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なんだ、結局は人か。

最初に思ったのは(うわぁ……カンベンしてくれ)だった。

一年ほど前、私の職場(製造ライン工場)に【自動箱詰め機】が導入された。今までは人がせっせとダンボールに詰めていた作業を、全てロボットがやってくれるのだ。すごい技術だと思ったのと同時に、このようにして人員が削減されていくのだな、とも思った。

ところがそのロボット、設置後一ヶ月経っても二ヶ月経っても一向に動く気配がない。

聞くところによると、その優秀なロボットを稼働させるためのセッティングやらなにやらが複雑過ぎて、担当職員の操作方法の習得が間に合っていないらしい。

なんだ、結局は人か。これでは作業スペースがただ単に狭くなっただけだ。導入に何百万?(ひょっとして何千万?)かかったのか知らないが、完全に宝の持ち腐れである。

その後は、たまに思い出した様にテスト運転が実施されるもダンボールが逆向きに流れて来たなんていう話が聞こえて来たりして、みんなで「あちゃー」と苦笑していた。

そんな感じで一年が過ぎた。

ところが先週、いきなりロボットが五日間動く事になった。「いい加減、箱詰め機を稼働させよ」と上から指示があったらしい。

おお!このまま【箱詰めオブジェ】と化すのかと思っていたが、そうじゃなかったのか。それはいい、それはいいけれど……ん?ロボット担当のシフトがしっかり組まれて掲示板に張り出されている。

そこに私の名前が入っていた。

しかも、五日間すべてに。

え?ちょっと待って。これってロボットを操作する社員も、ロボットから出て来る製品を検品する私たち契約社員も全員が初心者って事だよね。それはつまり、どんなトラブルが起こるか誰にも分からないって事だよね。そして何が起こっても即対応しなきゃならないって事だよ、ね……うわぁ、カンベンしてくれ。

これは完全に人選ミスだ。私は以前、自らの発達障害の相談に行った際に相談員の方から「ねこ山さんの特性としては状況把握の苦手、臨機応変の苦手などがありますね」と言われている。言わば「空気の読めなさ」に関してはプロのお墨付きを貰っているのだ。なのにロボット担当者3名のうち、一名ないし二名は日替わりだが、私だけ固定である。

なにもわざわざ入社一年半の私じゃなくたって、もっとベテランがいるじゃないか。他の職員だってそう思っているに決まってる。

おそらくこのシフトは、職員の休日の関係で五日間連続で担当できるのが私しかいなかったからだと思う。それにしても、である。

初日から三日間は、ベテラン職員のSさんがメンバーに入っていた。

やや安心はしたものの、仕事のできるSさんは非常に厳しい人だ。いつもピリピリしていて少しでも違う事をするとピシャリとやられる。

慣れないロボットでの作業に神経を使い、更にSさんの怒りに触れないように細心の注意を払わなければならない。

なんだか胃が痛くなってきた……

           *

初日は何事もなく終わった。

というか、ロボットの調子が悪く一度も動かせなかったのである。整備担当の職員が何人も入れ替わり立ち替わり調整を重ねたが、駄目だった。

一日目が終わってホッとしたものの、そんなに不安定な機械なのかと心配のメモリがまた一つ増えた。

そして二日目。

もう予想通りの展開であった。

トラブル続出。全員がとにかく目の前の事を処理するのに精一杯で、完全にロボットに振り回されている状態であった。

そんな中でも、さすがSさんはキビキビと動いていた。とは言え、Sさんにとっても初めてのロボットである。焦っているのが分かる。

私も足を引っ張らないように必死に作業するが、

「だーかーらー!早くこれ用意してよっ」

Sさんの怒りの声が飛ぶ。

「はいっ!」

この「だーかーらー」が、どこから繋がっているのか分からないが、とにかく言われた通りにやる。

その後も自分が出来る事を探しながら、せっせとやっていると、

「そんなのは後でいい!」

とピシャリ。

うう……やっぱり私にこんな緊迫した現場は無理だよ。

滝のような汗をかき、心が折れそうになりながらも、なんとか二日目を終えた。

そしてまだあと三日もあるのかと思ったら、ちょっと絶望的な気持ちになった。


三日目のメンバーは、私、Sさん、そして新たにSさんよりもベテランの職員一名が加わった。

今回は私とSさんが新しい人に教える立場になるのだが、Sさんは誰に対しても容赦しない。

「もうっ!ちゃんと聞いてよ!」

勤続十年以上のベテラン職員が、作業開始早々Sさんに怒られている。

そう、Sさんは人によって態度を変えるって事をしないのだ。一貫しているのだ。だからSさんにキツく当たられると相当へこむけれど、私は案外Sさんが嫌いじゃない。


そして最後の二日間。

この二日間はSさんが休みなので、メンバーの中でロボットと一番付き合いの長いのは私という事になる(二回やっただけだけど)。ここから先は頼れる人はいない。逆に頼られる立場だ。なんなんだ、このプレッシャーは。

そして……やはり汗をジャブジャブかきながら、必死でやり終えた。


私にとって無茶振りとも思える五日間であったが、同じく連続で勤務していたロボット操作の担者がいる。(おそらく私の倍は大変だったと思う)

この職員とは今までほとんど関わる事がなかったのだが毎日互いにバタバタしている中で、なんとなく親しみを感じる様になった。

「次はこれをお願いします」と指示されると「分かりました!すぐ準備します」と、徐々にスムーズに作業が進められる様になった。

それがちょっぴり嬉しかった。

いくら便利な機械が導入されても、やはり最終的には人なのだ。

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