見出し画像

佐々木幹郎「カトマンズ・ディ・ドリーム」五柳書院

この本に出合ったのはネパールに初めていった時。カタール経由の便の中で読んだ。インド大陸は4000万年ほど前、赤道より南にあって大陸とつながっていなかった。それが北上してぶつかってできたのが、ヒマラヤ山脈なのだということを知った。東西3000キロにわたるこの山脈の長さは衝突のすさまじさを語っている。

俺は6年前、現地の人から強く勧められ、ブッタエアという小型ジェットで空の上からヒマラヤ山脈、そしてエベレストを見た。感動・・息をのむ迫力だった。

ヒマラヤの造山活動は何回にも分かれて行われ、約60万年前の造山活動でできたそうだ。ヒマラヤは巨大な岩の塊で、夏の太陽が山々を熱すると上昇気流が発生してその風がインドにふく。これが「熱帯偏東ジェット風」という猛烈なスピードの風に変貇するのだそうだ。

そんな風土の中にヒンズー教は確固たる位置を確立している。ヒンズー教の標(しるし)としての「ティカ」は供え物である山羊の血を額につけるもので、もともとヒンドゥの神の足の埃を意味する。人々が神々の前でひれ伏して、神々の足の埃を額につけたのが始まりなのだそうだ。

この「ティカ」は第3の眼を意味している。神の眼なのだ。眼には魂が宿る。だからイスラム教徒は昔、異教徒の地を征服すると、神像などの眼を抉り出したそうだ。ヒンドゥ教では男神の力は女神の力を借り、彼女とあわさることでその破壊力や想像力を発揮する。だから神々は絵や彫刻の中で抱擁と愛撫を繰り返す。ジンガもその例の一つだろう。

とにかくこの国の神々は人間臭い。

この本で意外な事実をしった。富山県の利賀村はツクチェ村と友好盟約提携を結んでいるというのだ。「蕎麦の館」「瞑想の館」はその提携の象徴となっている。ツクチェは人口1万人のタカリー族の本拠地である。

タカリー族は「塩の街道」を往来する商人として有名である。「瞑想の館」にある曼荼羅絵は実際にチベット仏教の曼荼羅絵師が利賀村に住みついて書き上げたものらしい。

富山に来て19年、ネパールとの繋がりを持ってからは6年になる。またいろんな国のキラキラした瞳に出会いたい!これからも楽しみだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?