復讐の石英 第3話「吐気模様」

■教室

「転校生出てこいオラァ!」

授業中、突然素行の悪そうな男が乱入してくる。
その後ろには眼鏡をかけた少女がついている。

「……」

英司は肩肘を着いた手で頬をついて窓から外を見ている。

「はいはーい! 私だよぉ、あとこいつ」

叶瀬が立ち上がると、俺の肩をバシバシと叩く。

「面倒なのはパスだ」

「こっち向けや!」

男はバットを英司に投げつける。

「ちっ」

英司は男の方を向いてから席立ち、バットを避ける。
教室内は一気に騒々しくなり、英司たちを除いて生徒は教室の隅に逃げる。

「石波君!」
「下がってろ!」

燐が声を上げるが、英司は見向きをせず叫ぶ。

「お前、一体なんの用だ」

英司は男を睨む。

「用って、お前らが捜してるんだろ?」

そう言って、男は両手から黄土色の湾曲した爪を生やす。

「感染克服者」
英司は驚いた顔をする。

「お前もウイルス活性化させてけよ!」

男は英司に切りかかる。

「金属系か」

英司は全身に透き通る結晶を纏うと男の攻撃を躱して、胴に拳をお見舞いする。

「ぐっ、やるじゃねえか」

「その色、金属でも銅だな。銅は形態変化が得意なはずだ。それがこの程度、克服して日が浅いな」

膝を着く男を英司は見下ろす。

「片山君!」
眼鏡の少女は男に駆け寄ろうとするが、その間に叶瀬が割って入る。

「はぁ~い、カワイ子ちゃんは私と踊ろ?」
「くっ」

「くははは! 確かに俺ぁ、日が浅い。けど、別にいいんだここで死んでも。俺の死があの人の役に立つ」

男は立ち上がる。

「俺は、あの人に救われてから、こうすると決めてたんだ!」

男はそう言うと再び英司に襲い掛かる。

「何度同じ手を……⁉」

男が襲い掛かる瞬間、手に生やした爪が消えた。

英司は咄嗟に男から離れたが、英司の肩の結晶にヒビが入る。

「(何が起きた? 力を解除した? いや、生身で俺の体にキズは入らない。だが、銅に透明化する力はない)」

「おいおいどうした? 豊富な経験をもってんじゃあねえのかよぉ!」

男の攻撃を避けるつもりの英司だが、次々と結晶にヒビが入っていく。

「(間合いが読めない。クソ、他に支援をしている奴がいる)」

英司は周りを見る。そのとき、眼鏡をかけた少女は叶瀬を殴り飛ばしていた。
しかし、少女は普通の学生としての姿と変わりなかった。

「叶瀬!」

「よそ見すんじゃねえよ、あっさり死ぬかぁ?」

叶瀬の方に注意している間にも男の猛攻と止まらない。

「(私のオパールによる偽装がこうも有効だとは)」

その時、教室の外から中を除く玉沼、彼の右手は刻一刻と流動的に色が変わっている。

「(目的は別のつもりだったが、案外このまま倒せるかもしれませんね)」

「英司ぃ! 下がれ!」

口から血を垂らす、叶瀬は血気迫る顔で叫ぶ。
英司は無言で男から距離を取る。

「しゃらくっせえ真似も、終わりだ!」

叶瀬は両手を合わせる。それと同時に周囲に大量の粉が舞う。

「鉄粉、目に入ったら痛てえよなぁ!」

すると、鉄粉は敵対する二人に浴びせられる。

「何⁉」

二人は咄嗟に目を閉じる。

そして、二人はゆっくりと目を開ける。そこにはそれぞれ、英司と叶瀬がいた。

「卑怯野郎が!」

男は咄嗟の反撃に出るが、その全てを英司に避けられる。

「気づけ、鉄粉で上書きしていることに」

そのときの透明されていた爪は鉄粉によって型取られていた。

「うわあああ!」

眼鏡をかけた少女も鉄粉によって全身纏う結晶を可視化されている。
それに混乱して叶瀬に襲い掛かる。

叶瀬はそれをステップするように躱すと、すっと右手を少女の顔に出す。
右手には大量の釘が生えている。

そして、そのまま釘を顔皮の海にダイブさせる。

「ぎゃあああああ!」

少女の悲鳴が教室を包む。

「血流したなら、その釘でも舐めててよ、鉄分補給になるだろ?」

そう言いながら、叶瀬は猟奇的な顔で少女を見下ろす。
顔面がぐしゃぐしゃになった少女は恐怖で震える。

「チカ!」
男は少女の方を向く。

「言葉を返すようだが」

英司は男の一瞬の隙を突き、手刀で鎖骨を叩き折る。

「よそ見すんじゃねえよ」
「がっ⁉」

腕をぶらーんとさせてその場に膝を着く男の首を掴んで無理やり立てる。

「答えろ、あの人とは誰だ? 継夜か!」

「バーカ」

男はそう言うと、舌にのせた飴のような何かを見せる。
そして、それをかみ砕くと、男は一瞬で灰になってその場に崩れる。

「ちっ、叶瀬、そっちは……」

「ごっめーん、こっちも灰になっちゃった」
舌を出して子供のように謝る彼女の足元には無残に灰が散っている。

「(流石に無理でしたか、でも私たち全員、戦う敵が見えた)」

玉沼が群がる生徒のふりをして現場を見る高見と泉をチラ見する。

「(だが、真正面から戦うことはしませんよ)」

「生徒会だ! さっきから何をしている!」

その時、黒木が何人もの生徒や教師を連れて教室に入ってきて、現場を取り締まり始める。

英司たちは事情聴取として連れていかれ、特別処置としてこのクラスは帰宅することとなった。

石波君、叶瀬さん

あの力、見るのは初めてだけど、感染克服者の力。

少し怖い。けど、何でいきなり襲われたんだ?

