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短編小説 ドンク岩でお別れのダンスを!   

ドンク岩でお別れのダンスを!              

 小学校や中学校の遠足で登った金比羅山。女の子の足でも小一時間ほどで登れる私達にとってはご近所の山だ。

 その山に中学を卒業して以来13年ぶりに登った。
 山登りと言っても、長崎は坂のまち。両脇に民家の建ち並ぶ長い坂の石段を一段ずつ上がっていく。記憶の中にある山登りに比べて今日は思った以上に息が切れる。心臓が飛び出すのではないかと思うくらいに、「ハアハア」と苦しげに息を吐いた。身体が細く小さな女の子だった頃は、飛び跳ねるように登ったのに。疲れなど微塵も感じなかったのに。

 子ども時代は目に映る周囲の景色の何もかもが巨大に見えた。長い石段を上がりきったところから見える金比羅神社入口の鳥居。参道を暗く覆うシイの樹木。参道に立つ石塔。神社の社殿。

 それから金比羅山の広場にあった巨大な岩。カエルがちょこんと座ったようなその形から、みんなが「ドンク岩」と呼んでいた岩だ。ドンクとは長崎弁でカエルのこと。学校によっては「ヒヨコ岩」と呼ぶところもあったらしい。子どもならゆうに4、5人が岩の上に立てるほどの大きさがあった。遠足のたびに、男の子達はドンク岩のてっぺんへと競って上り、先陣争いの勝利者は岩の上で自慢げにお弁当をパクついてたっけ。

 実をいうと、今日の山登りのお目当てはこの岩。私はもう一度ドンク岩を眺めるためにやって来たのだった。

 話は中学2年の秋に遡る。

 深い緑色の古い黒板。木製の机と椅子。チョークの粉のにおい。いつもざわついていた2年3組の教室。

 私の隣の席の男子の名前は吉崎誠司といった。どういう訳か、何度席替えしても隣の席は決まって吉崎だった。そのことでクラスメイトから「あの2人はあやしか」とよくからかわれた。お決まりの相合い傘の落書きの洗礼も受けた。

 その日の席替えもやはり隣は吉崎になった。席順は公平なくじ引きで決めたから、結果はたぶん偶然の連続だ。だが、吉崎はさも当然のことのように、ニヤニヤしながら、「あれえ? また秋山の隣ばい!」と叫んだ。私が「やめてよ!」と赤面するくらいの大きな声で。

 吉崎はクラスでも勉強が出来るほうだった。実力テストはたいがい全校順位で20番以内に入っていた。だからと言ってガリ勉タイプではなく、部活にも熱心でテニス部に所属していた。運動会とか文化祭とか、クラスで何かやる時は必ず中心にいて、リーダー的役割を果たすような存在だった。一見、明るく爽やかな容姿。テニス部の後輩女子にも人気があり、次の年のバレンタインデーにはふた桁のチョコをもらうのではと噂が立つほどだった。

 いっぽう私はと言えば、少し赤茶けた髪にソバカスの目立つ顔。それで、中1のときは「アン」というあだ名をつけられた。あまり嬉しいあだ名ではなかったが、まあ、空想好きという点では「赤毛のアン」に似てなくもなかった。私の所属はスポーツ系でも文化系でもないおしゃべり帰宅部。授業が終わればさっさと校門を出た。と言っても、まっすぐ家に直帰する訳でもなく、同じクラスの寺島美弥ちゃんと、通学路の途中にある商店街であちこち寄り道して、その日学校で起こった小さな事件や出来事について、飽きることなくおしゃべりしながら帰った。

 中1の春に関東から転校してきた美弥ちゃんが東京言葉だったので、私も自然にそれにならった。

「美弥ちゃん。あのね、吉崎、頭にくる」

「和ちゃん、またあ? 今度は何?」

「だってさ、わざと消しゴムのくず丸めて投げつけるんだよ。嫌になっちゃう」

「それって、分かりやすくて、かわいいじゃん」

「かわいくない! 髪にくずがからまって最悪」

「吉崎さ、和ちゃんのことが好きなんだってば。だからちょっかい出すのよ」

「それ、もっと最悪!」

「分かってやりなよ。好きな子にそんないたずらでしかアピールできない幼気(いたいけ)な中2男子の気持ちを、さ」

「何よ、それ」

 美弥ちゃんは文学少女らしく、起こった事実を冷静に分析し、いつも大人びた感想を口にした。私の知らない言葉と世界を「もうとっくに知っているよ」というような冷めた横顔をしながら。まあ私にしてみれば、そこがミステリアスな彼女と仲よくなりたいと願った第一の理由でもあったのだが。

