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担架とナイフ

 ナイフが僕の家に運び込まれた時に君は何を思った。使用済みか未使用か分からない何処ぞのナイフかも分からない、もはやナイフかも怪しい人間を運ぶに適したサイズの担架で運ばれてきたナイフに何を思った。
 2人の大男が息を切らしながら玄関に担架を置いて大声で「今にもリンゴの皮を剥かなければならないナイフが居るのですが、とても危険な状態で、今にも柄が落ちそうなのです。」と言いチャイムも鳴らさずドアを思い切り殴りつける音。
 ドアが今にも壊れそうで僕は思い出した。庭にある灰色の子どもと一緒に塗ったポストに新聞を取りに行った後に鍵を閉め忘れたことに。
 妻が1番玄関に近い位置にいて新聞を読んでいて2番目が子どもがクレヨンで画用紙にリンゴを書いている。
 僕はウェスタン映画を観ていて子どもの転がしたクレヨンを渡そうと立ち上がっていた。僕は慌てて鍵を閉めに向かおうとした。クレヨンを踏みフローリングに跡が出来る。妻が新聞から目を離さずに叫んだ「昨日子どもにリンゴを八百屋で買いました。朝食のデザートに出すつもりです。」ドアの向こうで「助かりました。」と3人の声が響く。
 子どもが言う「リンゴ食べたい。開いてるよ。パパが開けた。開けたまま。」勢いよくドアが開き土足の2人が子どもの絵を踏みながら机の目の前に担架を置き「リンゴは何処ですか」と聞く。新聞を畳みながら妻が「旦那の後ろに」と言う。
「此処にリンゴの皮を剥ける人は」と担架の前側が言う。「旦那はピーラーがあれば剥けますよ。ピーラーがあれば」と妻が言う。「ナイフで剥ける人のことを言っているのです。柄が今にも落ちそうなんですよ。」と担架の後側が言う。「私が剥いたら良いんでしょう。ああそうですか。そうですか。」妻が畳んで置いた新聞を持ち上げて叩きつけて言う。「ごめんね。坊や。あなたに言っている訳じゃ無いから」妻は子どもに微笑みながら言う。
 妻はナイフをしゃがんで掴み取り立ち上がった危うく担架の前の人間に刺さる勢いだった。妻は「丸ですか。ウサギですか。普通ですか。どれですか。」とナイフを振り回しながら言う。僕は何故か柄が取れてしまうじゃ無いかと思った。
 子どもがうさぎが良いというと妻は子どもに微笑み担架持ち2人を睨み付けて「リンゴは5つあるんですから。どうでも良いんですよ。」と怒鳴る。担架持ちの前側が「6等分のウサギに剥いてください。」と言う。   
 りんごからさらさらとウサギ6羽が産まれていく中、担架の後側が何処かに電話を掛けている「もう、無理かもしれません。はい。今処置されています。はい。10件回ってやっとだったので、はい。」
 担架の前側は別の所に電話を掛けながらメモを取っている。「ナイフは金ゴミでしょうか。はい。安全に紙に包んで、はい、ナイフと表記、はい。金曜日ですね。はい。葬儀ですか。しないでしょうね。はい。では、明日」  
 僕は柄をくっ付けてしまえば良いではないかと工具箱へ向かった。子供が言う「パパ、瞬間接着剤の色じゃ助からないよ」妻が「そんな事も知らないで」と飽きれた声で言いながら飽きれた様子でナイフを床に落とした。
 僕はナイフの柄を心配した。刃を下にして落ちていたナイフはかろうじてか無事だった。
 さっきまでメモを取っていた担架の前側が「待って下さい。待って下さい。奇跡的に死に化粧が出来る人が居るみたいです。」と嬉しそうに言う。パパがすると子供が言う。担架の前側が「有難うございます。有難うございます」と何度も頭を下げる。僕は思った生きているものの前でこんな事を言うのは非情だと。
 5羽のウサギが舞う中、1羽のウサギが降り立ち後ろ足でナイフを蹴り上げて、柄が足元に転がった。


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