浮かべる。

「ふふ、復讐心が、なした結果だね」
「ははっ」
少年は狂気的な笑みを浮かべて、浄天会の手を取る。

「今だ、突入しろ」
隊長の命令が下され俺たちは一斉に窓から突入する。

「クソ、犬どもだ!」

浄天会たちは動揺している。今の内に殺す。
俺は一瞬で全身に透き通る結晶を鎧のように纏い、近くにいた浄天会の一人の身体を右手で串刺しにする。

「政府の犬が」
そう言い、浄天会の一人は息絶える。

その時、少年に手を差し伸べた者が一人で真っ先に逃げる。

「大物はてめーだろ!」
叶瀬はそう言いながら、逃走者を一直線に追いかける。

「切り刻んでやるんよ!」
叶瀬は右腕から鉄の鎌を生やし襲い掛かり、背後から逃走者の右腕を切り落とす。

「くっ! だが!」
逃走者は怯むことなく、振り向きざまに左裏拳で叶瀬の顎を殴り抜ける。

「へぶっ⁉」
叶瀬はそのまま意識をアウトされ、ぶっ倒れる。

その時の逃走者は全身に真っ黒な結晶が纏われていた。

「奴は感染克服者ライズだ!」

俺は左手を発光させ、突きを繰り出す。

しかし、逃走者は紙一重で突きを躱し、英司の腕を掴んで背負い投げをする。

「うっ! 見切られた」
すぐに立ち上がって態勢を整える。

「はあはあ」
「君が、例の子か」
すると、逃走者は口を開く。ただし、ボイスチェンジャーによって声を変えられている。

「何?」
「色々と知りたいことは多いけれど、今は君に構っている暇はない」
そう言うと、左手をこちらに向けてくる。

「それじゃあね」
すると、左手からうねった結晶の槍が大量に吐き出される。

「何⁉」
俺はその槍の波に飲まれる。

「潮時か」
そう言って、逃走者は背を向ける。

「ま、まて!」
圧倒的物量に英司は飲まれ、動くことはできなかった。

バシィィッッ!!

