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ショートショート 『つま先』

目は口ほどにものを言うというが、僕の場合、目以上に足のつま先が物を言ってしまうようだ。ひどく熱かった昨年の夏のこと、ガールフレンドが僕に言い放った言葉が、今でもしぶとく僕の耳に残っている。
「あなたって人は、本当に私のことが嫌いなのね。そんな退屈そうにしているつま先を見ると、こっちまで気がめいってしまいそうだわ。」
実際僕は退屈していたのだが、彼女に心を見透かされたような気がしてドギマギしてしまった。
「あなたのつま先は今まで見たつま先の中で、最も感情豊かね。」と彼女は皮肉エお込めて続けた。
「一体僕の足のどこが詰まらなさそうにしているの?」と僕は返した。
「よくつま先をご覧さない。両足のつま先がこちらを凝視しているわ。足というのは人間の進む方向を定める運動器官であるということはいいわよね?」と彼女は言った。僕は取り敢えずうなずくしかなかった。
「その進む方向性を定めるということは、あなたの未来についての暗示を足、特につま先は含意しているということよ。その方向性というのは、360度すべての方向に広がることができるという点で、あなたのつま先は、無限に連続する人間の感情のアナロジーとなっているのよ。だからつま先の向いている方向によってあなたの感情は見て取れるわ。極度につまらない方向に向いているのが8本、あとは驚いているのが2本。」
「やめてくれそんな話。僕の感情を他人の庭みたいに荒らさないでくれ。」
「それは無理な話よ。そんなに怖いのなら、あなたは一生、つま先を他人にさらさない人生を送ればいいわ。そんな人生に意味があるのかは知らないけれど。」

高校時代の同級生Aはこのことについて唯一相談できる彼だけだった。
「言わずもがな君のつま先は高校の時から雄弁だったよ。」と彼は言った。
「つま先の雄弁さに比べて、君は寡黙な人だったな。ぼくらがそれに気づいたときにはすでに収集もつかないほどに君のつま先は多くを語りすぎたのだよ。君という有限な身体と自然という無限性との設置点にあった君のつま先は、有限性からほとばしる感情を無限性に向けて放出していたのだよ。有限性にてゆがめられた感情は、自然という無限性のなかで正常な形をとりもどして、他者に自信を表現していた。君のつま先は本当に利口な奴だよ。」
「このおしゃべりなつま先を黙ら説方法はないのか。」と僕は返した。
「無理だろうね。人間の感情というものは常に表出したがっている。普通の人はそれを自身の心でもって外に表出するが、さっきも言ったように君はそれが苦手だ。だからつま先から出てしまっているんだよ。もし君がつま先を黙らせたいなら、自分自身を自分で表現することだな。」と彼は言った。

つま先は、僕が衝撃の事実を知ってから、幾分かよそよそしくなった気がする。それでも雄弁に語り続けていた。つま先から感情が放出された先は、無限性が拡がっていたが、その無限性の中にはミイラの顔をした人々が安っぽいスーツに身を包んで足を運ぶ会社があっり、キラキラしているように見せかけた能面たちが列をなす大学があり、空になったカフェオレのペットボトルが、そして同じようにからの人々があった。。それらはみんな無限性から切り離された有限性であり、僕の感情の行き着く先であった。有限から逃れようと僕の感情たちが逃げていった際が結局は有限であることに僕はほっとして、皮肉を込めてつま先を笑った。

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