美容室の怪⑤
わたしは、それから、本当にあの美容院のことを考えては、不思議な気持ちになった。
あそこには、人間がいるような気がしない。
大衆的な店なのかと思わせておいて、実はそんな次元の店ではない気がする。
鈴木さんも、白田さんも、大衆的な人間などという表現に足る人物ではない。
鈴木さんと白田さんが会話してるところを見たことがないのも、不気味であった。
年配で陽気な鈴木さん。
少し若く、陰気な白田さん。
共通点は、どちらもハリセンで客の頭を叩いてくるところである。
そして、美容院のお客さんがキレてるところを、わたしはまだ見たことがない。
鈴木さんも、白田さんも、どんな客にでも、平等にハリセンで頭を叩いている。そこも恐ろしいところだ。
昨日、わたしはその証拠を見たのだ。
あまりにも、恐ろしいシーンだった。
わたしが、いつものように、ハリセーヌに行った時である。
店に入った瞬間にバチーンというハリセンの音が聞こえた。客は、キョトンとしてたが、これもいつものことである。
わたしは、内心、可笑しくて仕方ないが、笑ってはいけないような気がして、ひたすら我慢していた。
明日は我が身なのである。
と、思った矢先に、店に、もう一人のお客さんが来た。とにかく、一目で気のきつそうな顔をしている女性だ。歳の頃は、50歳ぐらいか。
鈴木さんと同い年で、元美人だったのだろうなと、思わせる風格があり、気品のある服装をしている。なぜこんな安い美容院に来たのだろう。
わたしは、怖くなってきた。
とうとう、この美容院で、客がブチ切れるところが見れるのではないか!
そんなワクワクもあったが、わたしには恐怖のほうがはるかにまさった。
わたしは、心の中で祈った。せめて、わたしの担当が白田さんになりますように。
それは、白田さんにカットして欲しいからではない。
もし、わたしの担当が白田さんだとしたら、この貴婦人の担当は鈴木さんになる。鈴木さんのほうがまだマシだからだ。
ハリセンで叩かれたら、ブチ切れる可能性はある。しかし、まだ年配の鈴木さんが、陽気に話しかけてからの、バチーン、なので、キャラクターとしてはあり得る。
貴婦人が我慢する可能性が少しは上がる。
もし、わたしの担当が鈴木さんだとしたら、恐ろしいことになる。
そんな想像をしていたら、今日の担当者がわたしの後ろに現れた。
「今日は、どのような髪型にしまくりボンバーですか?」
ヤバイ。
ぶっきらぼうの白田さんが、1時間後には、あの貴婦人の頭をハリセンでどつくことが確定したのである。
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