鼓膜を破くほどの高い音と振動が工場内を襲う。

「なんだ⁉」
逃走者が振り返るとそこには槍によって埋もれているはずの英司の姿はなく、砕け散った槍の残骸はのこるばかりだった。

「どこに、いった?」
「ここだ」

既に逃走者の背後に全身眩いほどに発光した結晶を纏った英司がいた。

逃走者の振り向きざまの顔に英司は拳を叩き込む。

「ぐがっ」

逃走者は凄まじい勢いで殴り飛ばされ、仮面は割れる。
すぐに素顔とはいかず英司と同じように顔にも結晶を纏っている。
だが、すれすらも亀裂が入っている。

逃走者は床を転がる、それが止まる前に英司は反対側に瞬時に移動し、蹴り上げる。

「まだだ」

宙を舞う逃走者を英司は追撃し、踵落としで叩き落す。

割れた床のコンクリートの粉塵が舞う。

逃走者は叩きつけられた床でうずくまっている。そこに降りてきた英司が近づく。

「クソが!」

逃走者は力を振り絞ってバキバキにひび割れた身体で英司に襲い掛かる。

「ひたすらに遅い」

英司は瞬時に逃走者の背後に回る。そしてそのまま手刀で腹を貫く。

「う、がはっ」

逃走者はビクンとした後、力尽きる。

「はあはあ、よし」

英司のあれだけ強かった全身の発光が鳴りを潜める。

英司が安堵したのだ。
だがその瞬間、逃走者の亡きがらがコンクリートのように固まる。
そして胸に亀裂が入ると脱皮するかのように中から裸の逃走者が這い出てくる。

「何⁉」

「……」
逃走者は治っている右手で顔を隠している。

「ぬ、抜けん!」
抜け殻が固まって英司の手が抜けない。

そうこうしているうちに逃走者の全身から再び結晶が生え揃う。

逃走者は自身の抜け殻に手を当てる。すると、抜け殻は一瞬でトゲのような形態へ変え、英司を襲う。

「ぐわぁああ!」

予想外の攻撃に英司は膝を着く。
同時に全身の透き通る結晶が砕け散り、素の英司が出てくるが、瞬く間に英司の肌が灰色に変わり全身に亀裂が入る。

「はあはあ」

「今、ここで」
逃走者は声を発する。ボイスチェンジャーはないゆえ、彼事態の声が分かる。
若い、おそらく10代の声だ。

逃走者は英司を見下ろす。

「死ね!」
その時、倒れていた叶瀬が何かを逃走者に向けて投げる。

逃走者は身をよじってそれを避ける。

「まだそんな力が」

逃走者はうつ伏せの叶瀬を見ている。

「ばーん♪」
叶瀬は笑みを浮かべて、手で銃の真似をしたのちに再び意識を失う。

「……?」

逃走者が状況を飲み込めていない。その背後には高速で回転する金属の塊が迫っていた。

そう、叶瀬はブーメランを投げていたのだ。

戻ってきたブーメランは見事逃走者の左肩に突き刺さる。

「なにぃ⁉ クソが!」

逃走者はブーメランを引き抜き、肩を押さえる。

「はあはあ」
「はあはあ」

英司と逃走者、両者息を切らしながら互いに睨み合う。

「テロリストが、今俺が殺してやるからよぉ」
英司はボロボロながら動こうとするが、さらに体に亀裂が入る。

「石波!」
その時、傘等義隊長が駆けつけてくる。

逃走者が辺りを見渡すと既に他の仲間はEECによってやられていた。

「……くっ」

逃走者は肩を押さながら、工場の外に逃げる。

「追え!」
隊長の指示で他の隊員が追いかける。

「く、くそ」
英司は強く拳を握る。

「落ち着け、ウイルス安定剤だ」
隊長は英司の身体に注射器を刺す。

「う、うぅ」
英司の肌が元に戻り、意識を失う。

「(石波英司、うちの隊では一番の実力を持つが、復讐心が強すぎて周りが見えないことが多い。そして、何故か上層部のお気に入りだ)」

傘等義は眠る英司を複雑な心境で見つめる。

「隊長!」

「どうした?」
傘等義が駆けつけるとそこには逃走者の抜け殻があった。

抜け殻は背中に複数の武器が刺さっている。部下たちの投げたものだ。
問題はその先だ、抜け殻の先には深い用水路があった。

「奴はこの先か?」
「おそらく」

「……別動隊に探させる。お前たちはこの抜け殻を消滅する前に分析班に持っていけ!」
「はっ!」

「(……主犯格を取り逃した。だが、今回ウイルスを投与された少年は確保した。作戦は失敗と言わせないぞ)」

この日の作戦は終わりを告げた。

■EEC本部、救護室

「石波さん。相変わらず無茶しますね」
担当医の早苗さんが全身ひび割れのような俺の身体を見て言う。

「……必要だっただけです」

「確かにあなたの石英の力による帯電は強力ですが、その分全身を蝕むウイルスの浸食も速くなるんですから無茶はやめてください」
早苗さんは背中の傷を看ている。

「……制限時間内には終わらせました」

「そういう問題ではないです、克服と言ってもあなたが弱ればウイルスに負ける。それは分かっているでしょう?」
「……」
英司は前に来た早苗から目線を逸らす。

「全く、私には死に急いているように見えます」
「俺は死にませんよ、奴らを滅ぼすまでは」
俺は憎悪が染みついた顔をする。

「あはは! 出た、浄天会絶対殺すマンの単細胞発言!」
すると、手当された叶瀬がケラケラと笑いながらこっちを指さす。

「黙れ、ほとんど寝てた奴が言うな」
「そういう英司も向こうの能力に一本取られたって? ええ?」

「このイカレ女!」
「なんだと、この亡霊に憑りつかれた非モテ!」
俺と叶瀬は睨み合う。

「やめなさい!」
俺と叶瀬は早苗さんにぶん殴られる。

「うぐっ、すみません」
「痛いよ早苗ちゃん、乙女の顔面を殴るのはどうかと思うな」

「男女平等です」
早苗さんはニッコリと笑う。その時、部屋に傘等義さんが入って来る。

「案外大丈夫そうだな、お前たち」

「はい」

「お前に至ってはあと一歩で灰になってたがな」

「でも、俺は生きています。それより、脱皮野郎はどうなりましたか?」

「すまんな、逃げられた」
傘等義は苦い顔をする。

「そうですか」
英司は淡々としている。

「随分あっさりしているな」

「ええ、あいつは俺が仕留めますから」
英司は拳を握ってニヤリと笑う。

「……お前らしいな。だが、朗報だ。さっき、あの少年が吐いたぞ」

さっきの作戦で生け捕りにした自殺志願男が尋問によって何か吐いたようだ。

「何か分かったんですか?」
「あの少年が通っていた高校では浄天会と橋渡しをしているルミナスと呼ばれるが奴いるそうだ。それはおそらく、脱皮野郎のことだ。ルミナスと言うには黒すぎるがな」

