君の名はアーセナル -前書き-

「2022ー23プレミアリーグを一つの物語とするなら、主人公はアーセナルだ。彼らが持つケミストリーは、単なる戦術的な語りに留まらない魅力を有している。4月27日に2位マンチェスター・シティとの天王山を迎える前に、今シーズンの彼らが描いた軌跡とエキサイティングな物語を振り返りたい。」

・前書き
 2022-23シーズンのプレミアリーグも終盤に差し掛かり、優勝争いは白熱の様相を呈している。30節が終わった時点で、首位アーセナルの勝ち点は「73」、2位マンチェスター・シティの勝ち点は「70」である。さらに、得失点差はシティが「7」上回るという状況で、エティハド・スタジアムでの直接対決を残している。どちらの手にトロフィーが渡るかは、4月27日のゲームに委ねられたと言えるだろう。

 少し昔を思い出せば、2021-22シーズンのプレミアも非常に劇的で、最終節まで優勝が決まらない素晴らしい戦いだった。昨シーズンはシティとリバプールの二強状態であったが、今シーズンもアーセナルとシティが他を引き離しているという意味では共通点があると言える。しかし、昨季と今季の優勝争いでは大きな違いがあるのも事実だ。

 昨シーズンのシティとリバプールは、間違いなく当時世界最高の2チームだった。二試合とも引き分けに終わった直接対決は、どちらもこの上ないほどハイレベルで、互いのストロングポイントを叩きつけあうようなゲームだった。結果的にトロフィーを手にしたのはシティだったが、これは2チームの優劣を示すものではないだろう(実際、2つのカップ戦を勝ち抜いたのはリバプールだった)。CLの結果も含めて、昨季のシティとリバプールはプレミアが世界最高のリーグと呼ばれる所以として、正にイングランドに君臨していたのだ。

 それに対して、今シーズンのアーセナルとシティはどうか。シティに関しては現在、地球上で最も完成されたチームだと言えるだろう。ペップ・シティの代名詞でもある可変式の4ー3ー3は、ジョン・ストーンズの復帰・起用によって限りなく完璧に近づいた。昨季の偽9番的な配置から典型的なストライカー起用に変更したことで、その活かし方を見失って不調に落ちいった時期はあったものの、現在では公式戦10連勝を記録している。その間のチームスタッツは37得点4失点であり、正に怪物的な強さを見せつけている。

 かたや現在のアーセナルに関して、それが世界最高のチームかと聞かれればイエスとは答えづらい。ELはベスト16でスポルティングにPK戦の末に敗れたし、2つのカップ戦でも敗退している。エミレーツスタジアムではシティに完敗し、アンフィールドでは絶不調のリバプールに後れを取った(試合自体は引き分けたが)。アルテタが展開するフットボールは間違いなく魅力的だし、レギュラークラスは個人の能力を取っても素晴らしい。しかし、完成度・選手層においてはシティに及ばないのも事実だ。仮に、NBAの様に4戦先勝方式で優勝を決めるとしたら、アーセナルはシティに勝てないだろう(というか、そのルールでシティに勝てるチームは無いと思う)。

 ただそれでも、既に30試合を戦った中で、現在プレミア首位に立つのがアーセナルというのも紛れもない事実である。そして、それは決して運を頼りにしたものではない。2016ー17シーズンのレスターは「ミラクル」と形容されたが、2022ー23シーズンのアーセナルを「ミラクル・アーセナル」と呼ぶことはできないだろう。シーズン開幕直後から首位を走り続け、数多の激戦を潜り抜けて、アーセナルは世界最高のリーグの頂点に立っているのだ。

 2022ー23シーズンのプレミアリーグを一つの物語とするなら、主人公は他でもないアーセナルだ。現在のガナーズは主人公として相応しい魅力を持っている。迷走を続けて「古豪」という屈辱的な二つ名を確固たるものにしていた時期を乗り越え、昨シーズンは確かな実力を示しながらも紙一重でCL出場を逃し、今シーズンはシティという最強のライバルを相手に優勝争いを演じている。彼らは層の薄さが指摘されながら冬の移籍を巧みに行い、シーズンを通してチームを作り上げた。アルテタという才能にあふれた若き指揮官、確実な原則に従った魅力的なフットボール、選手同士の関係性による相乗効果、いくつかの敗北と劇的な勝利。それらの要素は全て、アーセナルを主人公と呼ぶに相応しいものであり、優勝するチームに不可欠な「ケミストリー」と呼ぶべきものだ。

  私はサッカーの専門家ではないから、フットボールを戦術的に語るには値しない。一人のプレミアファンとして、アーセナルという主人公が描き出したストーリー、そのターニングポイントを物語の要約として書きたいと思う。

宜しければ、しばらくの間お付き合い下さい。


第一章 「ラスト・ピース」ージェズス・ジンチェンコ・サリバー
第二章 「ケミストリー」-サイドの縦関係とリーダーの存在-
第三章 「トランスファー・ウィンドゥ」-トロサール・ジョルジーニョー
第四章 「ダイチ・エバートン&ボーンマス」-ローカルヒーローの誕生-
第五章 「アンフィールド」-冨安の不在とアルテタの采配-

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