復讐の石英 第2話「灰とマフラー」

2年前

この国の生誕80周年を祝う催しによって街中で賑わっていた。

「ほら、英司早く行こ?」
ブロンドの髪が美しい少女が僕の手を引っ張る。

「落ち着いて行こう、はぐれちゃうよ」
「もう、楽しみじゃないの?」

「僕は里奈がいればどこでも楽しい」
「……なら」
里奈は僕の腕に抱き着く。

「里奈⁉」
「うふふ、こうすればはぐれないでしょ?」
二人でパレードを見る。

幸せだ。

僕は、里奈がいればそれで良かった。
他はどうでも良かった。

僕と里奈だけの世界がある。
こんな平穏が続けばいいのに。

その時、街中の電光掲示板やテレビ、スマホさえも一斉に画面が真っ暗になる。

「なんだこれ?」

画面が点灯したと思ったら、そこには真っ白な背景に一人、二十台後半くらいの痩せ気味の伊達男が足を組んで座っているのが写る。

「皆さん、今日はいい日ですねぇ。私の名は荒巻あらまき継夜つぐや、浄天会という組織を率いる者です」

僕たちだけじゃない。周りの皆も突然のことに驚いている。

「皆さんは嬉々としてこの国の生誕を祝ってはいますが、それがどんな意味を持つか知っていますか?」

継夜という男の言っている意味が分からなかった。

「この国はただの家畜小屋に過ぎない。豚が飼われて、喜んでいるなんて、滑稽と思いませんか?」

「何、言ってんだ?」
隣にいた男が顔をしかめる。

「自分が置かれている状況を理解した方がいい」

「本当に何を言っているの?」
里奈さえも困惑した表情だ。

「困惑、それも無理もない。何故なら、この国は他国からの情報を閉ざされている」

少しずつだが、言いたいことは分かって来た。確かに、自分の国のことしか知らない。

「あなたたちが頑張って働いたとしても、他国が片手間に出来る仕事の数分の一程度の給料だ。あなたたちは利用されている」

突然の話に周りの人たちは困惑しているが、それでも周りのほとんどはただの陰謀論、でたらめと断じている。

「まだ、理解出来ませんか? ならもう一つ。この国と他国との平均寿命の差はいくらだと思います?」

「20だ。この国の平均寿命は65歳、それに比べ他国は85歳だ。なぜこれほどに違うか、それは働けない人間は邪魔だからです。この国の医療薬は全て海外製、後はもうお分かりですね?」

周りの話声が大きくなっている。

「目を覚ますべきだ。このままではこの国はクソどもに喰い潰される。その前に外と戦わなくてはいけない。今、ここにいる皆さんの考えを知りたい、お手元の画面を見て下さい」

僕は自分のスマホの画面を見る。
そこには二択が据えられていた。

 ・陰謀論に過ぎない。このままの国を望む。
 ・目が覚めた、政府と戦いこの国を解放する。

「……英司」
里奈が心配した顔でこちらを見る。俺には里奈がいればいい。闘争はいらない。

➡・決起団の言うことはでたらめだ。このままの国を望む   (93%)
 ・目が覚めた、政府と戦いこの国を解放する        (7%) 

「そうですか、残念です。では、痛みを知って再びお会いできるのを楽しみにしております」

突然、街中の至る所から謎のガスのようなものが噴出する。

「里奈、吸うな!」

俺は咄嗟に里奈の口と鼻を抑える。代わりに俺はガスを吸ってしまい意識が朦朧とする。

「ああ、口や鼻を塞いでも無駄です。皮膚で吸引しますから」

継夜の言葉を聞いた所で僕は意識を失う。

■見たことのあるどこか

「僕は、どうしてここに?」
「石波ぃ、お前って自分で何かしようとは思わないのか?」

僕は思わず振り返る。

そこにはクラスの友達が嫌悪感を剥き出しにした顔でこっちを見ている。

「いつも他人任せ、誰かに合わせればいいって思ってる」

やめろ

「お前なんて、里奈がいなければ空っぽなんだ」
「自分がない、自分の考えがない、お前みたいなクソが里奈と釣り合うわけねえだろ?」

やめろ、やめろ

「現実が見えない、真実を見ない。自分の都合のいいことしか受け入れない器の小さい男」
「臆病者、誰もお前を愛さない」

やめろやめろやめろぉ!
 