 消しゴム事件の3日後、また小さな「事件」が教室で起きた。

 吉崎の机の前を通り過ぎた時のこと。一番後ろの席に座っていた美弥ちゃんに手を振ろうとして、振り上げた私の手が机の角に当たった。次の瞬間、指に触れた細長い何かが飛んで床にコロコロと転がっていた。

 吉崎は一瞬の沈黙の後、すぐに起こった事態に反応し絶叫した。

「あああっ、おいの万年筆、壊れた〜!」

 あわてて床に視線を落とすと、バラバラになった青い万年筆が無残な姿をさらしていた。私は自分の小さな罪をごまかすように「ごめんね〜、ごめんね〜」とわざと軽くふざけた調子で謝った。だって、中学生のぶんざいで万年筆なんか学校に持って来るほうが悪いに決まっている。生意気だ。

「ったく……。どうしてくれると。シュワッチ!」

 吉崎は私を睨みつけ、舌打ちと大きなため息をつき、両腕を十字にクロスして訳のわからないポーズで何か言ったが、私は聞こえないふりをした。その場はやんわり無視したのだ。

 美弥ちゃんの見立てでは、爽やか系のスポーツ男子にもかかわらず、吉崎の性格はぜんぜんさっぱりしていないという。彼の粘着質な性格は「事件」翌日には表面化し、私に対するねちねち攻撃がはじまった。やっぱり美弥ちゃんの分析はいつも正しい。

「秋山、いつおいの万年筆弁償してくれると?」

「何ねそれ? あれは不可抗力。弁償の義務は一切なかと」

「フカコウリョク? へー、難しか言葉ば知っとるとね」

「そんくらい、知っとる。バカにせんでよ」

 ウソだった。本当は困って美弥ちゃんに相談したら「不可抗力なんだから和ちゃんが弁償することないよ」とアドバイスされていたのだ。だが、吉崎の「弁償しろ」攻撃は、時々思い出したように3学期までつづいた。

 中2の3学期が終わり、春休みに入ったある日のこと。誰が言い出したのか、クラス有志でお別れ遠足に行くことになった。私と美弥ちゃんも「最後の思い出にしようね」と参加することにした。目的地は金比羅山。小学校時代から慣れ親しんだご近所の山だ。

 私はあれこれ迷ったが、遠足の日に新しい万年筆を吉崎にあげることにした。これは弁償でもプレゼントでもない。私的にはただ「あげるだけ」なのだ。そう心に言い聞かせ、自分の気持ちを納得させた。美弥ちゃんも「ふーん。なら、あげれば」と意味ありげにふふっと笑いながら賛成してくれた。

 遠足の当日は春らしい陽気に恵まれた。空気のにおいも数日前から春らしく変わっていた。私達は心が浮き立つような気分で金比羅山を目指した。4月のクラス替えで、このメンバーともバラバラになるのかと思うと、幼いながらも鼻の奥がツンとなるような甘ずっぱい思いに私は包まれていた。

 ドンク岩のあるゆるい斜面の広場に着くと、さっそくみんなで缶蹴りをして遊んだ。お昼にはお弁当を広げ、何気ないバカ話に花を咲かせた。もう二度とやって来ない「今」という時間を愛しむように、誰もが饒舌だった。中2の私達は子どもでも大人でもなかった。その宙ぶらりんさを共有することで自由と心地よさを感じていた。

 ひとしきりの楽しいおしゃべりにも飽きた頃、ひとり離れて私はドンク岩に向かい、岩の窪みに器用に足をかけてゆっくりと上った。岩は3メートル以上の高さがあった。岩の上に立つとちょっとだけ足がすくんだ。だけど、そこから見上げる青い空がとても澄んできれいだった。私は小さな背伸びをして膝を組んで座った。

 あとから吉崎が上ってきて足を投げ出して横に座った。その時、突然春風がそよと岩の上を吹き抜け、私の髪が揺れた。吉崎はなぜか「ん?」と鼻をくんくんさせて、不思議そうな顔を私に向けた。

 今だ。ドンク岩の上には私と吉崎しかいない。万年筆を「あげる」なら今だ。私は意を決し、ピンクのカーディガンのポケットから細長い箱を取り出し、彼へぶっきらぼうに差し出した。

「あのさ、これ」

「何ね?」

 吉崎は赤いリボンのついた箱をあっけなく受け取り、包装紙をバリバリ破り中身を確認した。それが白い万年筆だと分かると、ニヤリと笑い、箱から取り出して右手に握った。それから立ち上がって両足を開き、胸を張って万年筆を掲げ、唐突に何かのポーズをつくり、叫んだ。

