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季語「雪」を詠んだ句より一句

雪檪夜の奈落に妻子ねて   森澄雄


 檪(くぬぎ)の林に雪が降っている。
降る雪にもの音がすべてが消されいるような夜は、
あまりにも静かだ。
そんな雪の夜、
妻子が枕を並べて眠っているのを作者は見ている。
 奈落は、仏教用語では地獄のこととなる。
また、ここから転じ
舞台の下や歌舞伎の花道の
床下の空間のことも意味する。
 この句では、地獄というより舞台の床下のような闇に
包まれた空間と解せる。

 しかし、何故そのような夜の奈落に妻子眠っていると、
作者は感じているのだろうか。
 僕は奈落にいるような暗い寒い夜でも
家族と生きていることの幸せを作者は感じているように思う。
夜の奈落は深い眠りをもたらす心休まる奈落なのだ。

 こうした感慨は作者の境遇が背景にある。
作者の森澄雄は、太平洋戦争末期の
一九四四年から南方を転戦し、
四六年、復員という経験を持っている。
 悲惨な戦場で多くの戦友を失い、
辛苦の果ての帰還だった。
 おそらく深く心に傷を秘めて、
戦後を生きたのではないだろうか。

 その夜が奈落のように深く暗い場所であっても、
寄り添うようにやすらかな眠りにつく妻子の姿に、
作者はやすらぎを感じていたことだろう。

 森澄雄一九一九年(大正八年)生まれ、
二〇一〇年に亡くなる。
 生きていく中から生まれた思索と哀歓を
格調高く詠みあげた俳人だった。
亡くなる前年、車椅子姿お見かけした。
.寝たきりになられても俳句を詠み続けたとお聞きしている。
文:黒川俊郎丸亀丸

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