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【現代~未来のSNSをイメージ】男女の友情 SNS 別れの始まり【椅子さんへ】

男女の友情 SNS  別れと始まり

人々の眩しい生活の場面が垂れ流されている。『〇〇旅行!帰りたくないけど息抜きできた!また来週からがんばれ自分w』胸糞が悪い。『相方と〇〇食べた!めっちゃうま』その加工されすぎた相方と写った写真は、到底普通に生まれた人類の顔とはかけ離れている。それをかわいいと礼賛する閲覧者達。傍観者としては気持ちの悪い馴れ合いにしか見えないのだが、自己顕示欲と承認欲求の為に生きている物達の必死な馴れ合いは、酷く滑稽に見える。私が他人と交わらないようにしている事がとても高貴なように感じた。鼻で笑いながら画面をスクロールしていくと、大同小異な投稿ばかりが並ぶ。こいつらだってきっと、日々、白黒の人生を送っているんだろうに。時折の眩しいほどの非日常だけを切り取って『私は生きていて幸せです』と主張し、他人が発する幸福に当てられないよう、必死に生きている。清々しく禍々しい。

カランコロンとカウベルが鳴り、あなたが店内に入って来る。キョロキョロと店内を見回し、私を見つけると、案内しようと近寄ってきた店員に笑顔を向け、手で制した。あなたの笑顔を向けられて嫌な思いをする女はいないよなー。と、ボンヤリと思う。背は180cmと言っていただろうか?少し長めの髪の毛にはパーマがかかっている。背すじはピンと伸び、服装も垢抜けているから、職業モデルだと言われてもそれほど驚かず、真実だと信じる事ができるだろう。私がホットコーヒーに口をつけ、マグカップをソーサーに置いた時、丁度あなたは私の正面の席に辿り着いた。アウターを脱ぎ、黒い無地のUネックのロンTになると静かに椅子に腰掛けた。私達が座っている席は、窓際の歩道に面しており、すぐそこには交通量の多い交差点がある。歩行者用の横断歩道の信号が赤になっているから、歩道には人だかりができ始めた。そこにいる女達があなたの姿を見つけると、窓の向こうからチラチラと視線をこちらに寄越す。「見られてるよ」私は不機嫌そうに伝える。「興味ないわぁー」語尾が伸びるその喋り方は嫌いじゃない。あなたは外から覗き見ている女達をチラリと見ると「見てんじゃねーよ顔面交通事故共」と笑顔を浮かべて言う。外から見ている女達はきっとこの笑顔に騙されたのだろう。姦しく、お互いに顔を見合わせて微笑み合っている。自分達が貶されているということも知らずに。

アイスコーヒーを注文するだけなのに、女の店員は私の時よりも猫撫で声で、舐め回すような視線だった。この女はあなたの事を何も知らないからこんな風に媚びているんだと思う。「やれやれ」あなたはスマホを取り出し画面を見ると分かりやすく眉間に皺を寄せる。すぐに片頬を吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。注文したアイスコーヒーが届く。スマホをいじり続けながらも「あ、ブラックで」と、先ほどの黒い笑顔とは違い、とても優しい業務上の笑顔で受け応えをしている。テーブルに置こうとしたグラスを、あなたが手を差し出し受け取ろうとする。店員と手が触れた。しかしあなたは謝ることもなく、張り付いた笑顔を店員に向けると「ありがとうございます」と声をかけた。ごゆっくりどうぞ。そう声をかけた店員の頬は赤く染まっていた。

