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シェイクスピアの『十二夜』における「男装」の意味(4)-ヴァイオラの男装は女性解放を意味するのか?

 

『十二夜』における「男装」考察


 『十二夜』における「男装」考察シリーズの最後として、「女性の男装は女性解放を意味するのか?」を分析しましょう。答えはNOですが、なぜNOなのでしょう。

男装の下の女性性


 ヴァイオラは、服装は男であっても服の下には常に女性性を保持していました。彼女は、オーシーノに向かって言いました。「僕の父に娘がいて、ある男性を愛しました。/ ちょうど、僕が女だったら、/ あなたを愛したように」(河合祥一郎訳、角川文庫)。自分は男の服を着ているけれど、中身は女だということを訴えているのです。
 また、自分に恋心を寄せるオリヴィアに向かって言いました。「僕には一つの心、一つの胸、一つの誠があって、/ それは女性には捧げられない、一生涯。/ それをものにする女性はいない、僕以外」(同)。今だったら、ゲイであることをカミングアウトしているととらえられるでしょう。

人違いと結婚


 観客・読者は、一体いつヴァイオラは自分の正体を明かすのか、どうやったらオーシーノとの恋を成就させることができるのかと心配すると思いますが、大団円は思わぬ形でやってきます。
 四幕で、ヴァイオラの兄のセバスチャンと遭遇したオリヴィアが「私の心臓は、ほら、こんなにもドキドキ」と言いながら、ヴァイオラとそっくりなセバスチャンをすっかりヴァイオラその人だと思いこんでしまいます。そして、次に現れたときには、オリヴィアはセバスチャンに「ご一緒に、こちらの聖なる司祭様と/ 近くの礼拝堂へお越しください」と言い、二人はすぐさま結婚式をあげるのです。急にとんとん拍子に事が運んでいきますね。オリヴィアはヴァイオラのことが好きだったわけですし、セバスチャンは本物の男ですから、美しいだけでなく身分が高くお金持ちのオリヴィアにアプローチされて、天にも昇る気持ちになるのは当然でしょう。
 こんな人違いが起こった結果は大体予想できますね。オリヴィアは本物のヴァイオラから冷たくされて、「ひどい、騙されたわ」と憤慨。登場した司祭が二人が結婚したことを証明。そこにセバスチャンがやってくる。ヴァイオラとセバスチャンの兄妹が再会。ヴァイオラが女だということを知ったオーシーノは、ヴァイオラに求婚。こうして二組のカップルが出来上がるのでした。

家父長制は揺るがない


 このようにみてくると、ヴァイオラは男装したことによって、少しも男性化していないことがわかると思います。前にも書きましたが、ルネッサンスにおいて女性の男装が男たちにとって恐怖だったのは、女性が男性性を身につけること、特に、男性の性欲と性の奔放さを身につけることでした。
 ヴァイオラは決闘の申し込みに怯えました。彼女の恋は秘めた恋ですから、まったく奔放ではありません。ヴァイオラの男装は家父長制を揺るがすものではないのです。服装がどうであれ、彼女は常に女性であり続けました。そして最後にはオーシーノ公爵の庇護のもと、家父長制をより強化するのに力を貸すのです。

オリヴィアが家父長制の脅威


 家父長制の脅威となったのは実は女装した女性のオリヴィアだったのです。オリヴィアは貴族です。貴族にとって重要なのは家を絶やさないために跡継ぎをつくることです。それなのにオリヴィアはオーシーノのアプローチに見向きもしません。オーシーノ公爵はこの国の領主で独身で、見た目がいいかどうかはわかりませんが、とにかく、結婚相手として文句のつけようがありません。そんな男性を退けるなんて、オリヴィアは男性社会にとっての脅威なのです。
 これは、今回のテーマとは違うことではありますが、シェイクスピアの喜劇においては、誰かが誰かを好きになるのに、明確な理由づけがなされない傾向があります。『夏の夜の夢』でも、どうしてハーミアは二人の似たような男の一方を好きなのか、ハーミアよりも背が高くて色白なヘレナがなぜふられなければならないのか、理由はまったく説明されません。

ハッピーエンド


 オリヴィアは見た目は女性でも心が男性であるために、懲らしめられなければなりませんでした。男装の女性・ヴァイオラを好きになってしまい、観客はそれを笑う―これがオリヴィアに対する罰です。『夏の夜の夢』で、夫に従わない妖精の女王・タイターニアが、恋の媚薬によって、ロバになったボトムを好きになってしまって観客に笑われるのと同じ構図がここにはあります。
 オリヴィアがコミカルな役回りを演じるはめになったのは、ヴァイオラのせいです。ヴァイオラは同じ女性であるオリヴィアの自立心を妨げる役どころを演じたわけです。こうして、『十二夜』では二組のカップルがめでたく出来上がり、ハッピーエンドになるのでした。


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