美容室の怪⑥

わたしは、その日に関しては、自分の頭がハリセンで殴られるドキドキよりも、あの貴婦人がキレないかということで、頭がいっぱいであった。

自分の頭を乾かし終わり、鈴木さんがセットをし終わり「ハイ、終わりーっ!」といつものようにハリセンで、バチーンとわたしの頭を叩く。

5回目ぐらいになる、気弱なわたしですら、まだイラッとするのだ。

しかも、歳が若い白田さんにやられた時は、鈴木さんの時の1.5倍ぐらいムカムカするのである。

あの貴婦人に耐えられるのだろうか。

わたしは、結末を見届けたいと思い、「ちょっとトイレをお借りしますね」などと、トイレに行ったりして、モジモジしていた。

トイレから出て、スマホを探してるフリなどをしているうちに、貴婦人のカットが全て終わった。

ドライヤーで自分で乾かすことを了承したような貴婦人だから、きっと、耐えてくれるさという気持ちと、キレるところを見てみたいという気持ちが、交錯する中、不思議なことが起きた。

いや、むしろ逆である。

不思議なことが起きなかったのだ!!

なんと!白田さんは、お客様のカットとシャンプーとスタイリングが全て終わったのにもかかわらず!

客の頭をハリセンでどつかなかったのである!!

わたしは、驚いた。

同時に、少し腹が立ってきた。

なんだよ。結局、怖そうな人にはしないのかよ!

そう思った瞬間、わたしは、この世のものとは、思えない光景を見た。

会計に向かう貴婦人の後ろに、白田さんが「あ、忘れてた!」と言いながら走ってくる。右手にはハリセンを持っている。

そして、走りながら、ハリセンを振りかぶり、貴婦人の頭を打ち抜いたのだ!

「ハイ、終わりーっ!」

バチコーン!!!

こ、これは、すごい!!

流れの中でやられても、ブチ切れるような行為なのである。

「忘れてた!」と言いながら、後からどつくなんて、もはや、分離された“暴力”である。

わたしの目が釘付けになった貴婦人は、後ろを振り返ることもせず、「あら、頭痛がするわ」と言って、そのまま会計を済ませた。

腰が抜けそうな安堵感。

貴婦人は、ハリセンで殴られたなどと、思わず、自分の体内だけで起こった“突発的な頭痛”だと判断したのだ。

こうなることを予想していたのか、していなかったのか、全く読めない、いつもの調子で、鈴木さんが貴婦人のお会計をしていた。

「はい、1800円をもらいまくりボンバーですね!へっへっへっへっ!ひーっひっひっひっ!」


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