捕食の恐怖 アイズ・オン・ユー (2023年製作の映画)

Woman of the Hourは殺人鬼Rodney Alcalaの実話。
1978年、当時身辺調査が緩かったためAlcalaはすでに5人の女性を殺害し12歳の少女に対する殺人未遂で有罪判決をうけていたにもかかわらずデートゲームという男女マッチメイク番組に出演した。
Alcalaによる被害者は警察の怠慢で累増し、後年DNA鑑定の進歩によって、じっさいには130人の殺害に関与したとされている。
カリフォルニア州が2019年に死刑執行の一時停止を宣言したためAlcalaの死刑執行は無期限に延期され、結果2021年に州立刑務所で獄死した。という。

とんでもない大量殺人鬼を描くサイコサスペンスだが、捕食者と被害者の構図には普遍性があり、女性権利啓発映画として見ることができる。

映画は「いい人」からの男の豹変と、それに遭った女の恐怖をうまく捉えている。
華奢(きゃしゃ)な女優アナケンドリックはおそらく映画内にあるような体験や嫌な思いを持っているに違いない、と思わせる確かな描写だった。
また殺人鬼役に好感度のあるDaniel Zovattoをあてて、好ましい人物が凶悪に変わる落差によって、ぞわぞわと胸焼けするような恐怖を生み出し、初監督作品とは思えなかった。

そう、これは女優アナケンドリックの初監督作品だそうだ。
外国では俳優が監督を兼業することがあるのでその都度驚嘆させられる。
人気女優が監督をやってしまうのは日本で言えば綾瀬さんか新垣さんか有村さんか長澤さんあたりが監督するようなものだ。そんなことはあり得ないので、是非はともかく、つくづく業界構造のちがいを思い知らされる。

映画は編集に凝っており、Alcalaの犯罪歴が犠牲者ごとに回顧される。
したがって、男と女の楽しげに打ち解けた雰囲気から、男の豹変によって恐怖のどん底へ落とされる女──と展開するシークエンスが複数回出てくる。それがいちいち胃にくる。
男尊女卑な時代性が強調されたサイコサスペンスだが平穏→当惑→恐怖へと変遷する女の意識が克明に描かれていて、それには時代を超えた普遍性があった。

日常、性的な不意打ちに遭うことが、女にはある。
わたしは女じゃないから本質的なことは解らないが、むかしつきあっていた人は、書店で立ち読みをしていたら、背後から突然スカートをまくられ、振り向いたら見知らぬ男がにたあと笑っていたそうだ。わたしにその体験を話した彼女はその恐怖を一生覚えている。確かに一生覚えているようなことだと思う。

セクハラに至らずとも男が介入してくることが女の日常には潜んでいる。たとえば商業施設でおじさんが女の店員・スタッフに、客の立場を利用してなにかを探したり買うようなそぶりを見せながら、じっさいには無駄話でえんえんと絡んでいる──というような図がある。

あるいはSNSで見つけた若い女の話だが、飲食店で飲食していたら、隣席に居た見知らぬ男が「ちょっと荷物を見ておいて」と言ってトイレに立った──ということがあったそうだ。それに類した話を幾つか見聞きしたことがある。

じぶんが女だとしてカフェで喫茶中となりの男が「ちょっと荷物を見ておいて」と親しげに言ってトイレに立った──としたらどう思うだろう?
ただキモくて怖い──しかない。
ところが「ちょっと荷物を見ておいて」と言った男のアタマの中は相手がどう感じるかに無自覚だ。それどころか、きっかけに何かいいことがあるかもしれない──と妄想しているほどお花畑であり、トイレからもどった男は、女を「わたしの荷物を見守っていてくれたわたしに気がある女」とみなす、という超絶自己都合な脳内変換をするわけである。

下心をもった男が、なにかの理由にかこつけて女と接点をもとうとするから、こうした現象がおこるのだが、本当にやってしまう男はまともじゃない。
こういった現象はバイラル動画にある「ソロキャンプ女の恐怖体験」とか「女ソロツーリングでつきまとい」のような話であって、男は概して無自覚すぎるのである。しかし、男にとっては単なる無自覚or無邪気で済まされる話だが、女にとっては一生忘れられない恐怖だ。

もちろんそういった話と大量殺人鬼とは比べられないが、そのような現代でもありえる捕食の恐怖感を映画Woman of the Hourは丹念に拾っている。プライバシーへの介入によって日常が崩れ落ちるときの戦慄をとらえている。したがって今とは時代も違い、内容もサイコサスペンスだが、女性蔑視の映画として見ることができる狙いと手腕に感心したのだった。

ロドニーとシェリル(ケンドリック)が会話するシーンの心理劇や、一命を取り留めた少女が死の危険から逃れるために男の機嫌をなんとか維持しようとする緊迫は、はらはらさせとても怖かった。

imdb6.8、RottenTomatoes92%と75%。

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