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遺品整理のバイト

先日、バイトで遺品整理を行った。
その時に考えたことを言語化していこうと思う。



他人の実家


とあるバイトで、リサイクル用品の仕分けという募集があり、行ってみることにした。
集合場所は一階がテナントの建物だったので、つぶれてしまった店舗の物の回収や、回収してきたものをそこで分けていく仕事なのかなと思っていた。
しかし仕事の場所はそのテナントでなく、隣接しているアパートの一室だった。

リサイクル用品の仕分けとはつまり、遺品整理だったのだ。

壁が傷つかないように養生で保護された部屋に入ると、その家独特のにおいがした。家の作りも古く、階段も急で、ノスタルジックな誰かの家の実家だった。

家の中には、冷蔵庫、タンス、椅子、テーブルなどの生活用品がそのまま残っていた。

一階の和室の古いタンスを開ける。
中身が空の段も多くあったが、メガネや何かのキャラクターのキーホルダーのようなもの、アクセサリーといった小物が多く入っていた。それらを取り出し、リサイクルに出せそうなものとそうでないものの仕分けを行うのが筆者の主な仕事だった。処分するものについては、紙類、金属類、危険物類など、種類ごとに分別を行いまとめた。

空になったタンスは、回収用のトラックに詰め込んだ。
リサイクルのため、別の場所に持っていくらしい。


二階の部屋


社員からの指示を受け、二階へ向かった。
二階には誰かの学習机があって、その上にはものが煩雑に置かれていた。
この部屋の主は片付けが苦手だったのだろうか、化粧品の箱や何かの透明フィルム、ゴミが落ちていた。

学習机の引き出しを開け、片付けを進めていく。
特に詮索するつもりはなかったのだが、出てくるものの種類や状態から、どんな人が使っていたのかの人物像がなんとなく見えてきた。
この部屋の主は女性で、福祉系の勉強をしていたようで、福祉のテキストが机に並んでいた。付箋がたくさん貼ってあり、使い込まれてくたびれたそれを見て、勉強熱心な印象を受けた。

他には、ゲームやゲームの攻略本、アニメのDVD、キャラクターのグッズがたくさん出てきた。同人活動をしていたようで、手作りのコピー本や他のサークルからの手紙なども出てきた。当時仲の良かった人と交換し合ったのか、イラスト付きの色紙、イラストを練習した後の紙やノート、プリクラで撮った写真も出てきた。

リサイクルできなさそうなものは全て処分とのことだったが、こういった写真や手紙なんかも処分してしまうのかと、どこかいたたまれない気持ちになった。

そして全くの赤の他人が、これを見てしまっても良かったんだろうかと、申し訳なく思った。

片づけを進めると、更にその人の人生の一部が見えてきた。
推しのグッズ、履歴書、傷病手当の申請書類、所属していた職場の名札、日記、ガラケー、昔のゲーム…
ここで人が生活していて、色々な出来事があったのだろうと思った。

押し入れから大量にCD、カード、DVDが入っていて、袋にしまってあるもの、未開封のままの物もたくさんあったので、買って満足してしまうタイプの人だったんだろうか。

どこかおおざっぱで、好きなものはとことん好きで、真面目なところもあって、人との交流も大切にする。

そんな人が住んでいた部屋だった。


一家の輪郭

二階がある程度片付いたので、一階の片付けを行った。
キッチンの横に本が大量に積んであった。看護に関する本だった。本一冊一冊が使い込まれていて、本の側面に判子が押してあった。
ある時からその判子の苗字が変わっていたので、結婚したのだろう。
母親にあたる人の所有物だと推測できた。病院の事例報告書みたいなものも挟まってあり、病院勤めだったんだろうか。
その影響で娘も福祉系の仕事に興味を持ったのか。
娘が小学生の時に書いたのであろう、親にあてた手紙のようなものが出てきた。大事にとっておいたのだろうな、と思った。これも処分してしまうのか。
介護用の肌着が戸棚から出てきたが、使用感がなく、きれいな状態で奥の衣装ケースにしまわれていた。

溜まっていた郵便物の宛名から、この家に住んでいた家族の全体像が見えてきた。
二階は娘の部屋と寝室、一階の和室は祖父母の部屋だったのだろう。空になっている引き出しが多かったのと、病気か高齢かで、介護が必要な状態になったのだと思う。おそらくあそこには衣類がしまってあったはずだ。

結婚して、娘が生まれて、娘が育って家を出て、親は介護が必要になって…
そんな家族のライフサイクルがあったのではないだろうか。


最後に


作業中は淡々と片づけを進めていたが、仕事を終えてからの帰り道、何かを考えずにはいられなかった。まさか他人の人生に触れることになるとは思わなかったのだ。
他人がそこで生活していた痕跡はとても生々しく、手紙や写真や同人誌など、ある人にとっては価値があってこの家に残されていた物が、値段もつかず処分される。売れそうか、売れなさそうか、機械的に判断し処理されていく。その物に宿った人の思いが消えてしまう瞬間を目の当たりにして、じわじわと苦しくなった。

ここにどんな人が住んでいたのか、いつまで住んでいたのか、誰が依頼したのか、どんな事情があったのか、詳しいことは聞いていないし説明されていない。

業者に頼まざるを得ない事情があったのか。
全て消しさることで後腐れなくさっぱりするものなのか。
筆者にはわからない。

しかしこれで、時間の止まっていたこの家にまた新たな風が吹くのかもしれない。
またこの場所で、新しい人生のドラマが始まるといいなと、そう思った。

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