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#曲からストーリー 男はつらいよ2~星降るエクスプレス寅次郎最後の夢

 


 夕方のとらや

 アルバイトを返し店を早々に閉めるとさくらは椅子に腰掛け物思いに耽っていた。
そこへ商工会の寄合から博が帰ってくる。
「いやー急な雨で参ったよ。濡れちまった」
「…お帰りなさい」
「ん?どうしたさくら。浮かない顔して」
「今日ね、昼間変な電話が掛かってきたのよ」
「イタズラ電話か?」
「それが変なのよ。どうもお兄ちゃんの声でさ」
「お義兄さん?夢でも見たんじゃないのか。お義兄さんはとっく亡くなってるはずだろ」
「うーん、そうなんだけどね。どうもお兄ちゃんの声だったし、言葉遣いもそっくりで。とてもイタズラであんな真似できないわ」
「で、なんて言ってたんだ?」
「それがね。自分は京都の宿屋で雪女に騙されて死んでしまったから、もうとらやには帰って来れないなんて言うのよ」
「ははははは。そりゃお義兄さんに違いないな。それから?」
「とらやのみんなのこと聞いてさ。おいちゃんおばちゃんが亡くなったってこと伝えたらしょんぼりしてたわ。それからね、地獄の釜の蓋が空いたらお盆に帰って来るって言ってた。あと博と仲良くしろよって」
「うーんどうも話を聞くとお義兄さんで間違いないようだね。」
「でしょ。夢なんかじゃないわ」
「この世には不思議なこともあるからなあ。御前様もこの世に思いを残して亡くなった人は成仏できずにさ迷うって言ってたなあ」
「お兄ちゃん、成仏しないのかしら?」
「どうかなあ」
「私お兄ちゃんが亡くなったなんていまだに信じられないのよ」
「まあ形ばかりの葬式だったしな。失踪宣告されて7年経ったから死亡したことにはなってるけど」
「私さ。考えたんだけど京都に行ってみようと思うの。お兄ちゃんが泊まってた旅館に」
「京都に行くっていったって何にもツテがないんだろ。どうやって探すんだ?」
「うーん。めぼしい旅館に一軒一軒電話するしかないかなあ。車寅次郎の名前で泊まった人いませんかって」
「そりゃ大変だそ。京都に何軒旅館があると思ってるんだ」
「そうよねえ。雲を掴むような話だけど」
「まあいいさ。きみの好きなようにすれば」
「うん、とりあえず明日はとらやを休んで1日電話してみるわ」

 翌日とらやを休んださくらは自宅で京都旅行のガイドブックを片手になるべく料金の安い宿から順に電話を掛けて行った。
宿屋と言っていたのでホテルを除外して30軒ほど電話を掛けてたら一泊3168円のますやという旅館が寅次郎の泊まった所だと判明した。
「はい、もしもしええええ車寅次郎さんでしたら3日前にたしかに泊まりましたよ。…それがですね、朝食に来ないから呼びに行ったら意識不明の重体で倒れてまして。だから言ったんですよ。あんな怪しい人泊めちゃ駄目だって。え、妹さん?これは失礼しました」
詳しく話を聞くと寅次郎は救急車で市立病院に運ばれたが意識は戻らずそのまま昏睡状態で入院してるという。
「それはどうもお世話様でした。入院費はこちらで払いますのて。はい、はい。よろしくお願いします」
さくらは嬉しくなって博の携帯に電話し寅次郎が生きていたことを伝えた。
 翌日さくらと博は新幹線で京都に行き、ますやに行って詳しい話を聞き、せっかくだからとそのまま泊まることにした。
その後ふたりで教えられた市立病院に行ったが面会謝絶と言われ廊下の窓からチラリと顔を覗いただけだった。
それから医者の話を聞いて入院費を払い再びますやに戻ってくると今後のことを話し合った。
「しかし参ったな。お義兄さんが生きてたなんて」
「それなこと言わないで。私とても嬉しかったんだから」
「でもどうする?意識不明の昏睡状態なんて」
「そうよね。宿の女将さんは、前の晩、舞妓さんと一緒に居たって言ってたけどどうも様子がおかしかったって言ってたわ」
「あながち雪女に騙されたってのも本当のことかもしれないな」
「そうかもね。お医者様はこのまま意識が戻らないと衰弱して長いことないって言うの」
「まあ死んだと思ったお義兄さんとこうしてまた再会できて看取ることができたのならば、それはお義兄さんにとって幸せなことなんじゃないだろうか」
「…そうね。そうかもしれないわね。でもそうだとしたら逢わせてあげなきゃいけない人がいるわ」

