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五億年後のきみへ② 妬いてるの?



 ディトと耐熱スーツを着て地上の様子を見て回ってから三日経った。 
 たしかに太陽は極大化していたけど地球を呑み込むまでまだ数日か猶予があるように思えた。
 地下シェルター都市は自家発電装置のお陰でコンピューターの端末が使える。僕は三日間、過去の人類の歴史を調べたりして過ごしたがやがてそれも飽きた。
 ディトは二十年もの歳月をかけて耐熱スーツと水陸両用バギーに乗って砂に埋もれた都市の跡を調査したり、世界に七つある地下都市を探索したのだがついに生存している人間を見つけることは出来なかったという。その代わり廃墟と化した地下都市からボロボロになった書物を見つけてこの地下都市に持ち帰たという。人類は最期まで紙媒体を捨てずにいたようだ。彼が二十年に渡る旅で見つけた膨大な量の書物は様々な言語で書かれていて、コンピューターの翻訳システムを使って解読しながら読んだという。ご苦労なことだ。もっとも他にすることがなくて退屈だったようだけど。
 今、ディトは地下都市の一室でテーブルの上に足を投げ出しながら本を読んでいる。すこぶる行儀が悪い。
「ディト、今は何を読んでるの?」
「ああこれか。エスペラント語で書かれた旧約聖書さ」
 僕たち人類は世界共通言語エスペラント語で話す。
「たしか人類でもっとも古いベストセラーだよね。面白い?」
「ああ、昔の人はすげえことを考えるもんだぜ。ダークファンタジーってのか?これによると終末には最期の審判が訪れるってある」
「最期の審判?僕たちふたりしかいないのに?」
「ちげえねえな。あははは」
 僕はディトから面白そうな本を借りて読んだ。物語の書かれた「小説」はとても面白く夢中で読んだ。そのうち僕らは空腹を覚えた。
 僕たちは食糧庫からキャビアの缶詰だの桃の缶詰だのフリーズドライのみそ汁だのカップ麺だの比較的美味しそうなものを見つけ出してテーブルに並べて食べた。
 最期の晩餐というやつだ。ディトはアルコールを飲んでいる。
 食べながらディトは言った。
「どうやらオレたちが眠っている間に他の連中は宇宙船で脱出したしいな」
「なんで分かるの?」
「地球上の七つの地域にある地下のシェルター都市はもぬけの殻だった。オレたちのいる北米シェルターだけが自家発電装置が機能していた」
 ディトは本当に地球上を隅々まで調査したらしい。
「おそらく脱出したのは地球統一政府のお偉方と一部の大金持ちだけらしい。とても人類全員を運ぶ宇宙船なんてなかったんだから」
 実は三日前ディトと一緒に地上へ出たとき空に葉巻型の宇宙船のようなものが飛んでいるのが見えた。結局あの宇宙船はどこかへ飛び去って行ったけど果たしてあれが一体なんだったか今もって不明である。
 人類の大半は地球を脱出することも叶わず従容として死に就いたのだろう。地下都市で暮らすことが許された人類だってごく僅かだ。
 海洋は干上がり地上に生き残ってる生物は熱に強いバクテリアぐらいだろう。地上の都市の跡地には人骨が散乱してたとディトは言った。
 僕たちと同じときに冷凍睡眠に就いた十二人の少年少女たち。ディトによると僕たちを除く他の十基の睡眠カプセルはもぬけの殻だったという。彼らも宇宙船で脱出したのだろうか?
