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【届け】安らかに生きるすれ違ったあなたへ【この想い】

安らかに生きるすれ違ったあなたへ

私は今、走っています。なぜかというと、逃げなければならないからです。何から?ですって?あなたには私がなぜ逃げているのかがわからないんですか?あなたもきっと多かれ少なかれ同じような思考や思想をお持ちだと思うのですが。
ただ。時々、私も何から逃げているのかがわからなくなることがあります。そう。何からかわかりません。しかし私は、何かから逃げなければならないのです。逃げ切ることができるとは思えない何かが背後に迫ってきていて、息が上がり肺が縮みます。こうしている間にも何かが私を追いかけています。その正体は一体何なんでしょうね。

なぜこれほどまでに走り続けているのでしょうか?見えない何かが私の事を抱きしめようと追いかけてきます。正直言って、もう走り続けることに疲れてきました。今ここに手や膝を付き、地面に打ちひしがれ、私が恐れているその正体に身を任せてしまえば、楽になれるのかもしれません。そんな事を走りながら考えていると、喉の奥から血の味がしてきました。

なぜこのようになってしまったのか。記憶をたどってみると引っかかる点がありました。以前、私がまだ何かに追いかけられていない時でした。細く長い、コンクリートで固められていない粗末な道を歩いていたら、前方から歩いてきた何の特徴もない中肉中背の人に、すれ違いざまに言われたのです。急に。頭を振りかぶって勢いよく唐突に。ただなぜ、私に向かってそれを言い放ったのかは、全くわからない事だったんですが。それを今からお伝えしますね?私はその時こう言われたんです。

「おいそこの!貴様が死にたいと願って過ごした今日というくだらない1日は、昨日死んでしまった、明日を生きたいと願った人間が欲しかった1日だったというのに!何をのうのうとこの道を歩いている!そのような姿が情けなく、行き違う人間たちに申し訳ないとは思わないのか!」

そうやってほとんど息継ぎもせずに言い放つと、スタスタと何事も無かったかのように歩いて行ってしまいました。そんなことを言われてもと思いました。というよりも、言われて直ぐは何を言われたのかという意味もわからずただ漠然としていました。そしてその中肉中背の…そういえば男性だったか?いや…女性だったかもしれない。それすら思い出せない特徴のない人間。その顔を思い出そうとすると、まるで人間の顔の部分だけを黒のボールペンで塗りつぶしたような…そんな感じがしました。しかし、そんな人間のことを思い出そうとしても無駄だと思い、叩き付けられた言葉だけを反芻することに決めました。虫の居所が悪かったのか。それとも頭にお花が咲いてしまっていたのでしょうか?思う所は沢山ありますが、正直に申しますと、中肉中背の有象無象な哲学は私には理解ができないので、謎に、価値観を叩き付けてきたことを恥じてくれやしないか。そう伝えたくてしょうがなかったのです。
それを伝えようと思って、直前にすれ違った中肉中背を振り返りましたが、姿形を認めることはできません。それほど時間が経っているわけでもない。通常の人間が通常の速度で歩いて行ったのであれば姿を認められるはずなのに。さっきの出来事は現実に起こったことなのでしょうか。そう思いました。

それからです。私が走り出したのは。走らざるを得なくなったのは。私は死にたいと思っていたわけではありません。ただ理解したくてもできない焦燥感や喪失感が私の中にありました。しかし、あの日あの時、中肉中背が、無作為に、無慈悲で、無造作な言動を叩きつけた事で私という人間を変えてしまったのです。私にとっての無意味や何となく有意義だと思えていた1日は、叩き付けられたあの言葉によって、死にたいと願っている人間のくだらない1日や、生きたいと願った人間が欲した1日へと塗り替えられてしまいました。そう。あの出来事が私の生に対する価値観を蝕み、心静かにぼんやりと生きる時間を奪っていったのです。