「ちょっとまってねー」相変わらず語尾を伸ばしながら綺麗に整えられた指がスマホをいじくり回している。「こいつほんとにめんどくせーんすよー」スマホを持ったままバタリと机に突っ伏してしまった。スマホの画面には『次いつ会える?』と相手からのメッセージがあり『んー?そのうち?』という返事をした画面が見えた。そのうちという返事はいかがなものかと思ったが、この男の性格なら往々にしてありえるなぁとも思った。そんな事を思っていると、あなたは体をズルズルと起こし始める。その途中で広めに開いた襟ぐりから見える胸元には、赤黒い斑点のような模様が見える。「あなたそれキスマーク?」呆れたように問いかけると「覗かないでくださいます?」そう言っておどけてみせる。なんの悪びれもなくそう言ってみせるあなたは嫌いじゃない。「また新しい相手?」私はいかにもつまらなさそうに頬杖をついて聞いてみた。「そうそう。SNSでキラキラした日常を投稿しまくってるからさ、なんかムカついたのと、どんなやつかと思ってDMしたんさ。そしたら妙にガードが固くてさ、先日やっと攻略してさ。そしたらなんとですよ…?」あなたは私に耳打ちをしようとして体を乗り出してくる。なんだよめんどくさい。そう思いながら耳を近づけると、いきなり耳に息を吹きかけてくる。吹きかけられた側の体が粟だち、声にならない声を上げてしまった。あなたはそれを見てケラケラと笑っている。頬が熱い。私の顔が赤くなっているのにきっと気づいているのだろう。笑いをクククと噛み殺している。「で。なんとどうしたのよ?」心臓が早鐘を打つのを悟られないよう、務めて冷静に言い放つ。「人妻だった。しかも子持ちでさ、実際会ってみたけど実物なんて予想通り大した事ない女だったよ。でさ。必死に言い訳し出すんだよ。「いつもこんな事をしているわけじゃない」とか言って。ふーんだよ。ふーん。でもさ、必死にオシャレしてきました感が出てましてね。そんな相手に何にもしないで帰すなんて男のやる事じゃないっしょ?セックスして現場写真を抑えて不倫だねーって画像付きの連絡したらメッセージが鬼のようにきてめんどくさいから今ブロックした」何事もなかったようにそう話す。「で、そのキスマークはその人妻につけられたわけね?」会ったその日に肌を合わせ、人妻を虜にしてやったというわけか。「ん?これはさっきつけられたやつ」どうやら私の考えが甘かったらしい。首元を引っ張り先ほど付いたばかりというキスマークを見せつけてくる。鎖骨が綺麗に浮かんでいて艶かしかった。

「あなた。そんな事を続けてるといつか刺されるわよ?」心からそう思っている。「いや、まぁ。それはそれでしょうがないよ」あっけらかんと言い放つ。アイスコーヒーを飲み干してしまったようでストローでズルズルと音を立てている。あなたを刺すとしたら私かもしれないなとぼんやりと思う。以前あなたと話している時、なぜそんな人道や倫理から外れた真似を繰り返しているのかと聞いたことがある。マッチングアプリではプライドの高そうな女をわざと選び、孤独という地獄に叩き落とす。SNSでは私は幸せだと高らかに宣う輩を滅茶苦茶にする。その代わりにあなた自身がその対象を抱き、その対象が今後訪れる不幸を予想することもなく抱かれる様が堪らなく興奮するのだといった。捻じ曲がっている。愛や恋、気持ちや心の宛先が狂っている。ただそれは私の中にある物差しが刺す距離感に過ぎないから、あなたにとっては酷く普通で物足りない事実なのだろう。

「っていう男友達がいるんだけどどう思う?」今日これといった話をできないまま、あなたと別れ、私はアパートを目指して帰路に着く。家に着くとスマホのアプリを立ち上げた。その瞬間に私の天地は逆さまになる。自分の心臓の鼓動が聞こえた。目を開くと、天井と壁面は黒が基調で、その表面では0と1や、プログラムのC言語に似た文字と記号が滑っていく。現在進行形で数字や記号、アルファベットがとてつもない速さで入力されている。もしこれが本当に入力されているとしたら、凡そ人間がこなせる技術ではない。しかし、忙しなく流れていく記号を眺めていても不思議と嫌な気持ちにはならない。緑の文字がボンヤリと発光しているからか、スマホやパソコンの画面の光みたいな暴力性は感じない。明るいわけではなく、暗すぎるわけでもない。なんて心地がいいんだろう。目の前に誰かが現れても、私の顔がはっきりと見える事は無いから心が落ち着く。なぜか早鐘を打っていた心臓が落ち着いていった。誰かが来るまで薄暗い部屋を見回してみる。入り口が無かった。一体何をどうしたらこんな空間を作ることができるのだろう?部屋の四隅を壁沿いに歩いてみるが、入り口はやはり無かった。生産性のない行動だなと思って、ぼんやりと壁に背を預け、ズルズルと力なくしゃがみ込んだ。誰も来ない。そう思っていると、スマホの通知音が鳴った。画面を見てみると『2名の入室がありました』と表示されている。誰だろう?顔を上げると部屋の中心に人影が浮かび上がり、徐々に色や生気が宿りその姿が明らかになった。