「学校関係者か~、じゃあ私たちが潜入すればよくない?」
叶瀬が舌を出して言う。

「それは、俺たちが決めることじゃない」

「あ~うん、実は上はお前たち二人が年齢的に適任だから行かせろって言ってるんだよ」
傘等義は気まずそうな顔で言う。

「分かりました。そのように」
「ひゅ~う、Jkライフだぜ!」

「(めちゃくちゃ不安しかないが、行かせるしかないのか)」
傘等義は苦い顔をする。

「安心してください。ルミナスは確実に生徒の一人だ。対峙した俺なら分かる」

「頼もしいな。だが、殺すなよ、生け捕りにして浄天会の巣を吐かせる」

「……はい」
間を置いて英司は答える。

「いや、ホントに頼むぞ」
傘等義は汗を流しながら、英司の肩を叩く。

■人気のない路地裏

「はあはあ、こんなはずでは……」
ずぶ濡れの男はふらふらになりながら突き当りの扉に向かって歩く。

「随分な有様だな、黒木」
扉の手前のコンクリート製の壁にロシア系の男がもたれてかかっている。

「……アグ、出迎えとは嬉しいじゃないか」
黒木はアグを睨む。

「ふん、任せた部下も失って、はいそうですかと迎えてくれると思っているのか?」

「……感染克服者は5人増やしただろ」
黒木は苦い顔をしながら、前に進む。

「そうだな。だが、EECがお前の尻尾を掴んだ。明日にでもお前のホームに乗り込んでくるぞ」

「あんな連中、潰してやるよ」

「それだけじゃない。石波英司、奴のデータが欲しい、状態は問わん生け捕りにしろ」

「無茶を言うなよ。今日あいつに殺されかけたんだぞ」

「無茶を通してみせろ、でなければお前は格下げだ」

「……ちっ、分かったよ」

「それでいい」
そう言うと、アグは扉を開け、その後に続いて黒木も中に入って行く。

中はバーのようになっており、奥から一人の伊達男が黒木に近づいて来る。

「おかえり黒木。無事でよかった」

怪しげで妖艶な雰囲気を纏う男は濡れた黒木の手を取る。

「はい、継夜様」

「今日はもう休むといい、明日から大変だと思うけど、私と、この国のために頑張ってくれるかい?」

「もちろんです」

「それでこそだ、私は君を応援しているよ、ルミナス」
そう言うと、継夜はどこかに行ってしまう。

「(……俺はいつかあんたを押しのけて、浄天会、いや全てを手に入れてやる)」
黒木は強く拳を握る。

■朝、リビング

リビングテーブルに4人が囲んで朝食をとっている。

「お兄ちゃん、しょうゆ取って」

「はいはい」
少年はテーブルのしょうゆを渡す。

「燐」
「どうしたの父さん?」

「テストの点数がよかったそうじゃないか」
「うん」
燐は少し照れたように頷く。

「流石だ、この調子で頑張りなさい」

「お兄ちゃんはすごいでーすねー」
妹は棒読みでこちらをチラチラと見てくる。

「あはは、今度勉強教えるから、機嫌直してよ」

「うふふ、いーよ」
妹はニヤリと笑う。

「ほんと、この子はちゃっかりとしてるわね」
「ははは、母さん、これも才能の一つだよ。いい子供をもったものだ」
「ふふふ、そうね」

和やかな空気が流れる。
こんな平穏が続けばいいのに。

■校門前

朝、僕が登校すると、校門前にはいつものように生徒会長が立って挨拶をしている。

「おはようございます。黒木会長!」

僕は生徒会長とは顔見知りなのでいつものように挨拶をする。

「おはよう」

なんだか黒木会長、今日は眠そうだ。

「お疲れですか?」

「……まあね」

「いつも、お疲れ様です」
そう言って僕は頭を下げる。

「ははは、君が生徒会に入ってくれれば少しは楽になるんだけどなぁ」
黒木会長は少し茶化すように言う。

「いえ、僕なんてとても、器ではないです」
僕は首を横に振る。

「謙虚なのはいいことだが、卑屈になってはいけないな。皆、君のことは認めているんだよ」

「ありがとうございます」

「そうだ、今日転校生が君のクラスに来るそうだ。不安にならないよう手助けしてやってほしい」

「はい、わかりました。でも、僕に勤まりますかね?」

「何かあれば私も相談に乗る。普通に友達になればいいんだよ、私たちみたいにっ」
そう言うと、黒木会長は僕の肩を叩く。

本当にいい人だ。皆、相談したがるわけだ。

「とりあえず、頑張ってみますね」
僕は笑顔で返した。

■教室内

「転校生を二人紹介する。ほら挨拶しろ」

よそよそしい担任の指示で二人の男女が黒板の前に立つ。

「はいはーい! 叶瀬亜美でーす! 皆よろしくねん! 皆と仲良く出来たら嬉しいにゃん!」
叶瀬と呼ばれる少女は周りから浮くくらいのテンションで挨拶をする。

「ゴホンゴホン、さあ君も」

「石波英司です」
「そ、それだけか?」
教師は困惑した顔で石波君を見ている。

「はい」
一言そう言っただけだが、それ以上踏み込めない壁のようなものを感じさせる。

「……ま、まあ皆、こいつらをよろしくな。え、えーっとそうだ、灰崎、お前学級委員長だろ、二人を案内してやれ」

「はい」
 灰崎は二人を見る。
 叶瀬はニッコリと手を振り、逆に石波は一切目を合わそうとすらしない。

「(変わった子がクラスに来たなぁ)」

これが、日常が壊れるサインであるということを灰崎燐はまだ知らない。


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