O・D
「一番指名の多い女はね、イク演技が上手い女なの。だからあんたもすぐ指名入ると思うよ」
同棲している彼女の言葉が不意に思い浮かんだのは、丁度私が逝っていたからだろう。
いや、いた。というのはおかしいか。
私の意識はまだある。ということはつまり、逝っている最中だということだ。現在進行系で。
「くそ、くそ、くそ」
「よくも、このヤロウ」
「ざけやがって」
汚い言葉と共に降ってくる足の裏。鉄製の厚い靴底。
それが私の顔を踏みつけている。
ひしゃげた鼻。
折れた前歯。
溢れる血は顔が横向きになった時に口の端から流れ出たが、すぐにまた喉に溜まる。
熱。浅い呼吸。ごぼり。血を飲むと舌が勝手に動いてかつて前歯があった場所をまさぐる。
個人的な意見だが、歯を折るのは本気の証だと思っている。
いくら人類が進歩して再生医療が進んでいても、歯は一回しか生えてこない。
もちろん、インプラントや差し歯、機械化による顔全体の再構成をすることは出来る。それをやってるやつは大勢いる。
けれど、それは結局後付けで自分の歯ではない。
だから、本気で相手を憎んでいる人間は、まず正面から顔に打撃を加えて前歯をへし折る。
そして、歯抜けの間抜けになった相手の顔を見て、笑うのだ。高らかと。
今、私を踏みつけている男もそうだった。
顔面を殴って、歯を折って、笑って、前蹴りをして、倒れた私の顔を踏みつけた。踏みつけている。
だけどこんな程度で人は死なない。
だから、男は徐ろにハンマーを取り出した。
ハンマー! なんという滑稽な響き。
今の時代にそんな原始的な道具を使うなんて。
全く馬鹿げている。
けれど……ここは現実ではないから。
馬鹿な夢を叶える場所だから。
「お前が悪いんだ。お前が」
それにしても、この仕事を始めてから暫く経つが、この瞬間はいつも不思議に思う。
どうして、憎しみを正当化しようとするのだろう、と。
(続く)