「ごきげんよう『あまのじゃくさん』久しぶりね」『狐』さんは狐の仮面を被り、上品に仕立てられた着物を着ている。簪でまとめ上げられたうなじが妙に艶っぽく、こんな女性が男を狂わせるんだろうと思った。同じく現れた『塩顔』は顔を隠すこともなく、薄くてなんの特徴もないつまらない顔をしている。笑顔を浮かべてはいるが、口角が片方しか上がらないから意地が悪く、常に何か、誰かを見下している、そんな風に見える。しかし実際は至極真っ当なので、この界隈のルームにおいては人格者扱いをされている。ただ実際に狐さんや塩顔が男なのか女なのかは、アプリで設定した見た目になるから全くわからない。気楽な関係に簡単に浸ることができるようになったなと思う。そして今日あった話を一通り話し終え2人に意見を求めた。

「清々しいほどのクソっぷりだね。ウケる。同じ男して羨ましいよ」塩顔が意地悪そうな笑顔を浮かべている。「確かに塩顔さんの言う通りですねぇ、私は一応女ですけどそんな男には引っかかりたいとは思いませんわ」凛として楚々とした佇まいから想像通りの話し方をする。あぁ2人とも見た目通りの性別なのかとぼんやりと考えていた。「あまのじゃくさんはどう思うんだい?」塩顔が真っ直ぐこちらを見つめて問いかけてくる。「えっ…あぁ…そうね」ボーッとしていたからか返事に窮してしまう。「なんで…そんな事をするようになったのかなーっていつも思う」私は床に座ったまま『あまのじゃく』としての意見と、私としての意見を使い分けることなくそう呟く。何て楽な空間なんだろう。「あまのじゃくさんはその男の事が好きなんだろ?」塩顔が相変わらずズバリと物を言う。「そう…だね、そうだと思う。いや、そうね。こんな危うい人が本当に大切な人とする恋愛はどんなものなのだろう?って。あともし彼と幸せになる事ができたならば彼に陥れられてきた女達に対して優越感に浸る事ができるだろうなぁ。とかも思ったりもするわ」狐さんと塩顔が顔を見合わせている。「愛して、愛されたい。自尊心も満たして、そこら中の有象無象な女達を見下したいの」素直な気持ちを話す。きっと彼の前や、現実世界で話すことは無いだろう心中を明らかにする。

塩顔がポカンとしている。「狐さんや?」昔話のお爺さんのような口調になっていた。「どうしました塩顔さん?」こちらはお婆さんだ。「こちらにも違うベクトルでヤバい思想をお持ちの方がいらっしゃったよ」目を丸くして塩顔がそう言った。「あら?そうかしら?私はそれほどおかしいと思いませんわ?恋愛や結婚、パートナーと一緒にいるということは、そういう欲求を満たすという事だってあるんじゃない?」塩顔がなるほどといった感じに頷いている。「僕は好きだから一緒に居たい。そう思うけど…それだけではないということか」狐さんがケラケラと笑う「塩顔さんって意外とロマンチストなんですね?もしかしたらまだまだお若いんじゃないんですか?」口元を手で隠して笑う様が美しい。「詳細は黙秘します」2人のやりとりが心地良かった。一通りわちゃわちゃした後、狐さんが私の方を向く。「あまのじゃくさん。自分を大切にしてくださいね」狐さんがそう言ってくれた。お面の下はどのような表情なのか、当たり前だが何一つ分からなかった。

それから何人もの人達がこの部屋を通り過ぎて行く。何も言わなくても集まってくる仲の人。ただ一瞬だけ現れて消えていく者。この人達は本当に存在する人達なのか。精巧に息を吹き込まれたAIやそういった類なんじゃないか、もしかしたら死人だって、人ではない何かという可能性だってある。もしかしたらとてつもなく近しい人物なのかもしれない。しかしそんな事を考え出したらキリがない。きっとどれだけ親しくなったとしても、人生で見てしまえばほんの一瞬だけの袖擦る縁。この場所はそういう所。去るものを追えず、来るものは拒めない。そんな危うい場所で少しだけ私は満たされた気がする。わいわいと盛り上がる空気を乱したくなかったから何も言わずアプリを閉じ、現実の世界に戻ってくる。窓の向こうには夕暮れか朝焼けか、どちらか分からない空が広がっていた。