「……君たちは何者なんだ?」

燐の頭の中にはそのことが何週もしていた。

■次の日、登校

僕がいつものように登校、そして、下駄箱で上履きに履き替えているとき、近くの掲示板の前で騒がしかった。
人を掻き分け掲示板を見る。

「「石波英司、叶瀬亜美の両名は感染者である」」

という張り紙と昨日の戦いの写真が貼りつけられていた。

「何だ、これ?」

すると、後ろの方が騒がしくなり、振り返るとそこには石波君と、叶瀬さんが登校して来たところだった。

「お、おい、離れようぜ、俺たちも感染する」
「おいおい、俺、クラス同じなんだけど」
「何で、感染した奴が入学してくんのよ」
「マジ迷惑」

陰口を叩かれながらも二人は何食わぬ顔で教室へと向かう。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

僕は二人の後を追う。

「おは~! リンリン!」
「お、おはよう、叶瀬さん」

「ダメダメ、亜美だって」
「あ、亜美さん。こんなことになってるのにどうともないの?」

「ん~? まあ慣れっこだからね」
「な、慣れるって」

「気にしない気にしない、外野は無視無視」

叶瀬さんの態度は明らかに慣れ過ぎていた。
どんな人生を歩んできたらそうなるのだろう。
 
僕より先に二人は教室に入っていく。
だが、僕が入るより先に二人は出て行ってしまった。

僕は教室に入る。しかし、中はもっとひどかった。

二人の席は隅へと追いやられ、机と黒板には

「「出ていけ、感染者」」と書いてあった。

僕は思わず黒板の前に立つ。

「おかしい、おかしいよ! 乾燥硬化ウイルスは空気感染しない! それに、感染者じゃない、克服しているんだ! 僕らには何の害もないはずだ! だってのに、どうして?」

「ふ~ん、そうなんだ、知らなかった」

クラスの一人が僕に聞こえるように呟く。

「清水さん?」

僕は清水さんの方を向く。

「私、知らなかったわ。そんなこと」
清水さんはつまらなそうに呟く。

「知らないって、調べればすぐわかることじゃないか!」

「真面目なんだね~、委員長は」

清水さんの言葉に周りのみんなは頷くなどして、肯定的である。

「は?」

頭が真っ白になる。

なんで、知りもしないのに、こんなこと出来るんだ?

意味が分からない。

「ど、どうして、ろくに知らないのに、他人に出ていけって言えるの?」

「え? だってみんなそう言ってるじゃん」

「え?」

「昨日もせっかく追い出そうと動いてくれた二人を感染させて殺しちゃうし、ほんとさっさと死んでほしいわ」

「……」

僕は気持ちが悪かった。
昨日まで普通に接してきたみんなが、一瞬で何か別の塊か何かになったようで。

とても気持ちが悪かった。

僕は思わず教室を出る。

なんとなく、一人になりたかった。

確かに二人は怖い。けど、襲われたら、力を使ってしまう、僕ならそうする。

とにかく、走る。

「昨日はやりすぎだ、叶瀬。動きづらくなっただろうが」

「ごめんごめん、でも、どっちにしても、こうなったとは思うな」

二人の声が聞こえる。
屋上につながる階段の奥にいるようだ。

「とにかくこうなった以上、学校に溶け込んでルミナスを探すことは無理だ。何か新しい方法を考えないと」

「(何の話をしているんだ?)」

僕はゆっくりと階段を上る。

「いっそ、私たちがEECってばらせばよくない? あいつらバカだから手のひら返すかもよ」

「(EEC⁉ そうか、二人は任務でここに来たんだ)」

「ダメだ。そうなったら俺たちはお払い箱、本隊による大規模作戦になってしまう。一般生徒の犠牲は免れない」

「へえ、英司が随分優しいこと言うじゃん、どうしたの?」
叶瀬の目のハイライトがなくなる。

「大きく動けばルミナスに逃げられ……誰だ!」

流石に近づきすぎたのか、僕は二人に気づかれてしまった。

「ご、ごめん」

僕は姿を出して素直に謝る。

「リンリ~ン、私たちの話聞いてたよね?」

叶瀬さんはハイライトのない目で僕を見つめる。

「……ぼ、僕は! みんなとは違う!」

僕の叫びに二人は目を丸くする。

「僕は君たちを感染者なんて言わないし、EECだってことも広めるつもりはない!」

燐の手が震え始める。

「僕は、僕はただ……悔しくて」

燐の目から涙が流れる。

ダメだ。全然言葉に出来ない。
喉の奥が堰き止められた感覚だ。

そんな時、石波君と叶瀬さんが震える僕の手を取る。

「お前は、優しいんだな」

その時、石波君は悲しそうな、それでいて、優しい笑みを浮かべた。

この時、僕は、言いたいことは言葉にできていなくても、通じ合えた。

そう思った。

僕が落ち着くまで二人は手を握ってくれた。
その間、二人からなぜこの学校に来たのかを教えてもらった。

テロリストがいること、学生がターゲットになっていることも。

「ごめん、ありがとう」

「気にするな」

「……僕、力になるよ。一緒にテロリストを見つけ出そう!」

燐は力強くそう言った。それが、最終的に最悪の結果を招くことをまだ知らない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?