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【過去作】横断歩道にて【垂れ流すPART2】

横断歩道にて

少しずつできないことが多くなってきて、指折りで数えられた不安は、両手の指では足りなくなりました。気づけば頭の中は不安でいっぱいです。最近横断歩道を渡るのがとても怖いのです。歩行者用の信号機の青色には歩き出す人間が描かれていますが、私は本当に進んでもいいんでしょうか?もしかしたら他の人間にだけに向けたサインで、私は渡ってはいけないという意味ではないですよね?もし違ったとしても、注意して進めという青色が強制的に背中を押してくるから、私は歩き出し、体と心が乖離していきます。体を動かさざるを得ないという状況では、心を置いて体だけが鉛を背負って先に行ってしまい、心が膝を抱えて動けなくなりました。たとえ何かの拍子に心が奮い立って、体に追いついたとしても、疲労が体を犯しているから、また心がその場で地団太を踏みます。なぜこうなってしまうのか、体と心が両方とも健やかでいられないのだろうかと。そして体と心はその場で泣き崩れてしまいたいと願っているのに、私の中の一握りの自尊心がそれを許さないのです。もしかしたら自尊心が私の中で一番問題なのかもしれませんね。「自分を大切にする気持ち」という事らしいですが、それはどういう事なのでしょうか。私にはそれがわからないのです。本当にわからないのです。涙が涸れるまで泣きたいとは常々思っていますが、泣く事ができないのです。涙が干上がってしまったのでしょうか。そういえば本当の意味で笑ったのはいつの事だっただろうとも思います。心は泣きたがっている、笑いたがっている。そんな私は不安で満たされた頭の中で、自尊心を高める事に奮闘し、疲れてその場で崩れ落ちていくのです。そして前に進むことができずその場に蹲ったまま時が過ぎてゆきます。

歩行者の信号が赤になりました。そこには立ち止まる人間が描かれていますが、これはこれで不安になってきます。信号の赤色が私に「何か」を警告している。そしてその赤色の後光を背負って立ち止まる人間がこちらを見ていて、私の気持ちを見透そうとしてきます。たかが信号機の人の影の分際で。なぜでしょう。普段ならば信号機の赤と青、どちらが上だったかしらと思うほど無関心な事柄だったのに、今では信号機が私の背中を強制的に進ませようとしたり、見透かすようにらみつけてくるのです。私が何をしたというのでしょうか。純粋無垢な人間ではありません。生きる上での不条理も理解しているつもりです。しかし横断歩道を渡れなくなるような私ではありませんでした。そうこうしているうちに信号が赤から青へと変わりました。今度こそ心と体が離れてしまわないように前に進んでいかなければなりません。青色信号がおせっかいにも私の背中を押してきますが、ゆっくりでいい、とにかくゆっくりでいいからと自分を励まします。そして下を向いて慎重に歩いていきます。横断歩道の白と黒が映画のフィルムの様に、私の視界を上から下へと通り過ぎていきました。大丈夫。大丈夫だ。私はきっとこの横断歩道を渡りきる事ができる。昔は黒い部分を歩いたら地獄に落ちるとふざけていたけれど、黒いところを踏んで地獄に落ちるより怖いことがこの世に溢れている事を私は学びました。それが何かとは言いませんが皮肉なものだと思います。相変わらず恐る恐ると向いの歩道を目指していました。そうしていると前方から歩いてくる人間と肩がぶつかり、私はひっくり返ってしまいました。その人は何も言わず、私に一瞥もくれる事もなく、耳につけたイヤホンで自分の世界を謳歌していました。私には到底できない芸当です。自分の世界に籠りたいのに、それが許されるのかがわからないから。しかしイヤホン一つであの人はあの人の世界に入り込むことができるんです。私のような屑の存在など感じないままに。ひっくり返って手をついた際に私は母指球のあたりを擦り剥いてしまいました。血がうっすらと流れ始めています。大きなケガではありませんが、この小さなケガは、私の生活の至る所でストレスを与えてくるのです。傷口には小さな石の礫がめり込んでいて、早いうちに消毒なり洗浄をしたいなと思います。しかし、ここは横断歩道の真ん中です。今ここではそんな処置ができるわけもありません。私はどのくらいの時間この場所であおむけに倒れているのでしょう。信号が点滅し始めているようで、往来を行く人が足早に私の横をすり抜けていきます。どうやら私以外の人間が信号を渡りきることができたようです。そして私は道半ばで倒れこんで動けなくなってしまいました。ほら。こうやって私はまた、みんなができることができなくなっていくのです。このままこの場で泣き崩れてもいいかなあ。そう思っていましたが、車道の信号が青になったことで私に向かってクラクションを浴びせる車が現れました。耳をつんざくクラクションの音が不愉快で、私は憂いた笑顔を浮かべて立ち上がりました。この世において私がゆっくりと休める場所はどこにあるのでしょうか。誰か教えてくれませんか。そうすれば何もできない自分を蔑まなくてもいいのに。とぼんやり考えているけれど、体だけがクラクションの方に向かっていき、力いっぱい音の元に殴りかかっていました。ああフロントガラスにヒビが入ってしまっているじゃないか。心は風に吹かれた吹き流しの様にぼんやりとそう思考していました。

私の体は、転んで擦りむいた手で何度もフロントガラスを殴りつけていました。そのうちにガラスが割れ破片が手に刺さります。ああもう。また私の生活に小さなストレスがかかってくる。生きる事すらストレスだというのに、これ以上痛みを与えないで欲しいものです。なんだかもうどうでもよくなって来てしまいました。そういえば、私の体に心が追い付いてきたようです。心はなぜかフロントガラスに向かって謝罪の言葉を叫んでいて、その姿が滑稽なので思わず笑ってしまいました。心が悪いと思って謝れば謝るほど、体がフロントガラスを破壊しているから、どんどん運転手の顔が引きつっていきます。いいぞ、その調子だ。私は心と体に目いっぱいのエールを送りました。車の運転手は私の心と体を恐れてか、急いでその場から離れようと車を動かそうとしました。そうすると後方から来たトラックが衝突し、私の目の前で、割れたフロントガラスから運転手が車外へと飛んでいきました。まるで重力など感じず鳥の様です!なんとすばらしい!激しく地面に叩きつけられたからでしょうか!?運転手はよくわからない塊になってしまいましたが、うらやましいことこの上ありません!だってこの世から消える事ができた上に空も飛べただなんて!私があなたの空への扉を開けたんですから感謝してくださいね!体は歓喜に打ち震えてはいるものの、心はそこに呆然と立ち尽くしていました。衝突の瞬間、車の運転手が「あ」とだけ言った音が耳の奥に残ったようで、心が頭を抱えて叫んでいます。いい傾向です。他人の目も気にせず、苦手な横断歩道の真ん中で、赤や青の信号の合図に左右されることなく私の心がそこにいる。泣いているのか笑っているのかは私にはわからないけれど。心がこの世界に呪詛を振り撒いています。他人を殺して、自分も死んでしまいたい気持ちを、言葉にできないけれど言葉にしようと必死になっています。

なんて面白い姿なんでしょうか。人間いつもむき出しでこのような姿でいられたら楽だと思いませんか?そしてきっと、心は壊れたフリをしてこの世から去るつもりなんじゃないかな?自分がかわいいんだから。私はもう少しここで遊んでいたいけれどどうやらそれは無理そうです。
ピーポーピーポー。あ、どうやらパトカーが来たようです。あの車に乗ったら私たちはどうなってしまうんでしょうか?ワクワクが止まりませんね!!ああ私は今生きている!!!

終わり

©yasu2024

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