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トマトジュースと恒常性。

永遠に変わらないものを望みつつ、何一つ変わらなければ、それはそれで不自然で気持ち悪いと吐き捨てる性が人間には、いや、少なくとも私にはある。

12時間睡眠の後は、重さや怠さを超えて、自分の挙動を認識することにも一瞬のラグが発生する。ただスマホを取ろうと腕を伸ばす動作さえ、この腕は私のものなのだろうかと、違和感だらけで、無を掴み取ろうとしている気さえする。寝すぎは良くない。現実が私の身体を弾き出してしまう。

起きた時点で既に夕方6時。日は沈んでいた。朝日を浴びることが今日は叶わなかった。悲しい。それでも、最低限外に出るかとバーに行く。ドアベルがチリンチリンと鳴る。聴き慣れた音。

メニューを手渡されるものの、チラリとも見ず、ブラッディマリーを頼む。トマトジュースにウォッカにレモン一切れ。飲み慣れた味。何も変わらない。

何かが変わることに期待する自分がいながら、何も変わらないことへの安心感、そして願いを抱えている。大きな矛盾だ。我儘極まりない。ある一面で変わってほしいと強く望みながら、何も変わらないでと安心感を感じたいのだ。

自分から何かを、変えたい、変えたくない、ではない。変わってほしい、変わってほしくない、だった。私の意思はない。余計にタチが悪い。

トマトジュースは赤い。変わることのない事実、なのかな。トマトジュースが青くなったり、黒くなったりすることはなさそう。安心する。

このバーは、従業員が変わることはあるから、それでも空間は、暖かさは変わらないからどちらかといえば安心。昼時は閉まっているけど、夕方から店を開けてくれるから、夜の暗い孤独に呑まれそうになった時に、ここに来る。

酔ってきた。あまりいい言葉が見つからなくなってきた。ブラッディマリーの、いつもの馴染みある、変わらない味にやられて、私に酔いという変化が起きる。人間はナマ物だ、勝手だ。いつだって私は、不変と諸行無常の間にいる。

帰ったら何をしよう、また寝るのかな、眠らないといけないのかな。変わらないものという幻想を夢見ながら。変わってほしいと叶わぬ妄想に浸りながら。

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