「シュワッチ! ……なんちゃって〜」

「?」

 当時の私は『美少女戦士セーラームーン』は大好きだったが、男の子じゃあるまいし『ウルトラマン』のことはよく知らなかったので、一瞬意味が分からずポカンとした。あの頃は『ウルトラマンガイア』がテレビで放送されていたみたいだけど、そんなものに興味のない私はまったく無関心だった。

「何ね、それ?」

「初代ウルトラマンの変身ポーズ。知らんと? 今度、ビデオば貸してやろうか? 特撮と怪獣ものの初期作品たい。うちのお父さんも大のファンさ」

 そう言って吉崎はまた「シュワッチ!」と嬉しそうにポーズをとった。

 吉崎の屈託ない決めポーズを眺めて、何だかバカにされているような気分になった。だんだん腹が立ってきた。私なら絶対に「月に代わってお仕置きよ!」と叫んでやるのに。

「ったく。かわいか女の子がウルトラマンのごたると観るわけなかやろ。ふざけんで、万年筆のお礼くらい言わんね」

「ん? もともと壊したとはそっち。こいって弁償やろ?」

「何でね!」

 私は悪くない。絶対に違う。私が何か言い返そうとしているところへ、美弥ちゃんと数人の男子が下から見上げて声をかけてきた。

「和ちゃん、そこで何してるの? 吉崎とまたケンカ?」

「いよっ、お2人さん! ケンカばするごと仲のよかね〜 ヒューヒュー」

 その時は、みんなにはやし立てられたことで、気勢をそがれ、私の怒りの矛先はうやむやに萎んでしまった。でも、遠足の帰り道では吉崎と一言も口をきかなかった。怒りの感情はしばらくつづいた。私が冷静さを取り戻し、ウルトラマンの変身ポーズが彼なりの照れ隠しだったことに気づいたのは、ずいぶん後になってからのことだ。

 以来、吉崎とはクラスが別々になり、卒業式までお互いほとんどしゃべる機会もなかった。体育館であった卒業の予餞会で、うちの中学恒例となっているフォークダンスを卒業生全員で踊ったことがあったが、ちょうど吉崎の前の男子で曲が終わり、結局彼の手を握って一緒に踊る機会はなかった。私は内心ドキドキしていたが、周囲の興味本位の視線のほうが気になっていたので、吉崎との順番が回ってこなかったことに、正直ホッと胸をなでおろしたものだ。

 その後、高校は吉崎が公立の進学校へ、私は私立のミッション系の女子校へ進んだ。一度高2の夏だったか、高総体県大会の応援に行った先のテニスコートで吉崎の姿をちらりと見かけたことがあった。その時は話しかけることも話しかけられることもなかった。チームメイトに囲まれ、真っ黒に日焼けした童顔は相変わらずで、身長だけがやたら伸びたなというのが、その日の吉崎についての印象だった。

 ところが、ところが、である。だんだん吉崎の存在すら忘れかけていた高3の初秋、突然吉崎から私宛の手紙が届いた。送られてきた茶封筒の中にはなぜか例の白い万年筆が入っていた。

 横書きの白い便せんにはこんなことが書いてあった。

秋山和子さま

 うす。お互い受験大変だな。おれは毎日予備校通いで疲れるよ。あっ、そうだ、来年大学に受かったら、一度映画でも観に行かないか。その時までこの万年筆預かっておいてくれよな。あの、ところで、秋山が使ってるシャンプーって何? いつもいい匂いがしてたから、何だか気になってたんだ。その答えも映画行った時に教えてくれよな。じゃ、よろしく。 吉崎誠司

 吉崎の短い手紙は意味不明といえば意味不明だった。送られてきた万年筆にも大きな「?」がついた。せっかくせっかくこの私が「あげた」のに。だが、同時に胸の奥がざわついたのも事実だ。こんな時に美弥ちゃんがいたら冷静に分析して、気の効いたアドバイスのひとつもしてみせてくれるのだろうが、彼女は高校進学と当時に福岡に引っ越して行き、もう私の近くにはいなかった。

 私はちょっとだけ迷い、2週間ほどして青い便せんに簡単な返事を書いて送った。

吉崎誠司様

 こんにちは。予備校通い大変だね。私は自動的(といっても面接あるけど)に上の大学に進学するので楽。あんまり勉強もしてないよ。今、ダンス教室に通ってるんだ。あっ、映画行く話しだけど、考えとく。吉崎の観たい映画と私の大好きなミュージカル映画の趣味が合うかどか心配だけどね。万年筆も意味不明だけど預かることにしたよ。そうそう、意味不明といえばシャンプーの件も正直に答えるかどうかその日までに考えとくね。じゃあ、受験がんばってね。バイバイ。 秋山和子

