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李琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』を読む

肉体の捕囚・存在の哀しみから美しい夜明けを迎える

 この一冊は7つの話からなる。7話は「日暮れ」からはじまり、ポラリス(北極星)の光が降り注ぐ夜を経て「夜明け」で終わる構成で、セクシャルマイノリティの女性たちを描いている。1頁目から戸惑って、まず語の意味から調べて読み進めた。「ネコよりフェムリバ」は、見た目は女性的レズビアンで男役も女役も出来るが性行為はどちらかというと受け身という。レズビアンのカテゴライズは奥が深く、虹のグラデーションは13人いれば13通りあるので、確かめなければその悩みも悲しさも理解できないと思われた。
 まるで石の中に閉じ込められた人物が、もがきながら浮かび上がって来ているように感じる。肉体というままにならない牢獄に囚われ閉ざされている魂。肉体の捕囚に似て、自分の肉体に囚われ苦しく体をよじったポージングだ。セクシャルマイノリティは存在の哀しみのただ中にいる。
 第1話で新宿二丁目のレズビアンバー「ポラリス」に登場するのは、かりん、なつこ、あきら、りほ、ゆき、だが、その後、望月香凛(もちづきかりん)、北星(きたぼし)夏子(なつこ)、東峰(ひがしみね)暁(あきら)、野川(のがわ)利(り)穂(ほ)、蘇(スー)雪(シュエ)と個人名を現し、それぞれのセクシャリテイをバイセクシャル、トランスジェンダー、Aセクシャル、ノンセクシャル、パンセクシャル、クエスチョニング、の名前が付けられている。が、その存在に名前があることで安心できるのと、安心してしまってはほんとの自分のことがわかったつもりになるだけだというのと。セクマイは、自分の性を恋愛対象の方向で判断するという。厳しく根源的な人間性のあり方が示される。
 しかし、その愛の行為がなんと美しく描かれていることか。
「まるで宇宙が誕生する前からあらかじめ決められていた真理であるかのように、二人は湖に溺れるように愛し合い、砂原に埋もれるように求め合い、暗闇にとろけるように抱き合った。夏子の人生であれほどの激しい愛情は、後にも先にもあの一回だけだった。彼女といることで夏子は身体の奥底から尽きることなく勇気とエネルギーが湧き上がり、それと比例して欲望と孤独が膨らみ続けた。」(158頁)奇跡のような愛の行為、大理石の愛の彫刻像が立ち上がって来る。
ポラリスとはこぐま座の最も明るい星で、現在の北極星だ。現在の、というのは天体は動いているので、2500年頃にはほかの星にとってかわられるからだという。航海の指針となる星の位置も絶対ではない。そのようにセクシャルマイノリティは、今の位置が絶対ではない。人間存在のあり方は求める人々のエネルギーの増大によって変わっていく。肉体からの解放の「夜明け」は必ず来ると思える。

李琴峰(り・ことみ)ちくま文庫2022年6月10日発行
第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞(文芸部門)受賞作品

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