 銀河鉄道 北十字駅


 銀河の海を物凄い速さで走った汽車はやがて減速し盛大な汽笛を鳴らしながら北十字駅のプラットホームに停まった。
そしてハイヒールを履いた派手な格好をした女がひとりゆっくりと降りて改札へ向かう。
駅の花壇には真っ赤なハイビスカスが発光しながら咲き誇っている。
「たしかここよね。 あの車掌さんに教えられた駅は…」
 駅の広場で男がひとり大声で乗客相手に売(バイ)をしているのが聞こえてきた。
「えー寄ってらっしゃい見てらっしゃい。これは銀河名物海砂糖と言ってね。なんと材料は人の涙っていうんだから大したもんだ。食えば分かる。嬉しくなったり悲しくなったり気分はコロコロ夕飯コロッケ。論より証拠食べてみなってね。さ、買った買った。…なんでえ誰も買わねえのかい。こうなったらやけだ。やけのやんぱち日焼けのなすび、色は黒くて食い付きたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないときた。ねえ、色が黒いは何見て分かる。色が黒くて貰い手なけりゃ山のカラスは後家ばかりってね。四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭い。しゃあねえ。腹切るつもりで半額の500だ。それでも買わねえ?チクショー。こうなったらタダだ。持ってけ泥棒。どうも今日は乞食の行列だよおい。さ、そこのお嬢さん、おひとついかが?」
「お兄さん、おひとつ貰います」
「ええ、どうぞどうぞ、赤字覚悟のって…」
「寅さん!」
「リリー!おまえ、リリーだろ!!」
「そうよ。遥々会いに来たのよ」
「なんでえおめえもとうとう御陀仏かよ」
「馬鹿っ。さくらさんに頼まれて連れ戻しに来たのよ」
「そいつはありがてえ」
そしてふたりは熱い抱擁を交わした。


 それからしばらくふたりは駅のベンチに座り星空を眺めていた。
青白い星々が煌々と宇宙を照らしている。
「ねえ寅さん、さくらさんに死んだ寅さんが生きていたって聞いたときはほんとびっくりしたんだから。私寅さんの葬式でいっぱい泣いて歌も歌ったのに」
「そいつはすまねえな。俺も自分の葬式が行われたなんて知らなくてよ。気づいたら27年も帰ってねえって言うじゃねえか」
「そうだよ寅さん。あんたは大馬鹿者だよ。ひとりぼっちで」
「それが渡世人のつれえ所よ。そういうリリーはどうなんだい?所帯は持ったか?」
「あたし?あたしはねえ、まだひとりだよ。いい男もいたんだけどさあ」
「なーんだ、おめえもひとりか」
「寅さん。あんたは変わらないねえ。いいおじいちゃんになったる癖に」
「そういうリリーもあの頃のまんま。きれいじゃねえか」
「やだ寅さん。みんなにそう言ってるでしょ。あたしもいいおばあちゃんになったのよ」
「お互い、歳をとったなあ…」
「そうねえ。歌の仕事もなくなっちゃってさ。なんか生きてるのが馬鹿らしくなってきたよ」
「そんなこと言うもんじゃねえよ。生きてりゃいいこともあるって」
「そうよねえ。こうしてまた寅さんに逢えたし」
「リリー…。」
「何寅さん?」
「‥今度こそ俺と、所帯を持たねえか?」
「…うん、いいよ。一緒に暮らそ」
そう言って寅次郎の背にもたれるリリー。
優しくリリーの肩に手を回す寅次郎。
「あたしたち、もっと前からこうすべきだったんだねえ」
「ああ……回り道ばかりの人生よ」
「でも、間に合ってよかったわぁ…」

流れ星がひときわ輝き、涙に濡れたふたりの顔を照らしてゆく。


【続く】

※これはフィクションであり男はつらいよのパロディです



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