「残された人類は地球を脱出した人たちを羨んだろうね」
「いや、そうでもないぜ」
「なんでだよ?」
「おまえが眠っている間、コンピューター端末で人類の科学技術についてを調べたんだ。それによると人類は移住可能な地球型惑星を発見することは出来なかったようだ。仮に見つけたとしても光速を越える移動手段を開発出来ていないしな」
「と、いうことは?」
「つまり宇宙船で地球を脱出した連中はなんの当てもなく苦し紛れに飛んで行ったのさ。AIによる自動操縦で、おまえみたいに冷凍睡眠状態でな。やがて燃料が尽きて宇宙空間をさ迷う。恒星の引力に引かれて焼かれるかもしれないしブラックホールに呑み込まれて永久に落ちるかもしれない。いずれ宇宙のもぐすになる可能性大だ」
「そんな。人類に未来は……なかったのか」
 僕たち以外に人類がどこかの惑星で生きてる。そう思うことが出来ればどんなに救われただろう。
「きっと人類は僅かな希望でもすがるしかなかったんだろうな。何億年も宇宙をさ迷った挙げ句誰かが見つけてくれるだろうと」
「誰かって誰?」
「さあな。地球外生命体なのか神さまなのか」
「神さま……か」
「いずれオレたちは地球に残された最期のふたりって訳だ」
「なんだか話が壮大過ぎて全然実感がないや」
「そりゃそうだろう。おまえはこの前まで眠ってたんだから」
 同じ時に冷凍睡眠に就いた僕たちだったが、ディトは二十年も前に目覚めて生き延びるための工夫をしてきたらしい。僕はつい三日前に目覚めたばかりだけど。僕は十七歳のままだけどディトはもういい大人だ。二十年振りに見るディトは痩せぎすの長身に、少年の面影を残したどこか影のある顔付きをしていた。
「でもディトがいてくれて良かった。よく僕が起きるまで辛抱強く待ってくれたね」
 もし僕ひとりだったら……きっと絶望して自ら命を絶っただろう。
「何度も冷凍睡眠のカプセルの端末機にアクセスしたさ。しかし何をやってもクローズしてびくともしねえ。下手して生命維持装置を破壊しておまえが死んじまったら元も子もないしな」
 ディトは二十数年間ずっとひとりぼっちで生きてきたのだ。想像を絶する孤独。彼の強さに敬意を示したい。
「きみはすごいは」
「まあな。おまえの顔を見てると生きてやろうと思ったのさ。……ひゅ~っ。しかしそそるだろこの展開。カミル、おまえが女だったら世紀の大恋愛に発展するんだけどなあ……。いや、この際おまえでもいいか。ボーイズラブっての?おまえ、女みたいな顔してるし」
 そう言うとディトは無理矢理僕の身体を抱き寄せてきた。顔が赤い。
「ちょっとやめてくれよディト。冗談が過ぎるよ」
「おいおい今さらなに言ってんだよ。地球にはオレとおまえのふたりしかいないんだぞ。もう男も女も関係ねえだろ」
 そう言ってディトは僕の身体をぎゅっと抱き締めた。
「待ってくれディト……僕もきみのことは好きだよ……だけど、こんなの……」
 きっと人類最期の人間は絶望し運命を呪い、泣きながら神に許しを乞うだろう。
……なのに、僕は今とても幸せだった。五億年前、隔離施設でJ博士の元、特殊な訓練を受けた少年少女たち。そのグループの中でも最も優秀な成績を収め、ずる賢くてリーダー的な存在だったディト。内気な僕はずっとディトに憧れと淡い恋心を抱いていた。しかしそれが成就することはないと諦めていたのだ。なぜならディトはティファという可憐な少女と付き合っていたからだ。僕はいつも彼らを見るたびに絶望に沈んでいた。だから博士が冷凍睡眠に入る十二人のメンバーに僕を指名したときとてもうれしかったのだ。やっと楽になれると。
 そんな風に思っていたディトと五億年後にふたりきりになって、まさか僕に言い寄ってくるなんて。それも人類の最期の瞬間に……愛する人と愛し合いながら死ねるなんて……。
 僕はディトの身体を抱き返した。
「人類はアダムとイヴに始まりオレとおまえで終わる。とんだ皮肉だな」
 たしか旧約聖書では同性愛は禁じられてるんだっけ。
「ああ、だけど神さまは僕らが喜んでるって知ったらどう思うかな?」
「きっと妬くだろうな」
 僕は歓喜に震えながらディトとキスをした。



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