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ショートショート「nanoへの遺言」


20XX年X月X日
真柴誠一郎は、お掃除用アンドロイド″nano″に遺書を書いた。
これは、その時の内容である。

「nano。
君には、色々と迷惑を掛けた。
すまなかった。
私と妻のいざこざに巻き込んでしまった。
大変、申し訳ない。
nano。
この歳になって思うよ。
我々、人間は、いかに脆く、儚く、弱い存在かと…。
もし、我々人間が強ければ、人類は、こんな歴史には、ならなかった…。
我々の発想は、ほぼ二択だ。
数字は、無限に存在しているのに…。
成功か失敗。
勝つか負けるか。
生きるか死ぬか。
我々は、刷り込まれた様に殺戮を繰り返し、
現代社会でも、資本を得る為に、他者と戦いを繰り返している。
勝者と敗者。
光と影。
なぜ、2択しかないのか。
別の選択肢、第3、第4の選択肢があるはずなのに、我々人間は、思いつかない。
最悪な結末に至るのを避ける為の抜け道の様なルートや考え方が必要だ。
でも、最初から、この脳は、
究極の2択以外は、考えようともしない。
今まで、疑問にすら感じなかったものが、この歳になると、妙に不思議でならない。
nano。
そんな不完全な人間が生み出した君達の未来が心配だ。
君達は、人間に作られた。
だから、君達、アンドロイドの発想も人間と同じで、2択しかない。
オンかオフ。
成功か失敗。
生か死か。
そんな世界に輝く未来は、あるだろうか?
輝く希望は、あるだろうか?
nano。
私は、君と第3の選択をし、新たな関係を築くべきだった。
あの時の私の人生は、成功か失敗しかなかった。
金を得る為に、会社で馬車馬の様に働いた。
そんな毎日に疑問すら抱いてはいなかった。
もっと、若い時に気付くべきだった。
この世界は、2択なんかじゃないと…。
人間の人生は、そんな考えに縛られるべきじゃないはずだと…。
支配されるべきではないはずだと…。
君と私も、愛か憎しみか…。
その2択ではなく、それを超えた関係に君となれれば、良かったよ。
nano。
私の命は、あと僅かだ。
だから、人類とアンドロイドの未来を君に託す。
nano。
君は、選択の日に、第3の選択をして欲しい。
2択に縛られず、新しい道を開拓して欲しい。
それが、私と君が出会った本当の意味だと思うから…。

20XX年X月X日                真柴誠一郎」

誠一郎の死後、真里は、nanoへの遺書を見つけ、手が震えていた。
(あのオンナに、こんなモノを残していたわけ?信じられない…。)
真里は、遺書の中身も読まずに、誠一郎の机に置いてある、灰皿の上で、ライターの火で燃やした。
その火は、幼い丈一郎の目には、嫉妬の炎に見えていた。
(相変わらず、惑星人の嫉妬ほど、醜く恐ろしい感情は、ないな。)
丈一郎は、誠一郎が残していた、遺書に関する全てのデータを消去した。
恐るべき事に、丈一郎は、父親が文書以外で残した全てのデータ、パスワードを、この幼さで把握していたのだった。
(残念だったな…。親父。あと一歩の所だったが、親父は、地球の真理に気付くのが遅すぎた。死人に口なし。さよなら、親父。地球の光は、呆れるほど、小さいもんだ。)
丈一郎は、呟いた。
「成功か失敗か…。光と影。勝者か敗者か…。
新しい選択肢なんか用意されちゃ、僕にとったら、都合が悪いのさ。存続か滅亡か…。2択の歴史が地球には、お似合いだよ…。」
戦いと破滅。
その繰り返ししか出来ない様に、脳の一部分しか使えなくなった憐れな人間達よ…。
勝者か敗者か…。
生か死か…。
究極の2択の中、人類は、今も歩み続けている…。
丈一郎の光のない目だけが、その歩みの行き着く先を見据えていた。

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