PS 今度手紙くれる時は返信用の切手は同封しないでね。私それくらいのお小遣いもらってるから。

 自分が出した返信の内容を私は気に入った。同時に、大学に合格して吉崎と映画に行く日のことをあれこれ空想もした。それは、結構悪くないイメージとして、私の頭の中で膨張した。

 だが、私と吉崎が映画に行き、白い万年筆を返すという機会は永遠に訪れることはなかった。というのは、あの手紙が届いてから2カ月後に彼は交通事故であっけなく死んだから。自転車に乗っていた彼が、交差点で大型トラックに巻き込まれ転倒し即死したという事故だった。本当に突然の死だった。身近な同級生の死という初めての現実にショックを受けたのは当然だが、それが吉崎だったことに、私には二重、三重の大きな衝撃となった。彼のお葬式には行くだけ行ったものの、泣き崩れる同級生の一群にまぎれて、頭の中は真っ白になって、ただ呆然と立ちつくしているばかりだった。吉崎の遺影は日焼けした顔で明るく笑っていた。遺影のそばには彼が愛用していたテニスラケット、ボール、ユニフォームが置かれていた。私の頭の中でドンク岩の吉崎の姿がうかんでは消えた。唐突に終わってしまったわずか18年の生涯を考えると、急に涙が溢れ出し止まらなくなった。

 過ぎ去っていく月日は、悲しみの感情をゆっくりと過去へ押し流していく。それからの私は、女子大に進学して、時間とともに少しずつ吉崎の死を忘れ、在学中にはミュージカル映画を一緒に観に行くカレも出来た。使うシャンプーも変わった。卒業後は県外で就職する友人も多い中で、叔父のコネで地元の小さな商事会社に就職した。会社の受付にちょくちょく顔を出す営業マンに声をかけられ、そのカレと3年付き合い、昨年のクリスマスにプロポーズされた。私は来月めでたく結婚し、ここ長崎で暮らしつづける。

 数年前に中学の同窓会に出席したことがあった。が、私が期待した吉崎の思い出話が出るどころか、付き合っているカレシ・カノジョや都会暮らしの自慢話ばかりで、正直ヘキヘキした。都会に行った子はあか抜けた様子で「やだ、アタシってさあ、そんなに変わっちゃった?」とはしゃいでいた。あんな自慢話の集まりに行くのは二度とごめんだ。

 だから、今日は金比羅山のドンク岩へひとりで「けじめ」をつけにやって来たのだ。そう、私がやり残した独身時代最後のけじめをつけるために。

 私はドンク岩の横の平たい岩の上にすっくと立った。広場に誰もいないことを確認し、深呼吸をひとつして、叫んだ。

「ヨシザキー、ワタシ来月結婚するとよー。今日はお別れに来たとー」

 そして、吉崎があの日短い手紙と一緒に返してよこした白い万年筆を取り出した。

「ヨシザキー、どうして万年筆ば取りに来んやったとー。一緒にミュージカル映画観に行ってー、帰りに直接返したかったとにー。どうしてねー。そいからー、ワタシが使いよったシャンプーはねー、シャンプーはねー、もうどこのお店にも売っとらんとよーだ、バーカ。吉崎、よしざき、ヨシザキー、さようならー」

 私は叫んだ後、スマートフォンからダウンロードした音楽を流し、岩の上でミュージカル『赤毛のアン』のワンシーンをまねてダンスを踊った。中3の予餞会で叶わなかった吉崎とのフォークダンスを踊るまねをした。

 私は変身なんかしない。吉崎のように早く死にもしない。踊りながら、頭の中でいろんな感情が渦を巻いた。そして、私はこの長崎でこれからもずっと生きていくのだと、そう思った。

 それからドンク岩によじ上り、両足を踏んばって胸を張り、万年筆を右手に掲げた。やっぱりちょっと足がすくむ。眼下には、木々の葉の隙間から長崎市街地の見慣れた景色が、鮮やかに広がっている。中2のお別れ遠足の日と同じように、岩の上を春風が吹き抜け、空は青く澄んでいた。私は大きく息を吸って、あの日の吉崎と同じ変身ポーズを決め、再び思いっきり叫んだ。

「シュワッチ! 月に代わってお仕置きよ! ……なんちゃって〜」

(終わり)

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