だから。何かが追いかけてくるようになりました。形の無い何かが。生きろ。今を生きろと。無駄な時を過ごす事は許さないと。そして最近、私は走りながら考えているのです。何が追いかけてくるのかがわからない上、生きる事を強制され続けながらいつまでも走り続けることがどれほどの地獄なのだろうかと。そうやって現状を起点として将来を案ずると、不安が不安を呼びます。これは現状という起点をどれだけ先にずらしたとしても同じだと思うので、私は一生、将来という未知の存在を意識しながら生きていくしかないということなのでしょう。

ここの所よく思うのです。こんな世界ならいいのにって。それは。私が瞳を閉じると世界が消え去り、再び目を開くと、それを合図に世界が生まれる。そんな風にできていればと。私のほんのわずかな瞼の動き一つで世界が動いては止まる。これまで歴史を刻み続けた時間という絶対的な存在を私が支配できたら。そうすれば私は、今を生きる他人の視線などものともせず、何も恐れることはないのですから。ああ、もしそうならなんと愉快な世界なのでしょう。こんな事を考える私はおかしいのでしょうか?私からしてみれば、日々の空想を言語化しただけに過ぎません。そこのあなた。何故それほどまでに冷たい視線を浴びてくるんですか?私にとってその視線は不本意で仕方がありません。

ああそうか。なるほど。いいですよね。あなたは生きていく上で何からも逃げる必要はないと考えられているのでしょうから。もしそんなあなたがわかるとしたら教えていただけませんか?あの中肉中背が言い放った言葉の意味を。死にたいと思っていた人間の今日と、1日を生きたいと願った人間の1日の価値を。

くだらない。くだらなくて反吐が出そうです。1日、24時間、1,440分、86,400秒と単位をどれだけ小さくしていっても、1日という概念には何も変化はありません。平等に全人類に与えられた時間なのですから。
しかし、不思議なことに今にも死んでしまいそうで、生きているだけでも荷物になるような人間と、今まさに生まれ落ちた命の価値が平等に扱われるのです。あまりに滑稽すぎて笑いが止まら無くなりませんか?本当は大抵の誰もが理解している。朽ち果てようとしている砂城に何の価値もないことを。

それを理解できない、しようとしない人間ほど、自分自身に価値があり、誰からも求められ、尊敬されている。と盛大な勘違いをその身に宿しています。滑稽すぎるその姿が不特定多数の人間からは疎ましく思われている。
そんな醜悪な人間こそ!私みたいに何かに追われ、日々の瞬間瞬間に立ち竦みながら生きている人間の事を肯んずるべきなのです!本当なら醜悪な人間こそ侮蔑と冷淡な視線から逃げまどいながら生きていかなければならないというのに!
だから。それを誰かが理解をさせてあげなければなりません。あなたはとても無価値で、生きるべき人間でないということを。そうだ。私は奪われた私の1日を慰めるために、醜悪な人間を否定して周りましょう。そうですね、あの中肉中背の様にすれ違った時のように恫喝してやるのもいいかもしれません。コッソリと近づいて耳打ちするのも意外性があって良いかもしれませんね。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだから、私は喜んで堕ちていきましょう。醜悪な人間達を引きずり落とし、生きながら殺して差し上げるために。あぁとても皮肉なものです。

ふぅ。逃げるために走りながら話すのは大変です。私がなぜ今走っているのか。その答えがあなたと話をしているおかげで理解ができてきた気がします。そう。それは中肉中背の一言によって、1日の価値を押し付けられてしまった私を脅かす存在から逃げるため。そして、醜悪な人間の価値を否定するためです。誤って勘違いし厚顔無恥な浅ましい思想を押し付ける人間がいる。私はそれを嘲笑しながら、時に憤怒、哀惜し「どうして生きていられるんですか?」と、様々な手法を用いて、自分自身に何の価値もない事をたくさんの人に理解してもらえる様に振舞っていきたいと思います。

あぁ、笑えてきます。立ち止まって、地面にひれ伏したいと願っているのに、走り続けなければなりません。そう。立ち止まることを私自身が許さないのです。相反するベクトルに引き裂かれる私の心。その1番の加害者は私自身でした。

私は私自身から逃げなければならないのです。

生きている限り。

おわり

©︎yasu2024


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