「でさ。暇だったからブロックしてた人妻に連絡してみたんよ?そしたらその人妻がさ。旦那と別れて俺と一緒になるって言い出したんだよ。キターって感じ!」また同じ喫茶店であなたと向かい合っている。相変わらず首元が開いたロンTを着ているが、どうやらキスマークはもう消えてしまったらしい。その人妻の表情や、慌てふためく様を面白おかしく語る様は、美しいものが醜いものを嘲笑うそのものだと思った。「号泣しながらしがみついてくるんだ。あなたを選ぶと言ったからもう旦那とは戻れない。どうしてくれるんだ。ってさ。知らんよな。勝手に盛り上がったのはいい歳した臭いババアなわけだし。それでさ、ゴメン。そんなに俺の事を思ってくれていたんだね。っていったらさ、顔色がパッと変わるんだよ。何期待してんだって思ったね。あとはなんか。とりあえず色々罵倒しといた。で、飽きたから帰ってきた」あなたの話をふんふんと聞き続ける。「それでその人妻はどうなったの?」興味が尽きたおもちゃのことはあまり覚えていないらしい。「その場で崩れ落ちてなんかブツブツ言ってたけどー。そのあとは知らん」あなたのこういう所は嫌いじゃない。「先日のキスマークが消えているようだけど、その子とはどうなったの?」えーっと。といったわざとらしい素振りを見せる。「どの子のことだろう?」眉間に皺を寄せ、スマホのメッセージアプリを立ち上げる。必死に思い返そうとしているが本当にわからないようだった。

「あなたのスマホの通知状況はどうなってるの?」呆れたようにそう言うと、あなたは誇らしげにメッセージの一覧画面をこちらに向ける。とてもあなた1人が捌き切ることができない量の通知が溜まっていた。ただ1番上に表示されている1人を除いて。その1人の名前は私で、見知ったアイコンにはピン留めがされているマークが付いていた。「なによこれ?」私は驚いたフリをしてみる。「君からの連絡を有象無象と一緒にしたくはないからねー」軽口をたたきながらこちらをちらりと見てくる。「ね、いつになったら付き合ってくれるの?」嘲笑うような笑顔が現れた。「そんなの今初めて聞いたんだけど?」体が熱を帯びてきた気がする。

ある日、男との予定が流れてしまった。時間を持て余していた私は、人々の独り言が呟かれているアプリを、1人用のソファに無理な体勢で寝っ転がりながら見ていた。なんの生産性もなく、人間の脳みそが生み出す汚物が垂れ流されているだけの空間。ハッシュタグから別のユーザーへ。私はどんどんその空間の奥深くへ潜っていく。私の仄暗い人生を、再び輝かせてくれる何かを見つけるために。どこまでもどこまでも。その途中で私は道化のアイコンを見つけた。何故だかわからないが、妙に私の気を惹く。そのアイコンをタップしそのアカウントのページへ飛んでいくと、ほとんど何も手を加えられていない画面に飛んだ。フォローもフォロワーも0。死にアカかと思ったが、そこに閲覧制限はなく、それなりの頻度で呟きが更新されている。問題はその内容だった。『楽しい幸せだと顔面に描いた奴の顔』『彼女とのペアリング?それ俺と昨日寝た女な』『セックスが好きなんじゃなくて、体を許した女を放り捨てるのが好き』『何考えて男のもん咥えてんだ?』この人はこういう人なんだ。そう割り切れないSNSの下賎な輩が、自らの正義を、文字という剣に変え、罵詈雑言を浴びせている。そのコメントに対して道化のアカウントは静かだった。目くそ鼻くそといった呟きやコメントが流れていく中で、異質を放つ呟きがあった。
『ただ愛したいだけなんだ』
と。それがどういう意図で放たれたかはわからない。しかし生きることを諦めかねない砂漠に、一雫だけ溢れた一滴の水のようにも見える。私の指が自然とその言葉に反応した。
『私も』
たったそれだけの言葉を残すと、急に揺蕩う眠気に誘われる。その瞬間、ある男から着信があったが、飽きたおもちゃからの連絡など欲してはいない。今更なんの用かと思い舌打ちを1つ。通話は繋がっていないけれど、この不愉快な想いが、通知を鳴らしてくる男に届けばいいな。そう思いながら私は眠りに落ちた。

