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ひとつひとつ丁寧に

「何も湧いてこない」と書いた昨日。
~ない。ない。ない。ない。ないないない
ないものばかりに目がいきがちなわたしに、「あるものをみなよ。」と天の声。

昨日のわたしが考えていたのは、じいちゃんのことだった。
夏にリーディングセッションを受けた際に「母方の祖父がそばについてるから、力を借りるといい。」とアドバイスをもらい、しばらくは語りかけていたけれど、すっかり忘れていた。
昨日は語りかけるというよりも想いを馳せていた。祖父は自営業で仕事をしていたのだが、あのじいちゃんがどうやって仕事を受けていたのだろう?ということがふと気になったのだ。
じいちゃんは、なんだろう、人は好きなんだけど社会には馴染まない人で、組織で仕事をすることは確かに困難だったと思う。だけど、自営は自営で自分で営業して仕事受けるだろうに、あのじいちゃんがどんなふうに営業をしていたのか検討がつかない。
手先が器用で仕事は丁寧にやる人だったと思う。普段散らかっていた家もばあちゃんが入院していた間は見事に片付いていた。
仕事っぷりを評価される機会があったのかもしれないな、とか、営業を担う従業員がいたのかな、とか想像していた。おそらく目の前にある仕事にコツコツと丁寧に取り組んでいたことは確かだろう。
「ひとつひとつ丁寧に取り組んでいけば、道は開かれるよ。」
じいちゃんなら、今のわたしにそんなふうに声かけてるかもな。
じいちゃん、ありがと。気が楽になった。

気が楽になる
目の前にあった不安や緊張などから解放されて、気持ちがゆるむ。心が落ち着く。

「気持ちを表すことばの辞典」


エネルギーが落ちている自覚はありながら、その渦の中に居続ける選択をしていた。そのままの状態でいようとするのは、自動的に生きていて停滞することを選んでいるということだ。

じゃあ、愛の選択をするって?
そんなことを考えていたら、「愛ってね、美しいことだと思うの。」と教えてくれる人がいた。
その姿は美しいか?
そう問うと、「今のわたしの姿は、うじうじしていてブサイクだな」と思考が湧く。浮き足立っていて、地に足ついている感じがしない。そう、浮き足立ってる。逃げ腰になってる。

だったら、どんな状態を美しいと感じるか。
失敗を失敗だと認めて、潔く次の一歩を踏み出している。何度もチャレンジしている。しぶとさを発揮している。

「ひとつひとつ丁寧に。」

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