その時、僕は背中をつつかれる。
振り返るとそこにはニッコリと笑った里奈が

「り、里奈ぁ」

涙目で里奈に寄る。しかし里奈は僕を突き放し、嫌悪感を剥き出しにした顔でとどめを刺す。

「あなたじゃ私を守れない。私はあなたのアイデンティティじゃない。さようなら、空っぽなあなた」

そう言って、里奈は背を向ける。

「嘘だ、嘘だ、嘘だ。これはきっと嘘だ」

涙が止まらない。前が見えない。僕は見ない。

この光景が自分にとって真実でないと言い聞かせる。

皮肉にも、このことが僕を幻から現実に引き戻した。ただ、現実は幻よりも残酷だ。

「はぁはぁ、ここは?」

僕は目を覚ます。しかし、周りは灰色に包まれた別景色だ。

「おめでとう、君は克服したんだね。さあ見せてくれ、どの鉱石の力を授かったのかな?」

決起団のリーダー、荒巻継夜が画面越しに話しかけて来る。
だが、何を言っているのか分からない。

「里奈、どこだ?」
「ん? ああ、君の傍にいた子かな、残念だが、彼女は耐えることが出来なかったようだ。君が抱く灰の塊があるだろう? それが彼女だ」

僕は抱きかかえる灰の塊を見る。それは里奈の形をした何かだった。そして、一瞬の間に崩れ去り、僕が里奈の誕生日にあげたマフラーが灰まみれになって残るだけだった。

「は、はは、嘘だ。こんなことって、うそだぁぁあああ!!!」

灰とマフラーを握りしめる。

ピピピピピピピピピピ

「は⁉」

俺はそこで目を覚ます。

「……また、あの時の夢か」

俺は二年前のことを思い出し、吐き気と怒りがこみ上げてきて、手にした目覚まし時計を床に叩きつける。

「今の俺は空っぽじゃないさ、復讐で満たした水瓶だ」

■教室内

「転校生を二人紹介する……」

……

「えっと、僕は灰崎燐、よろしくね」

灰崎燐という少年は少し恥ずかしそうに自己紹介をする。

いかにも善人といった少年だ。
ウイルスも浄天会もきっと、関わることのない、自分の世界にないものだと思っていそうな顔をしている。

まあ、それが正しいかはさておき、俺とは関わる必要のない人間だな。

「よろっぴだぜ、燐ちゃん!」

叶瀬は灰崎の手をぎゅっと握る。

「あ、はい、叶瀬さん」

燐は少し引きつった顔をしている。

「いやん、固いじゃ~ん、亜美って呼んで?」
「あ、亜美さん」

「まだ固いなぁ、ね、英司もそう思うでしょ?」
「どうでもいい」

英司は興味なさそうにそっぽを向いている。

「リンリン! この学校のこと教えて欲しいなあ、チラチラ」

叶瀬は文字通り燐をチラチラと見る。

「あ、うん、分かったよ」
「うっれしい~、放課後待ってるね♪」

そう言って叶瀬は燐に抱き着く。

「あ、う、うん」
燐は突然のことにフリーズしてしまっている。

■放課後

「1階は実習系の部屋が集まってて、一般教室はないんです」

「ふ~ん、そうなんだ~」

燐と叶瀬は隣り合って歩き、少し後ろを英司が歩く。

「それで、こっちが……」

「ねえ、放課後は別行動するものだと思ってた」

説明する燐をよそに叶瀬は後ろの英司に小さな声で話しかける。

「ここは敵のホームだ。単独行動はない」

「へえ、私のこと心配してくれてるんだ」

「なんでそうなる? 仲間は多い方が有利だろうが、それに、ここの構造は知っていた方が戦いは有利に進めることが可能だ」

「あら、こんな一般人がたくさんいる場でドンパチやろうっての? 鬼畜ぅ~」

「俺たちに人質は通用しない。どこにでも犠牲はつきものだ」

「ふ~ん、じゃあ!」

叶瀬は突然、燐に抱き着き、さりげなく腕を燐の首に回す。

「か、叶瀬さん⁉」

燐は顔を真っ赤にして驚いている。

「こんな状況でも?」

叶瀬の声色が少し低くなる。

「無論だ。もろともやる」

「おっけー、じゃあ私もそうする」

「?」
燐は二人の会話の意味が分からず困惑している。

「ごめんねリンリン、抱き着きたくなっただけ。だってほら、燐ちゃん、草食動物っぽくてモフモフしたくなるし♪」

叶瀬はそう言って、目を輝かせる。

「ええ⁉」

燐は激しく狼狽している横で英司は冷めた目をしていた。

■生徒会室

夕方になり、生徒がほとんど下校した中、生徒会室には人が残っていた。

席には5人の生徒が座っており、黒木は立って窓からグラウンドを見ている。

「黒木くん、今日集まったのは理由があるんですか?」

席に座る、片目が髪で隠れた少年が尋ねる。

「そうだ玉沼、俺は今、転機にいる」

黒木は振り返って両手を広げる。

「溜めないでさっさと言ってくんない? 私、暇じゃないんですけど」

髪を明るく染めた少女が髪をいじりながら悪態をつく。

「泉、黒木君になんて口の利き方だ!」

少女、泉の隣に座る堅苦しそうな少年が立ち上がる。

「よせ高見、お前たち変な下りはいらなかったな、俺が悪い」

黒木の手の合図で、高見は座る。

「単刀直入に言う、俺を助けてくれ」

黒木の言葉にその場の全員が驚きの表情をする。

「ふーん、あんたがそんなこと言うなんてよっぽどじゃない?」

泉は少し悪い笑みを浮かべる。

「この間しくじって部下を全て失った。その上政府の犬どもがこの学校に来やがった」

黒木は2枚の写真をテーブルに投げる。

「お前たちが頼りだ」

そう言って黒木は頭を下げる。

「く、黒木様を困らせるなんて許せませんっ!」

すると、眼鏡をかけた少女が突然立ち上がる。

「いいことを言った! こりゃ許せんよなぁ!」

続いてガタイがいい素行の悪そうな男も立ち上がる。

「俺たち二人に任してくれい!」

そう言うと、二人は部屋を出て行く。

「あー、あれ大丈夫? 熱入ってない?」

泉が呆れた顔で言う。

「……誰かは先に散る必要はある。玉沼、工作は頼む、他二人も敵は見ておくといい」

「分かりました」
「私、参加することになってない? まあ借りくらいは返すとしますか」

■翌日、授業中

2限目の途中の時だった。

ガランッ!

前の扉が勢いよく開けられる。

「転校生出てこいオラァ!」

まさにドストレートだった。

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