不愉快なまま眠りについたからか、ひどく汗をかき、部屋着が肌に張り付いて気持ちが悪い。その場で全てを脱ぎ捨て、浴室でシャワーを浴びる。控えめな胸の上を、滑らかにシャワーのお湯が流れていく。『ただ愛したいだけなんだ』私もそう思う。壊したいわけじゃない。ただ私が求めている恋焦がれるという気持ちや、一喜一憂を知っている人間が忌々しいのだ。どうしてこうなったのかはわからない。私はただ、私が他人を愛することができる人間なのかどうかが知りたかった。これまですれ違って来た男達が触れた場所が気持ち悪い。酷く汚れてしまった気がした。シャワーを止め、それなりに男が好むであろう体にバスタオルを巻き付ける。うつ伏せに寝転んでいるスマホ取り上げると、私が残した一言に返信があった。『会おうよ』仄暗いSNSの奥底であなたと繋がった瞬間だった。

今あなたは何を思って私を見つめ、付き合おうと言っているのだろうか?ただ、いつもよりも少し真剣な眼差しをしている気がする。しかし、頬はいつものように薄っすらと笑って見える気もする。

「『私も』って言ったやん?」そうね。「言ったわ?」それがどうかしたのかしら?「彼氏いるの?」いるわけがない。「いないわよ」ただ愛したいだけなのに。「じゃあいいじゃん付き合ってよ」
今ここで『うん』と言えばどうなるだろう。「あなたはたくさん彼女がいるじゃない」どうすればあなたを独占して愛してもらえる?「彼女じゃないっすよ。ただの暇つぶし」そんな女達を私はあなたから蹴り落とすことができるだろうか。「私ってさ。こう見えてやきもち焼きなの」嘘だけどね。「へぇ?可愛いところがあるんだね」嘘だけどね。「どうして私と付き合いたいの?」これは本当。「好きだからだよ」本当かしら。

もしあなたと一緒にいることになったら私はどうなってしまうのだろう。あなたがこれまで食らい嬲り尽くしてきた女達のようになるのだろうか。それとも私がこれまで咥え込み食いちぎってきた男達のようにあなたがなるのだろうか。私とあなた。似た者同士。きっとあなたは、私が、あなたと幸せになることを憎いと感じるようになるでしょう?そして私も、あなたが、私といることを幸せと感じるならば、それが憎らしくてたまらなくなると思うの。だから私達は永遠に交わることはないの。ただ純粋に他人を愛するという事ができない人種なのよ。きっと。それでも少しだけ。本当に少しだけ。誰かが言っていた、『好きだから一緒にいたい』という言葉を信じてみたくなった。

ねぇ狐さん。私は自分を大切にはできないわ。

相変わらずあなたはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。「君が言うなら他の女とももう会わないし連絡もとらんよ。あと道端で俺のことを見てくる奴らや、ここの店員みたいに猫撫で声で何度も水を勧めてくる奴にブスって声かけて回るし?あとそうだな。自分達が幸せですっていう承認欲求や自己肯定感高めの陽キャに手を出すのもやめるわ」最後の方は笑い声が混じっている。きっとこれまでの女達にも同じ事を言ってきたんだろうなと思った。しかし、それでもこの話に乗ってみるのも悪くないかもしれない。蜘蛛の巣に自ら飛び込み、食らい尽くして捨てられるか。それとも私が食って吐き捨てるか。破滅的な思考に体が歓喜に震えている。

「いいわよ?付き合いましょうか?」

あなたは妖艶な笑顔を浮かべた。しかしその瞳は無機質に、ただ黒く塗り潰した丸でしか無いように思える。「じゃあよろしく」握手を求められた手が蜘蛛のように見えた。手を添えた時、その冷たさと骨ばった感触に背筋が凍る。口角が片方だけ上がった意地悪な笑顔が、妙に印象的で、どこかで見たことあるような気がした。しかし今はそれがどこだったかは思い出すことができない。ただ、あなたとはこの喫茶店ではない所で出会った事がある気がする。人を愛するという事を肯定すると言っていたような。その違和感が拭えないまま、私達は喫茶店を出て最寄りのラブホテルを目指す。

私かあなたか。どちらがどうなるか。

既に蜘蛛の巣が張られていたという事に私は気付いていない。あなたに抱かれながら、私はきっとどこまでも堕ちていくと思った。友情ともとる事ができない私達の関係が今1つになり交わっていく。終わりに向かってあなたが動き出し、私もその動きに合わせ腰を振り始める。 

今日起こったことを狐さんと、塩顔に報告しようと思った。

おわり

©︎yasu2024


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